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先日2回目に担任をした子達の成人式に行かせていただきました。 教え子の成人式に参加するのは初めてでうれしかった。 2クラスで36人。 担任は中1の頃。 だがこの学年ほど授業の思い出深い学年はなかった。 なぜなら初めて専攻の「日本語」の授業を3年間みれて、家庭科まで教えた。 まだ25の若造だったので、家庭科というのは準備過程が自分の花嫁修業状態で・・・申し訳なかった。 3年間の日本語授業は、正直この子達の水準が、自分への評価となるので、プレッシャーもあった。 しかし、単調な授業ではなくいつも意見(ヤジのときも多々)が飛んできて、 教師としてははらはらしながらも、一緒に授業を煮詰めれて楽しかったのを覚えている。 一番印象深いのは 中1教材にあった 詩 <鉄瓶の歌>。 Pro文学で、私が好きな教材だった。何度熱弁したことか。 「まっ黒で・無愛想で・頑固なやつ…」 のフレーズから始まる。 彼らは私のあだ名を『鉄瓶』と名づけた。 学生の前ではそのように移っていたのであろう(^^;) しかし最後のフレーズに「・・・みんなに愛されている」とある。 彼らはそこまで考えてはいなかっただろうが、そうなったら良いな〜と一人思っていたものだ。 そんな彼らが成人なんて。 私と一回り違う、平成生まれの彼ら。 卒業時の担任ではないので、胸張って参加してよいものか…戸惑っていたが、 大きくなった今の彼らを見たくて、いっぺんに彼らと会えるのはこれが最後かもと思ったら、 自分から行くしかなかった。 彼らに会うまで、自分をどうおもうのか、そっけなくされはしないか。。。(何気に気にしー) 恥ずかしさと、不安を抱えつつ参加した式だった … 教師の想いとは裏腹で、情熱を伝えたが、伝わる子とそうでない子 必ず両方いると思う。 当時は互いが分かっているようで、分からぬことがあったはず。 離れてみて気づいたこともたくさんある。 5年ぶりに再会して、同じ思いを彼らもしていてくれたことに、感激した。 現役時代先輩先生によく言われた。 「教育とは…今すぐ成果が見えるものではないよ。 何年も経て子供達が気づいた時に真の教育は伝わったと思って、がんばりな。」 いつも、から回ってしまう私にはもどかしさがいっぱいだったが、本当にそのとおりだった。 最初の不安とは裏腹に、彼らは暖かく私に挨拶に来てくれた。(父母の方々も^^) 『当時少しぶっきらぼうだったA君は・・・たまに見かけるたびに、しっかりと笑顔で挨拶をしてくれる。 その笑顔は、先生にはとてつもなく嬉しい事なのだ。』 『当時、一般的な反応でしか私を相手してくれなかった B君の口から 《今になり、先生みたいな教師が必要だと思う。皆貧弱だから… 教師ってポラムあるでしょ。》』 まさか彼の口からそんなことが聞けるなんて?! 彼はこれから、保育士を目指すそうだ。 「教師冥利に尽きる」とはこのことだったのか。。。 担任することは、楽しいことばかりではなく、体力と根気が必要だ。 しかし、1年間だけは寝ても覚めても常に、いきなり出会った彼らだけを愛するのだ。 あるいみ不思議である。 現場はなれた今になっても、この日だけは家庭のことも忘れ、彼らだけを思うことができて幸せだった。 いつも心配かけた5人とは会うことができなかったのが、心残りではあるが。。。 これも1年苦労してつかんだ「担任だけの特権」なんだ。 今必死で悩んでいる先生方にも同じ思いを感じてもらいたいものだ。 あと残された「特権」は2回。 必ずうまく利用したものである。 西東京の皆さんへ 今日は本当に素敵で幸せな1日をありがとう。 |
自己満☆
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