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2014年4月16日。
2日目の京都 また歩く。 北大路通りの船岡山に初めて登った。 標高110mあまり、山というより丘。 山頂にこの岩がある。 千二百年あまり前、 ここに登った桓武天皇の使者は眼下に広がる盆地を見て驚いた。 ここから真南に線を伸ばせば甘南備山(かんなびやま)に突き当たる。 これを中心線として眼下の盆地は左右均等に広がって見えた。 しかも 東(青龍)に流水 (鴨川) 西(白虎)に大道 (山陰道) 南(朱雀)に湖沼 (巨椋池 おぐらいけ 現在はない) 北(玄武)に高山 (この船岡山) 風水でいう四神相応の地形。 東西南北を青龍・白虎・朱雀・玄武の四神に守られ、 魔物が出るという鬼門の方角(北東)には比叡山延暦寺を置いて封印する。 真南に伸ばした線に沿って朱雀大路をつくる。 怨霊から身を守るすべを完璧に備えたシェルター 平安京の完成。 ここから京都を一望に見下ろせるはずだったが 春霞か曇りか、さらには木々にさえぎられてよく見えなかった。 銅版には京都を囲む360度の山稜がかたどってあったが、 これもまたよく読みとれない。 この京都という街はつくづくその全貌を私に見せようとはしないのだった。 碁盤の目をした迷路なのだから。 山を下りてバスに乗る。 これまた初めて訪ねる一条戻橋(もどりばし)。 平安京はこの西に接していた。 都の内と外を隔てる橋。 現世とあの世との境界の橋。 この橋から先はあの世に通じるとされた。 死者が戻る橋としてこの名がある。 いまもなお、婚礼や葬儀の一行はここを避けて通る。 陰陽師の安倍晴明は式神を戻橋の下の石棺に封じたとされ、予言や占いの際に操ったという。 この橋から200mほど北、安倍晴明居館跡とされる晴明神社がある。 平安京の北東角、鬼門の方角を守護するためにここに屋敷を構えたのだ。 闇と 虚構と 信じる心だけに突き動かされていた平安の都
その跡である京都に私は何年も住んでいたのだったが 結局何も知らなかった。 もうすぐ、今夜、 夜行バスに乗り込めば京都の旅は終わる。 なぜ京都を訪ねたのか、もう少しで答えが出る。 京都御所。 昨日この街に思い知らされたことを重々承知で あえて歩く。 この長い壁に沿って 歩いても歩いても、砂利を踏む足音は独り。 あのときのように。 夜、バスが出る。 京都の灯が後ろに流れていく。 私はこの街で何を見たかったのか、 答えがはっきりした。 この街はただの街ではない あのときのあのひとが この街なのだ。 とすればわたしは もういちど いつかまた この街を訪ねたくなる。 迷路が続く。 |
2014 日本の旅
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