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今年、10年ぶりくらいで日本の夏の空気を吸った。
けれど帰タイ直前、世話になっていた叔父が危篤となった。
わたしは復路のフライトをキャンセルした。
生まれて初めて人の死を看取り、通夜から葬儀、火葬と納骨や各方面への手続きなどを手伝った。
数年間を老人ホームで暮らしていた叔父の実家は鍵がかけられ、開けて入れば昔の記憶のままに保たれていた。釣りが好きで航空ファンでありカメラ好きだった叔父のコレクションの数々は私たちを悩ませた。歳月を経たお宝ものが多かったのだ。そして叔父の88年の生涯を証するものは、私たちが何度も迷い、汗だくになって取捨選択したあげく、たった一抱えの荷物に変わった。
もうこの家に私が入ることはあるまい、そう思いながら外へ出ると、まわりには同じ境遇の家たちがあった。
あの往年の賑やかな商店街は今、人の気配のない、誰も歩いていない、玄関を閉じ、シャッターをさび付かせた姿で萎びていた。大きな川の畔、自然と歴史と古き物語たちに彩られたこの街もまた、今や空き家と空き室を瓦の軒先の陰に隠して老いていくばかりだと思われた。
これらの空間がまた再び人によって利用されることはあるだろうか。あるとすればその時には、あの葬儀社の「おくりびと」たちが見せてくれたような、人の情を傷つけずにものごとをシステマティックに運んでいく技量が必要とされるだろう。
人は出会うよりも別れることの方が多いのだけれど、情の世界がシステムに組み込まれていくことで再生があるのなら、
それもまた良し、なのかも知れない。
2017 09 09
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