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マルセル・マルソーが亡くなった。 2007年9月22日。享年84歳。80歳を超えてなお、海外での舞台にさえ立ち続けた。 わたしは1986年からパントマイムを始めた。マルソー氏は憧れだった。東京公演、バンコク公演と計4回の舞台を観た。 写真はバンコクでの非公開舞台のときのもの。今から十数年前の写真だ。 中央がマルソー氏。左が当時の私。タイ人のパントマイム「コン・ナー・カーオ」=パイトゥーン・ライサクンと某ホテルのロビーで。 フランス企業の顧客パーティ、つまりマイムをみせることが目的ではないアトラクション舞台だったため、パントマイムどころかマルセル・マルソーが何者かさえ知らない観客が多かった。ロビーを素顔で歩いているマルソー氏に気づいたのは私たち二人だけ。 呼びかけるときに声が震えたのを憶えている。 「パントマイムの神さま」だもの。 たぶん、この人がいなかったら、パントマイムがいまほど世界に知られることはなかっただろう。パントマイムをやる人も今ほど多くはなかったろう。そして、今ほどいろいろなタイプのパントマイムが生まれることもなかったにちがいない。 なぜなら「マルソーの前にマルソー無し、マルソーの後にマルソー無し」といわれた人だから。 マルソーには決してなれないと気づいたとき、人はマルソー以外のマイムの道を創っていくしかなかった。 上の写真は舞台が終わったあとの楽屋へ押しかけたときのもの。 「ビップ」という名の白塗りのキャラクターの化粧のまま、彼は開口一番 「観てくれたかい。いまの舞台、どうだった?」 とわたしたちに訊ねた。 「すばらしかったです」 としか答えられなかったのだが、彼は言った。 「実のところ、こういう舞台は好きじゃないんだ。みんな食事をしながら、酒を飲みながらの舞台だ。集中できないのでね」 日本人である私がタイでパントマイムをやっているということに、マルソー氏は少し驚いた。日本びいきとしても知られる彼はこう言った。 「日本人!? ヤノは日本人なのか! ならば聞いてくれ。川の水は流れていく。そして海となり、蒸発して雲になる。雨になってまた川の水に戻る。すべてが元へ戻っていくんだ。それが、パントマイムなんだよ。日本人だったら、わかるな?」 何を問いかけたわけでもないのに、何の質問もしていないのに、マルソー氏は「日本人」という言葉に反応し、身振り手振りを入れながら、突然そう言った。本当に突然だった。何の脈絡もなく突然だった。そして微笑んだ。自信ありげに微笑んだ。 「日本人」だったらわかるにちがいない、という自信だと感じた。 わたしはその目を見ながら、ただただ「Yes」と、「神さま」に嘘をついた。 最初で最期に聞いた「パントマイムの神さま」の言葉。 その意味はいまだに消化できないけれど、 自分ひとりの宝物にしておく時間はもう終わった。 哀しんでいるだろう多くの人々に伝えたいので、 ここに記しておこうと思う。 合掌。 |
マルソー追悼
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ファン登録有難うございます。マルソーの言葉は宝物ですね。パントマイムはきっと彼にとって自然の摂理に従った動きなのでしょうね。その素晴らしさを観られなくて残念です。
2007/9/25(火) 午後 8:19 [ ペペ ]
こちらこそ、ファン登録ありがとうございます。自然の摂理に従った動き、そうか、そういう意味も含まれていたのでしょうね。「公園」という名の作品はいろいろな人物が登場して公園でのときが流れていき、また掃除夫と銅像があるだけの光景に戻る、というものでした。何かを強く感じさせられた記憶があります。
それにしてもダボハゼさんのご活動、お見事ですね。
2007/9/25(火) 午後 11:03 [ 矢野かずき ]
この方記憶に有ります・・・楽しいのだけど、どことなく哀愁が漂う感じを受けた。。いや私パントマイムは全く知らないに等しいのですが何故か記憶に残ってる方です(合掌)
2007/9/26(水) 午前 1:53
そう、そうなのです。
私たちマイム役者は、いつもそうでありたいと憧れていました。
2007/9/26(水) 午後 9:41 [ 矢野かずき ]
はじめまして、タイに、こんな熱い日本人の方がいらしたのですね
マルソーさんが、多くの事を私たちに 残して逝いかれた中で、パントマイムを愛する人たちが、彼の死を切っ掛けに、こうやって、追悼の意を交わし始めていること、これが大きなメッセージのような気がしてなりません。 感謝
私たちのパントマイムの活動ページ
http://www.e-movementtheater.com/index.html
個人的なブログ、http://plaza.rakuten.co.jp/tententemari
よろしかったら遊びに来てください
2007/9/27(木) 午後 11:41 [ - ]
ブログのページ見せていただきました。
プロフィールの欄で「アジアマイムフェスティバル」との記入がありましたが、長野でやってたあれですか? わたしも96年に参加させてもらいました。その後も何度かお手伝いというか、観にいきましたけど。もしあれなら、どこかで出会ってるかもですね。ご主人の顔にどうも見覚えがある気が…。
2007/9/29(土) 午前 2:57 [ 矢野かずき ]
私こちらから伺ったかな?何かアバウトな人で出てるネームでコメント入れる「モモ猫」です
ゲストブックに桜一枝・・・マルソー氏に
2007/9/30(日) 午前 11:19 [ tonmaro7 ]
はじめまして。リンク、リンクをたどって、ふとしたことから、ヤノさんのブログをみはじめました。
写真をみていると、ヤノさんて、ほんとうに国際人だなあと思います。
日本しか知らない主婦の私には、とても新鮮です。
その本当の心はわからなくても、マルソーさんのことば、なんとなく心にしみます、いいことばですね。
これからもがんばってくださいね。応援しています。
2007/10/1(月) 午後 3:10 [ kogachan ]
kogachanさん
ありがとうございます。でも「国際人」というのがどういう人のことをいうのか私自身よくわかりません。英語ができるわけでもなく、じゃあタイ語は、もっとできない。知らないことが多すぎる。というか、知識や言語能力なんかより、おまえ「人」としてどうよって言われることがしばしば。どうする?
応援に感謝します。
2007/10/3(水) 午前 3:12 [ 矢野かずき ]
ヤノさんは、私からすれば国際人ですよ〜(きっぱり)。私は多国籍の方といっしょに写真を写ることもないし、第一言葉がしゃべれないと、私だったら、しりごみしてしまいます(^▽^)。すべて相対的なんでしょうけど・・。
私はヤノさんの人となりを知りませんが、ブログでみる限り、とてもピュアな方だと思いました。文字には、普段、目にする以上の内面があらわれるような気がします。だからこそ、ヤノさんのパントマイムをみてみたい・・。
私の友達に、「ぼくはこうしか生きられなかった」という人がいますが、私はだからこそ「あなたらしい」と言うことにしています。
ずいぶん妥協しながら生きてきた私からすると、それはすばらしいことだとそう思います。
初対面で何度もコメント欄に出るのも、ずうずうしくてどうかな?とちょっとだけそう思いましたけど、今しか書けないことかな?と思い、出てきました。
失礼しましたm(_)m
2007/10/6(土) 午後 5:04 [ kogachan ]
kogachanさん、コメントありがとうございます。
ただし、文字にしろ舞台の作品にしろ、それは決して作った人と同じではないということは考えておくべきだと思います。
そうです、きっと、すべて相対的なんです。
もしかしたらマルソーの言葉もそう解けるかも、と思いつきました。
川の水であり、海であり雲であり雨であること。絶対としての「水」はない、それがパントマイムの精神なんだ、とマルソーは言いたかったのでしょうか。私が聴いたあの言葉、どう読み解くのか、それにもまた正解はない、ということですかね。いろいろな人の読み解き方、知りたい。
2007/10/7(日) 午前 2:02 [ 矢野かずき ]
500字の制限を受けてしまいました。すみません。
マルソーさんのあの言葉は、確かに欧米的ではありません。欧米人は、どちらかというと神と人間と動物は区別していると聞きます。人の中に自然の目を通してみたり、動物の目になってみたりするのは東洋的ですが、なぜ私は「日本」なのだろうとそう思いました。なぜ、タイではなく、チベットでなく、日本なんだろう?って。
日本の四季も関係しているかもしれません。四季もめぐりめぐって、再びやってくる。そして、日本人って、そんな季節のある一瞬・・桜の散る中にも、はかなさと一瞬の美しさを感じとる感性があるから・・。敏感なマルソーさんの感覚は、それを感じとったのかもしれません、それはマルソーさんしかわからないことですけど。
っていうか、マルソーさんが、あの言葉をおっしゃる時、なぜか私には、そういう時のマルソーさんの姿が、まわりの空の色だったり、水の流れの中に透けてみえてしまうのです。彼自身が水の流れになって、循環しているような・・。個人を越えた人間共通の感情の流れを、私には感じさせることばです。だから、私の心に響いてくるのかもしれません。
2007/10/8(月) 午後 3:03 [ kogachan ]
ああ、またひとり、マルソーの言葉を解き明かしてくれた人が現れたなあと思いました。個人を超えた人間共通の感情の流れ。言葉を使わない役者の場合、やはり「人間であれば誰にでも共通な」感情、ストーリーを求め、それを見つけ出し、そして人に見せてあげる。それがパントマイムを演る者の役目だと、昔、そんなことを胸を張って言ったことがありました。「地球の人なら言葉は要らない」というキャッチフレーズが、その頃の私たちのアマチュア劇団の合言葉だったんです。できてないなあ、いまだに。
ありがとうございました、kogachanさん。
2007/10/9(火) 午前 5:43 [ 矢野かずき ]
マルソーさんと言葉をかわしたことがあるなんて凄い。。。亡くなったニュースは僕も見ました。パントマイムについてはよく知らない僕でも、知っている方です。。80歳を過ぎても舞台に立ち続けるというのは、ひとつの憧れでもあります。。。
2007/10/10(水) 午前 8:23
本当にすごいことですよね。80を過ぎて現役…。まわりの期待と自信、たゆまぬ精進と迷いを撥ね退ける精神力、色々なものが、本当に色々なものが必要なのでしょうね。爪の垢でももらっときゃよかった。
2007/10/16(火) 午前 0:06 [ 矢野かずき ]
はじめまして。間接的にしかマルソー氏を知らなかったんですが、胸の奥で何かが響いています。いつか会いに行きたいと思っていましたが、間に合いませんでした。
「川の水は流れていく。そして海となり、蒸発して雲になる。雨になってまた川の水に戻る。すべてが元へ戻っていくんだ。それが、パントマイムなんだよ。日本人だったら、わかるな?」
クリスマスにこの言葉に出会えて・・・。ありがとうございます。
2007/12/25(火) 午前 3:38 [ pan*om*mek*ham* ]