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食や食材からはつくづく遠く私は生きている。食に興味もなければ味の善し悪しも分からない。鶏、豚、牛、魚の区別くらいつくが、それらの肉の部位がどこだとかここだとか言われても右の耳から左へ抜ける。経験値として蓄積されないのだ。
そんな私に、ある芝居仲間がタイの土鍋をくれた。カンカンにおこった炭火の上に丸く居座る、屋台でよく見かけるあの土鍋だ。もちろんタイの「七輪」もセットで付いている。インテリアとしても愛嬌があるし、いつかこれで焼き肉やしゃぶしゃぶパーティもできるだろう。心のどこかに火が点いた。
その日、私は初めてタイで炭を買った。土鍋はまずいちど米を炊くといいそうだ。目地が詰まって水漏れを防ぐようになるという。お百姓様には悪いが、食べるためではない米を初めて炊いた。次から次へと初めての経験が紡がれていった。そもそも炭火をおこすこと自体初めてといっていい。けっこう難しいのよ。最近やっとコツをつかみ、一発で火がおこせるようになってきた。
男は子供の頃から火で遊ぶのが好きだ。危険がまとわりついているからだと思う。泥水のように重く、のたりとたちのぼった煙が音を立てて炎に変わる。煙の後を追うように炎が躍りあがる。私の顔に熱がぶつかってくる。きっと私の眼にも炎の色は映っていると勝手に思う。その瞬間、わたしは花火師にもなるのだった。
いまのところこの火は私の無為な時間と妄想を燃やしてしまうことに使われている。ま、いいだろう、いつかこの火で肉でも焼いて食べる日が来るさ。
2018/10/19
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