毎年、「パントマイム・イン・バンコク」というイベントに出演している。日本、そしてタイからパントマイムのプロとスタッフたちが集まって無言劇をやる。
この舞台はいつの頃からか人気が出て、チケットは短期間で売り切れ、観客動員数も毎回2500を下まわったことがない。楽屋は、各々の芸風への自信とプライド、技量に対する羨望と尊敬、舞台への緊張が相まって楽しくはあるがピンと空気が張り詰めている。
毎年、その緊張を一瞬で和らげるものがある。安物のコーヒーメーカーだ。それが楽屋にどんっと置かれると歓声があがる。コーヒーの香りが漂い始めるとその場の雰囲気が突然まったりとしてしまうから不思議だ。
「この人の入れるコーヒーがバンコクで一番うまい」といわれる人がいる。私の友人のご亭主、Tさんだ。イタリアから御ひいきの豆を仕入れ、自分で挽いておつくりになる。そのうまさといったら、口に入れるものにはいささかうるさい人々の間では有名だ。
そのコーヒーが某店のメニューに載ることになった。いれ方を色々と指導したTさんだったが、結局のところ店側がわかってくれなかった。砂糖もミルクもすでに入れてある、くそ甘くぬるいコーヒーしか出てこない。
珠玉のコーヒーはおもてに出なかった。
嗜好品は、やはり、個にかえるということか。
媚を売らないその志向がコーヒー自身のなかにあるということか。
創る舞台と同じだ。
もう何も言わないで、私も創りたい舞台だけを創っていこうと、インスタントのコーヒーをすすりながら思う今日この頃。
2005年3月20日 情報誌DACO 165号
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