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高幡不動の駅で、東京在住の友人と待ち合わせて2人と、夜の新宿・歌舞伎町へ。 |
東京 ほぼ新選組の旅
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ハワイアンナッツを食べ過ぎて、吐きそうなyanamisanです。 っていうか、なんで苦労して書いた日記が更新されないわけ? ネット環境がおかしいんでしょうか(T▽T) そんなんにメゲヅにもう一回トライ 12日は福岡空港を9時に飛び立ちました。 11時45分羽田に到着。 この日はお天気もよく、気温も丁度良い 12時に日野駅で待合わせをしていたので、急いでモノレールで浜松町へ。 そこで山手線に乗り換えて新宿へ。 更にJR中央線へ。 すごいな、ここで3回も間違うことなく乗れてるよ、ワタシ( ̄∇ ̄+) これも会社の同僚のレクチャーのお陰かな(≧▽≦) ―が。 どうやら12時には到着できない事が判明(-""-;) 待ってもらうのも悪いしで、友人のBさんに先に出発して貰えるよう連絡。 焦る気持ちをよそに、着いたのは13時前。 さすが東京。広いのな 結局、駅近くのマックでお昼を食べていた皆さん(会津新選組同好会)に合流出来ました( ̄▽ ̄; ![]() 局長はサミットへ参加というので、昨年行けなかった六番隊長『井上源三郎資料館』へ。 白い壁に『誠』の字が映えます 門を入ると、すぐ左に隊服を着たおっきな『くま』さんがお出迎え そうとう、可愛いです♡ 館内はさほど広くはないのですが、ガイドの人の熱い説明に圧倒されました。 ここは、あまり物が残されていないという『沖田総司』縁の物が多いです。 あと、刀に詳しいTさんのプチレクチャーも聞けたし、私が長年疑問に思っていた『天然理心流免状』の謎も解明出来たしで、満足でした。 その後、源さんが眠る『宝泉寺』へ。 手入れの行き届いている、緑の多い静かな場所にありました。 まず、次の日の『日野パレ』が無事終わるようお祈り。 源さんの碑 源さんの碑の隣に鎮座していた、なにやらありがたそうな石像 鳥羽伏見で戦死した源さんは、ここに眠っているのですね。 源さんにご挨拶した後、サミットが終了したという事で『日野宿交流開館』へ戻ります。 そこで、佐藤彦五郎ご子孫の佐藤福子さんの講演を聞き、みんなで『佐藤彦五郎 新選組資料館』へ。 今回の目玉はなんといっても、初展示の歳さん愛用の『横笛』でしょう(≧▽≦ 横笛の漆の状態から、江戸時代中期の作品だとか。 お兄さんの為二郎さんとか佐藤彦五郎さんは、浄瑠璃を嗜んでいたというし、それに合わせて歳さんもこの笛を吹いていたのかもしれませんね。 尺八も吹けるそうですし。多才なお方です♪ 現代の横笛とは違って、太くて指で押さえる穴も普通より大きかったです。 どんな音色がするのでしょうね( ̄▽ ̄; 1年にこのお祭りの日にしか展示されないという、歳さんと近藤さんの生写真もバッチリ拝んで来ました。 しかし、昨年より色彩が薄くなっていると感じたのは気のせいかな(;・∀・) ここで知り合いに会い、歳さんの写真のレプリカを持ってきたんですよw あと3枚だというので、即買いしちゃいました(≧▽≦ 限定物に弱いんです(≧m≦) 佐藤彦五郎資料館前で、集合写真を撮りタクシーに乗り合わせてホテルへ。 私は、これから夜の街に繰り出すのです( ̄∇ ̄
フフ |
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板橋墓所の真横にあるお店。 一見、喫茶店風ですが立派な洋食屋さんです。 丁度お昼時だったので、ここでランチを。 このボリュームで750円。 とても美味しかったですw 店主も新選組が好きだそうで、運が良ければ色々な話が聞けるかもv 店内では、絵馬(¥500)も販売しています。
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1868年4月25日 脇本陣豊田市右衛門邸に幽閉されていた近藤勇は、この地『板橋刑場』で斬首されました。 斬首役は岡田藩剣術指南役の横倉喜三次。 藤勇の墓がある寿徳寺境外墓地は板橋駅前にあり、土方歳三や永倉新八の墓碑、新選組隊士の養塔もあります。 敷地は狭く、きちんと整理されています。 ≪ 板橋新選組墓所 ≫ [所在地]北区滝野川7-8-1 [最寄駅]JR埼京線板橋駅東口徒歩1分
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なんていうか、なんでこんな碑がこの場所に建っているのかよく分からなくて・・・ 面白かったからUPしてみました。
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