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二年前に八四歳で逝った「パントマイムの神様」マルセル・マルソー。生前の氏と一度だけ言葉を交わしたことがある。某ホテルのロビーだった。立ち話に夢中な人々の間を縫って独りゆっくりと歩いていく小柄な老紳士が、実は舞台化粧を落とした素顔の「神様」であることに気づいたのはわたしだけだった。
「ムッシュー・マルソーですね」と声をかけるときにひざが震えたのを覚えている。
だって相手は「神様」だもの。
大の親日家としても知られた彼は、わたしがタイでパントマイムをやっていると知って目を丸くした。そして、身振り手振りを交えながら急にこう語った。
「川の水は流れていく。そして海となり、蒸発して雲になる。雨になってまた川の水に戻る。すべてが元へ戻っていくんだ。それが、パントマイムなんだよ。ヤノが日本人だったら、わかるな?」
常識としてなら小学生でもわかる。ゆく川の流れは絶えずして・・・・・・という感覚も日本人としてなじみではある。しかし、それが芸の真髄として「神様」の口から語られたとき、わたしは何もわかっていないということだけがわかった。
川沿いに席をとると、人はどうしても水の流れに目をやり、少し無口になる。
清濁あわせもちながら、たやすくさりげなく、無限にエネルギーの転生を繰り返すことができるのは、たぶん水だけだからだ。
だから、川沿いに席をとるなら、無口になることを許し合える人と、と私は思っている。 |

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