|
『峡中紀行』
餓鬼のノド(ガキのノド) ここで使われている漢字がない
■http://homepage2.nifty.com/whitesand/topic/gakinonodo.htm
ここから「餓鬼のノド」へはどの位の距離があるかと尋ねれば、柳沢村の西南の山中十里ばかりの所にあるという。村人を促して餓鬼の喉に行こうとすれば、村人は困難だと首を振る。「餓鬼のノド」に行くには道険しく、人の行ける所ではないという。
石空川(ウトロ)
無理を承知で頼めば村人承諾する。石空川を渡り稲田の中を分け行く。次第に山の間に入りければ、石の角が駕籠の行く手を遮る。荊棘が着衣をひき、左右に曲がりくねりながら進む。その厳しい道程は想像を絶する様に思える。駕籠では進むことが出来ないので、皆徒歩にて前進する。
山葵沢(ワサビザワ)
五六里進むとワサビ沢という所に至る。右側の崖の中に見たことも無い野草が生えている。この辺りから両方の山が迫り道を狭めている。道は極端に険しく時々尖った石が足の裏を突き刺し、歩く事が困難になる。同行の省吾を振りかえって見ると、一重の岩を隔てながらも必死に追いつかんとしているように見える。
山に登る健脚を試さんと飛び跳ねるようにして進めば、道案内の村人は息も絶え絶えである。
第一の関
進むと一つの崖が突出ていて前を遮っているので横に進む。村人はこれを「第一の関」という。険しい嶺の上を遠見場という。
柳沢兵部丞信俊
昔、柳沢兵部丞信俊という人は武田の一族であったが、武田信虎に糾弾され、この「餓鬼のノド」に避難して暴徒が去るのを待った所でもある。
道を左に曲がり、険しい嶺を過ぎて行けば、崖の下の道は渓流に浸食され、道幅は極端に細くなっている。渓流は岩の間を潜り抜けて、その音が周囲に轟いている。崖下の道は広がったと思えばたちまち狭ばまり一定していない。
檪(橡)平 橡(トチ)
右側の山腹に少し平らな場所があり、これは逸見氏の築く山城という。左の方に左右の山を抱き合わせて、最も深い所が、山高氏の殿屋敷跡という。この所を「檪(橡/ )平」と名付ける。
更に道を進むこと一二町、谷にの道も無くなる。左側の崖は数丈にわたり崩れ、石は無数に砕け飛び散り、その様は畏ろしい形状である。渓流はみな右に逸れて流れ、岩根は忽ち露出する。道はこうした急流に浸食された為に、この様になってしまった。
大風雨災害
今より七年以前、元禄十三年八月十五日の大風雨の時、山が大いに荒れ、崖上の多くの大岩飛び落ちる。この場所から「餓鬼の 」に至るまでみなこの様な状態と思われる。
毒水
毒水が流れ出し、緑色をしていて、味は塩辛く酸っぱく、舌を刺激する。下は石空川より柳沢・山高の両村にそそぎ、田地はみな塩漬け状態である。多くの土地は荒廃している。村はこれに最も苦しみ悩んでいる。
緑水
村人と立ち話をしていると、省吾も来て話を続ける。今後の道程についても検討する。一つの樵夫の通る道を見つけて山腹に沿って崖の上に至ると、草うっそうと繁り、高さは六七尺位である。下をうかがえば、小さな渓水が見える。甚だ浅く石の頭は水から出ているものは少なく、渓水は榛の木を穿ち崖を下り石の間を流れ落ち、谷川を過ぎ狭い口の処へ出れば、水は深く色は緑になる。染め屋のこぶな草を煮た時に出る汁に似ている。
厳礬石
崩れ落ちた石はみな焦茶色をその形状は縦横に裂けている。石の下には粘って黒ずんだような物があって流れ出している。あちこちに色が染みついて汚れた様相を呈している。乾いたものはかたまりになっている。村人は厳礬( )石という。何に用いるのか分からない。俯せになって水中を窺えば、石と石の間のあちこちに金色の砂が見える。水を揺らせばキラキラとして見事である。前方に三段の瀑布が望める。水流は珠のように飛び、玉の如く響きわたり、耳が洗われようである。むかし桃源の洞の中に秦人を裂け、今なお在るかと思う事なり。
『風流使者記』
茂卿又た称する所の塁児の孫なる者を召して、此よ餓鬼の 去ること幾多なるかを問へば則ち云ふ、「村の西南の山中十里許りに在り」と。茂卿欣びて日く。「太だ近し」と。塁児の孫頭を揺りて云ふ。「近きことは則ち近し。路太だ険 にして汝曹白面郎君の能く至る所に非ず」と。二子相顧みて笑ひて日く。
「老儒生、今日始めて白面郎君の称を得たり。是れ賀す可きなり」
と。塁児の孫、二子何の語を倣すといふことを解せず。尚ほ日ふ。
「従来、諸官人未だ嘗て共の処に到らず。郷中の人亦た能く往く者尠し。汝曹白面郎君宜しく此れより還るべし」と。
二子相謂ひて日く。「吾輩の此の番の一行は、要は霊台寺の形勝と餓鬼とに在るのみ。共の他の瑣細紺は則ち君意の専ら注ぐ所に非ざるなり。然れども其の霊台は山川を一望し、早く既に歴々乎として藩主霊台の中に殆んど将に閑却せんとす。風流使者の職は則ち此の一段却って是れ最も緊要の事なり。何ぞ其の三家村裡の愚夫輩に恐嚇せられて、以て中ごろ沮むこと致すを容さんや」と云ふて。乃ち往く。邑入驕を擁して前ましめず。口々に相聒して曰く、「万一官人に失誤あらば、我輩何そ別に一副の身命有りて以て柑償ふを得可けんや」と。茂卿忿然として驕外に躍り出で、水石姓なる者をき、推して前行せしむ。邑人数十亦た行き、相従はんことを訴ふ。一渓流を渉る。無数の細石灘を作す。云ふ「是れ石空川なり」と。
柳邑の西南人の到ること稀なり 茂卿
水流は曲曲として乱山囲む
忽ち思ふ霊夏石空の堡
安んぞ源頭に向って白衣を間はん。
何ぞ俗骨神仙を逐ふを妨げんや 省吾
旧は浮によりて漢天に達せり
郷人の道傍に議するを用ひず。
身を抽んでて先ず渉る石空川。
武川周辺を詠む
向禽が心事本天慳 茂卿
ただに仙縁相逢ひがたきのみにあらず
曾て恨む人びと千里眼無きことを
従来、掛けて此の中に在りて閑なり
和 省吾
是れ山霊真境の慳むなるべけんや
崎嶇として、両脚登らんと欲するに艱む
未だ腋下より毛羽を生ずること由あらず
此の志平生固に閑ならず
第一関 茂卿
侯吏高呼し第一関と
愕然たり尚ほ隔つ幾重の山
傾聴すれば泉 漸く近きが如し
努力して且に前澗の彎を過ぎよ
和 省吾
関を過ぐるに更に幾重の関有る
目を仰げば大山小山を抱く
更に怪しむ神仙我を忌むが如くなることを
白雲膚寸渓彎に起こる
行々潜かに認む秦を避けし蹤 茂卿
仙子まさに世路の通ずるを嫌ふべく
自ら是れ道の真なるは むる所無し
桃源移りて此の山中に在り
和 省吾
人間仙人蹤に就くに処無し
忽爾として渓頭に一路通じたり
訝ること勿かれ飄然として相遂ひ去ることを
桃源は此山中に在らん
崖下を過ぐるに、路乍ち渦く乍ち窄し。右に山腹の稍々干らかなる処を眺む。逸見の里処と日ふ。方の広さ一三百人許りを容る可し。土人又左方の両山相擁すること最も深奥なる処を指さして、「是れを山高の塁地と云ひ、橡平と号す」と。更に一二町を往くに、複た蹊径無し。左崖の崩るゝこと数丈許りなる可し。乱石無数、縦横に相倚り、勢殊に見る可し。渓流皆右に避けて行き。崖根悉く露はなり。路は益し盖其の齧みしが為めに尺くるなり。
前行する者云ふ。「此より前七年、庚辰八月十五日、大風雨あり、 山大いに震ふ。崖上の大石頭の飛落する者数を知らず。此より餓鬼ノド口に至るまでもな皆毒水流出す。皆緑色、味鹹酸にして舌を変す。下は石空川に注ぐ。柳沢、山高の両邑は元石空川を籍りて灌慨す。田禾皆為に潰し荒廃頗る多し。是れ民の最も苦しむ所と為れり」と。立ちて談ずる間、茂卿の嚮に使はしめたる所の走り来て及ぶを得。乃ち省吾の語を伝へて云ふ。「禽尚の事、須らく児女の輩の婚嫁悉畢を竣つべし。年期尚は遠し、故に志未だ脚と謀るを得ず」と。
其の衣服を視れば、処々上泥の為に さる。蓋し走ること急にして僵るること三四たびならん。茂卿大いに笑ひて云ふ。「徒らに汝をして困しめしのみ」と。詩有り。
漫に言ふ婚嫁の畢るを期と為すと 茂卿
更に尚平脚力の哀へんことを恐る
待ちて看よ若し仙子の過ぐるに逢はば
しばらく一鹿を呼んで君に借りて騎らしめん。
省吾亦た至る。和有り。
世縁猶は隔っに期に伴ぶことを 省吾
却って苦辛を借りて筋力哀へんことを
女嫁し男娼して人事畢らば
我が家自ら杖竜の騎る有らん。
則ち郷民と路の由る所を謀り、樵夫の足跡を認む。山腹によりて以て一崖上に至る。草榛翳薈するも高さ偉かに六七反のみ。下し瞰れば小澗甚だ浅く、石頭の水より出づる者若干なり。棒を穿ちて崖を下る。石を択びて蹈み、澗を過ぎて餓鬼ノド口に至る。水果て深緑にして、染家の 草を煮たる汁のごとく一般なり。崩石皆焦色、其の理縦横に皆裂開す。石下に瀝青の如き者有りて流出す。其の状然たり。茂卿復た其の石髄為るを疑ふ。其の乾きし者亦た凝結し、塊を作すこと瀝青の如し。土人号して岩礬と日ふ。其の何の為に用ふるかを知らず。俯して水中を窺へば、石間に往々にして金色の砂有り。水揺るれば則ち鑠々然として愛す可し。
詩有り。
乍ち喜ぶ神仙縁石るに似たるを 茂卿
全砂石碧石、清漣に映ず
前山忽ち聴く笙声の過ぐるを
又恐る風吹き石髄の堅からんことを。
仙人に就きて石乳を嘗めんど欲す 省吾
深山往々にして奇を探ぐるに耐べたり
却て疑ふ羽客相見ること無きことを
尚ほ雲根の懸かる処をみて之く。
前に澤布三級を望む。珠奔玉 、最も耳を洗ふ可し。
詩有り。
此の生、耳棋と期するに似たり 茂卿
忽ちたるを聴いて疲るるを覚えず
精神を奮ひて前路を蚊らんと欲し
飛泉懸かる処、立つこと多時なり。
忽ち雲際より飛泉を掛く 省吾
万玉粉々として樹頭に送る
耳を洗って且に天籟の発するを聞く
長風 を吹いて瀛洲よりす。
左は則ち餓鬼ノド口なり。其の高さ幾十依なるを知らず。潤さ僅かか五六尺許りなるも、峻しきこと言ふ可からず。皆石塊白砂、水無きも流れんと欲す。脚力施す可からず、手亦た攀拠す可き処無し。二子仰ぎ看て、惘然たること之を久しうす。
『峡中紀行』優良サイト
■http://homepage2.nifty.com/whitesand/topic/books.htm
|