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今日は近藤さんの命日ですね。 揖斐岡田藩の家臣横倉喜三治の介錯により、流山で35年の生涯を閉じました。 近藤さんは相馬主計と野村利三郎を共に連れ、投降しました。 この時は『投降』というより『出頭』でしたが。。。 当時、近藤さんは大久保大和を名乗っていました。 しかし、御陵衛士の生残りであった加納鷲雄に正体を見破られ、坂本竜馬・中岡慎太郎暗殺を新選組の仕業だと思い込んでいた土佐藩等は斬首を強く求めたのです。 牢に入れられた近藤さんはこの時既に、死を覚悟していたのでしょう。 一緒に連れてきた、相馬さんと野村さん2人の解放を求め認められます。 そして、水戸藩香川敬三の命により、先述の横倉喜三治の介錯で− 介錯に使われた刀は、近藤さんの願いにより愛刀『虎鉄』だったとも。 『虎鉄』を使ったという話が真実であるならば、試衛館〜京都時代を振り返り一介の道場主から幕臣まで登りつめた人生に自ら幕を引く形であったのだと思います。 幕末という激動の時代に生きた近藤さん、ご冥福をお祈りします。 ※ぱっと書いたんで、ちょっとおかしい所があるかもしれませんが、許してねf^_^
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2007年04月25日
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