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昨年末、この1年頑張ったご褒美の一貫として、ある本を購入しました。 その名も、タイトルにもあるけど
著者名: 中沢圣夫 出版元: 雄山閣 刊行年: 昭和46年 刊行年数見て頂ければ、分るように古本です。 購入の決め手は、以前書いたことがある、土佐の【岡田以蔵】の記載があったからです。 前に私は、何故、長男であった以蔵は郷士の生まれなのに父親は家督は弟へ。 以蔵自身は【郷士】よりも格下な【足軽】へと下級の身に甘んじたのか、藩との関わりを持つ為だとか色々書きましたが、この本を読んで、≪土佐≫の国の歴史は根深いものが在ったんだという事が分りました。 まさか、関ヶ原・長宗我部盛親の時代まで遡るとは! ≪ちょう〜 簡単に!≫ 徳川家康は関ヶ原で勝利を治めたおり、その活躍により彼の西軍側に組した【山内一豊】に土佐一国を与えます。 その統治が幕末まで続くのは周知の通り。 しかし、山内氏がこの地に入る際、関ヶ原で豊臣秀吉側(東軍)についた長宗我部氏の旧臣である【一領具足】と呼ばれる者たちが存在しており、この新領主と反りが合わなかった。 統治しようにも、彼等の叛乱が起こり手のつけようが無かったようです。 そこで、山内氏は彼らを懐柔するために在郷の武士・士分としての【郷士】として身分を与えたのです。 しかし、山内氏は引き連れてきた家臣を【上士】とし、城下町に配置します。 士分の身分を与えられたとはいえ、【郷士】は、外からきた【上士】とは反目し合います。 幕末時― 声高々に【尊王攘夷】を叫び、活躍したのは武市瑞山はじめ坂本龍馬などの【郷士】らでした。 明治維新後、高官に付いたのは板垣退助なのど【上士】でしたが。 岡田家としては、藩としての身分・地域武士としての身分をどちらも持つことで、存続を図ったのでしょうね。 以蔵については、その他にも面白い(私的ですが)事も書いてあり、購入してよかったです。 また、この本には幕末時、人斬りとして暗躍した 薩摩藩士 田中新兵衛 桜田門外事変に加わった、同じく薩摩の有馬次左衛門 肥後藩士 河上彦斎 3人の史説が事細かに記載されています。 更に、巻頭は生首図が原色で。 結構、グロイです。 読み応えはあると思いますので、機会があれば手に取られて見てください。
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参考史料
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明けましておめでとうございます^^
今年もよろしくお願いします!!
土佐藩はほんとに他の藩とは違う厳格な身分の違いがありますよね。
でもそれが幕末に爆発して維新へのエネルギーになったことは間違いないように思います。
2008/1/6(日) 午前 10:38
ああ〜、りょうまさん大変ご無沙汰をしておりますぅ(ノД`)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します!
土佐藩は、どの藩よりも身分制度厳しすぎですね。
りょうまさんの仰るとおりです。
2008/1/7(月) 午前 0:23