Art to People

さぁて、どうするかな・・・・

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なんだべなぁ、これ?
タイのイスラム協会かなんかが作った映画なんだけど、ちょい役で出さしてもらいました。「アダム」とかいう題名だけど、私はバンコクの日本人やくざの精神的弱みにつけ込んで金をだまし取るという新興宗教の教祖とやら。オムニバス形式の映画なので全体を見てみないとなにを言いたいのやらわからない。
この映画、一般公開はされないらしく、小さなコミュニティの中で上演されていくらしい。画像は映画のポスターではなく、登場人物紹介のやつだと思う。上段に大きくタイ語で「ヤノカズキ」とあるから。

それにしてもこの仕事で初めて大関正義さんと共演させて頂いた。
ミュージカル「クーカム」、あの小堀とアンスマリンの悲恋物語、の主演として日本から抜擢され、タイ映画「ヤマダ」で山田長政役の主役を演じたあの人。何度か酒を飲んだことはあったけど、仕事でご一緒は初めてだった。役作りにめちゃくちゃ真面目な人。びっくりするくらい真面目。

さて、この仕事で知ったことは大関さんの真面目さと、タイにおけるイスラムコミュニティの強さ。
勉強になりました。

夏 日本 2017

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今年、10年ぶりくらいで日本の夏の空気を吸った。
けれど帰タイ直前、世話になっていた叔父が危篤となった。
わたしは復路のフライトをキャンセルした。
生まれて初めて人の死を看取り、通夜から葬儀、火葬と納骨や各方面への手続きなどを手伝った。

数年間を老人ホームで暮らしていた叔父の実家は鍵がかけられ、開けて入れば昔の記憶のままに保たれていた。釣りが好きで航空ファンでありカメラ好きだった叔父のコレクションの数々は私たちを悩ませた。歳月を経たお宝ものが多かったのだ。そして叔父の88年の生涯を証するものは、私たちが何度も迷い、汗だくになって取捨選択したあげく、たった一抱えの荷物に変わった。
もうこの家に私が入ることはあるまい、そう思いながら外へ出ると、まわりには同じ境遇の家たちがあった。
あの往年の賑やかな商店街は今、人の気配のない、誰も歩いていない、玄関を閉じ、シャッターをさび付かせた姿で萎びていた。大きな川の畔、自然と歴史と古き物語たちに彩られたこの街もまた、今や空き家と空き室を瓦の軒先の陰に隠して老いていくばかりだと思われた。

これらの空間がまた再び人によって利用されることはあるだろうか。あるとすればその時には、あの葬儀社の「おくりびと」たちが見せてくれたような、人の情を傷つけずにものごとをシステマティックに運んでいく技量が必要とされるだろう。
人は出会うよりも別れることの方が多いのだけれど、情の世界がシステムに組み込まれていくことで再生があるのなら、
それもまた良し、なのかも知れない。
                                                           2017 09 09

占い師たち

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わたしは将来、大臣もしくはそれに準ずるような地位に就くと言われたことがある。百歳近くまで生きると言われたこともある。もうすぐ素敵な女性と出会い添い遂げるとも。ことごとくが外れ、あるいは外れつつある方向へすすんでいるけれど、これらの言葉はどれも私を慰めたり安心させたりするという目的のためにわざと発せられたものだった。なぜなら、これらの予言をくれた人々こそが最悪ともいえる状況に置かれた占い師たちだったからだ。
ある者は難民キャンプの中で明日を特定できない日々を何年も暮らしていたし、またある者は民族間のゆえのない憎悪のテロで焼き出された寺院の中に座る僧侶であったりした。まわりには同じような目に遭わされた普通の人々がおり、だからこそ、彼らは最後の手段として「言葉」を紡ぎ出すことに専念していた。少しでも、たった一言でも、人を安堵させる言葉を。そしてそれらの言葉は、汗と垢のにおいであったり、焼け跡に漂う線香の香りのなかで、信じたいと思う心をわしづかみにするような血走ったまなざしとともに発されたのだった。
その彼らこそ今どうしているのだろうか、私は知らない。

つい先日、信州長野に住む知人が蛍の便りを寄こした。
「さびしい かなしい 闇のとき 光の名前を 言ってみる」と彼女は綴っている。
闇をたどれるはずはない。けれどもふわりと灯るあかりがあれば、人はそのあかりに名前をつける。そして、最後に気付く。そのあかりこそが自分自身であることに。

結局のところ自分は自分で産まれて生きて消えていくしかない。


                      2017/08/06
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バンコクのランシット大学の学生たちがつくってくれたポスター。
元々はある学生が論文のためにインタビューした何人かのうちのひとりが私だったことから始まった。
じゃあうちの大学でイベントやってくれませんかという。
良いよ、と応えてほっといたらこういうことに。
韓国での舞台から帰ってきてすぐに知らされた。もう来週じゃないか。

制作に関わる学生たちはマイムの舞台を見たことのない者がほとんどなので
照明や音響から一つ一つやっていくことになると思う。
やってみます。 フウ・・・。

ある国の終焉

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故郷にいると心は熱さやせわしなさを失う。何もかもが触れてはならないもののように壊れやすく感じられるからだ。
6月は空梅雨の故郷にいた。駅のプラットホームへ行こうとしていたとき、向こうの下り階段をよちよち降りようとしているおばあさんを見た。リュックを背負い、両手に荷物を提げている。追いついたとき、案の定、彼女は階段の中ほどで手すりにつかまって立ち往生していた。荷物を持ってあげてベンチについた彼女と言葉を交わした。親戚の庭仕事を手伝ってこれから実家へ帰るところだそうだ。手土産をむりやり持たされて実は迷惑しているのだと笑った。
田舎が寂れていくにつれ、年寄りにはなかなか行き場所がないと言う。昔はたくさんあった店もシャッターを下ろし、ショッピングセンターとやらまで歩こうにも休み場所がない。車が必要だが膝を悪くしてからは運転も出来なくなったとぼやいた。
どこまでお帰りかと訊くと、本線の駅でまた乗り換えて県境を二つ越えるという。長旅だ。

故郷の町はどこもちり一つ落ちておらず、車は静かに流れて歩く人はいない。
ゴミのひとつにも気を遣って隣近所が暮らしている。分別や収集日を間違うとどこからか文句が来ると固く信じている。
空気はきれいでさわやかに流れ、煙草も吸えない。
丘の上からそんな故郷を眺めたとき、私は痛烈なイメージを得た。
ある国の終焉とはこの形ではないのかと観じたのだ。

十日後には東南アジアへ戻る。
そこに身を置いたとき、人のことなど考えていられないような辛辣なエネルギーに囲まれることになる。
このギャップに疲れる。
                         2017/07/07

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