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私が海を嫌うのにさしたる理由はない。
ただただ不気味なのだ。
生きとし生けるものはすべて海から産まれたという。ならば私の感覚は原初的な畏れから来ているのだといっても、そう外れてはいないだろう。とにかく海があると、あ、先になど行けようはずもない、ここで行き止まりだ、と思うのだ。
そう、あの頃、すぐそばの国で戦争があり、さびれた漁村だったこの町は外国兵たちの保養地として開発が始まった。大艦隊が沖に停泊し、空母の上で文字通り翼を休めていた戦闘機。それをホテルのプールサイドから遠く眺めた、というのがこの町での最初の想い出だ。陸の歴史と喧噪を見ながら、海は黙ったまま急激に汚されていった。戦は終わり、いつしかこの国を代表するリゾートとして観光名所になった町はいまこのとき、これまでのイメージを脱ぎ捨てて、二階建てのバスで押し寄せる言葉を解しない団体客のために衣装を着替えようとしている。
けれど海辺はやはり海辺だ。
夜になると地平も水平線も消えて海から魔がさしてくる。
この町の最後の想い出は彼女の声だった。
海辺の丘の上に建つホテルのベランダから遠く漁り火を眺めたとき、私は携帯をとりだしていた。一時帰国の際、焼けぼっくいに火がついた同級生の女の声が聴きたくなったからだ。色々あるけどもう子供じゃない、間に海はあるけれど、やり直すのは不可能じゃないはずだ。
そうだね、もうこの歳だから、やり直せるね、と彼女は応えた。
あの時の電波はいまどこの虚空をさまよっているのだろう、と思うとき、私はやっぱり海が嫌いだ。
2017/06/08
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