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天気の良い日は墓前で法要が行われるけど、あいにくの雨の為お寺の本堂にて行われました。 七日町通りまちなみ協議会会長・『渋川問屋』の渋川恵男さん 見るたびに、小泉元総理に似ていると思うのは私だけじゃないはず( ̄∀ ̄*) 緊張気味に祭文を読み上げる、我等が局長! 読経の後、遺族関係者のお焼香と続きます。 藤田家(斉藤一御子孫)の藤田佳宏さん。 温和な雰囲気の方です。 無外流居合奉納― 毎年可能な限り、一番前に出張って見惚れていますが、この日は室内。 後ろの方で控えめ(?)に見学。 剣術、よく分からないけど格好良いです( ̄∀ ̄*) 16代御宗家:岡崎氏 動きが早すぎて写真がブレ捲くり。 途中から動画に切り替えました。 ビデオ回してる参加者、結構いましたよ。 後姿でも気迫が感じられます。
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旅日記
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長命寺と同じく、戊辰戦争戦没者埋葬を許されたお寺です。 ここの埋葬は明治2年5月24日から開始されました。 町野主水は、遺体を運搬する器具なく、菰に包んで担いだり、板戸に乗せたり、放置してある水風呂桶など用いたと書いています。 膨大な遺体は、阿弥陀寺の境内だけでは収まらないと、8間4方の穴を椀形に深く掘りその下に菰を敷いて、遺体を北枕に並べて積んでいったのです。 それでも、遺体の高さは掘った穴より高くなり、土砂によって覆われたので塚のようになったのだそうです。 あの門扉の直ぐ下には、多くの会津藩士が眠っているのですね。 参拝に来られた方がたまに中に入ってしまっているのを見かけたことがありますが、その足元には会津藩士の方々が静かに眠っておられる事を知っていて欲しいと切に思います。
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長命寺参拝後、本格的な雨に降られびしょ濡れに。 友人が折りたたみ傘に入れてくれていたのですが、それじゃ間に合わないくらいのドシャ降りで涙がでそうでしたよ(T▽T) 軒先で雨を避けながら、傘を購入(-""-) 阿弥陀寺に着くも、時間が早いこともあるし、雨が降っているしで誰もいない・・・ 冷える体に少しでも暖をとろうと『七日町駅カフェ』へ。 会津に来るたびに、必ず1度は寄るのですがこのカフェは本当に雰囲気が良いのです。 落ち着いた店内に、特産物などいっぱい展示販売していて見ているだけで楽しいです。 ここでまったり時間を潰し、さて阿弥陀寺へ移動です。
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新潟で1泊し、早朝の高速バスで会津入り。 この日は、阿弥陀寺で『斉藤一』忌が行われる為、間に合うようにとバスに乗り込みます。 新潟を出発した時は、割と良いお天気だったのに、会津に近づくにつれ小雨がパラパラと(ノД`)イヤ〜〜〜 9時15分 会津若松駅前に到着。 集合時間まで充分に時間があるので、友人と待ち合わせて『長命寺』へ。 『戦死墓』 戊辰戦争後、朝敵として扱われた会津藩士は、戦没者の埋葬もままならず、埋葬したものは厳罰に処されるという厳しい状況にありました。 遺体は、野晒しにされ野犬や鳥に食いちぎられ、腐乱していったのです。 この悲惨な問題にあたったのが、会津藩家老原田対馬・小出島奉行町野主水・高津仲三郎でした。 彼等は、新政府軍と刺し違える覚悟で、『長命寺』と『阿弥陀寺』に埋葬の許可を得たのでした。 明治2年2月、遺体が放置されて半年も経っての事でした。 このお寺には、145体埋葬されています。 しかし、腐乱が進んだ遺体は氏名が分らないものばかりだったそうです。 長命寺には今も当時の弾痕が残る塀があり、大切に保存されています。 しかし、その後の地震や自然老朽の為、平成5年修繕が行われ、耐久性を保つ為にいくつかの弾痕を残して塞がれてしまいました。 『戊辰戦懐古碑』 碑文に、悔しさが滲み出ています。
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そもそも。。 会社の人が出雲大社に行き、60年に一度公開される『神様のお家』にジーパンで行った 為入れなかったという話を聞いた事が発端だったんです。 それを何気なく、家族の前で話し『次の60年後って確実に生きてないだろうし、この機会に行ってみたいね〜』と漠然と言っただけなのに・・・ なにを思ったんだか、弟は次の日から、メールで出雲大社のHPを閲覧し、その情報を送ってくるわ、レンタカーで島根に行った場合の距離・高速料金・時間・レンタカー代など詳細に出してくるわ。 ちゃっかり、拝観事前予約の葉書を送ってるわで急遽行く事になったのですよ。 私たち家族3人と弟の会社の女性1人の計4人。 割と人見知りするのですが、気さくな方で安心しました。 福岡を午前12時に出ます。 途中、ガソリンがなくなりそうな危機にも陥りましたが、そこは早朝から開いていた有人のスタンドを見つけて一安心でした。残り1ℓくらいしか無かったのかと思うと恐怖でしたが。 10時半の拝観に8時ごろ出雲大社の駐車場に入ります。 見る間に駐車スペースが埋まっていくのは凄かったです。 拝観までの間、トイレで顔を洗ったり、着替えたり、名物出雲そばを堪能しながら時間を潰します。 車で着替えている人が多く見受けられ、この人達はみな同じ目的なのかと驚きました。 その間にも観光バスや乗用車で狭い車道がいっぱいになります。 境内に入ると凄い人込みで、驚きました。 まずは記念の一枚目。隣の方が弟の同僚の方です。 『御仮殿』青い空、白い雲が眩しいです。 テントが設置され、時間ごとに案内のおじさんが建物のいわれや、入る際の服装などの注意点を話されます。 厳しいと思いながらも、それでも緩和されている部分もあるのだとか・・・ やっと、入館です。 「大社造り」と呼ばれる日本最古の神社建築様式の御本殿は、国宝に指定されているそうです。 お辞儀をして門内に入り靴を脱いだら、即階段。 昔造りだから、短いながらも急斜面で、風呂場で滑って腰を打った母が転げないかと心配でした(笑) 一列に並んで、御本殿を一巡り。少しでも柱に触れると厳しく注意されるので、間違っても手を触れないよう気をつけます。 そして、本殿内部の『八雲』を鑑賞。 不思議な色彩で六雲はほぼ同じ大きさに対して1つだけ大きな雲あります。 七雲しかないのに何故に『八雲』というのか? 配置や配色・一雲だけ逆向きに描かれているのか、未だに謎なのだそうです。 謎は謎のままに。 個々の想像を広げるのもいいのでしょう。 本殿をバックに。 疲れが出ている弟と母を車へと見送り、ご本殿の周りを散策 写真のように皆並んで待っていたんですよw 屋根の上に見える緑の苔がまたいい雰囲気で。 出雲大社は縁結びの神様でもあります。 縁のない私は『縁むすびの糸』を購入。 お守りはなんか生々しく感じましたので、密かに持てる糸に。 身につけるものに縫い付けるのもよし、お財布に入れて持ち歩くのもよし、知人と分けるのもよし。 私はお財布と手帳・化粧ポーチに入れて持ち歩いています。 色々な『縁』が沢山来ますように。 その後、長い道のりを弟の運転で福岡へ向け出発。 殆んど寝ていない弟ですので、休み休みですが。 夕飯は、山口・玖珂にある『いろり 山賊』へ。 小さい頃に来たっきりですが、串に刺さったモモ肉を豪快に食べられるので、また行って見たいと思っていました。ナイス弟! 昔の記憶と違って、かなり大きくなっていたのはビックリでした。 −というは派手・・・ 場所柄ゆっくりお酒を飲んで〜という感じではなく、楽しくガッチリ食べて、楽しんで!という雰囲気です。 山賊焼きと山賊むすび。お腹が空いていたのに、この2つだけでお腹パンパンに。 一緒に行った方も喜んでくれたようで、良かったです。 ホームページがあるので、是非行ってみて下さい。 家に着いたのは、夜11時過ぎ。 事故も無く無事に帰りつけて本当に良かったです。 風呂に入って爆睡だったのは言うまでもありません(* ̄m ̄)プッ
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