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南タイへ行ってきた。津波被災地のその後を見に。
2004年12月26日、マグニチュード9.1スマトラ島沖大地震。
そして起きた津波はインド洋沿岸14カ国を襲い、わかっているだけで22万人以上が命をなくしている。
南タイは6県が津波に襲われ、およそ6000人が亡くなった。
クリスマスを南のリゾートで過ごしていた日本人も、40人以上が犠牲になっている。
南タイが津波に襲われてから150日後に私は避難所や仮設住宅地を訪問して慰問公演をやらせてもらった。
あれから6年。同じ場所を訪ねた。
プーケット島からおよそ100キロのパンガー県カオラック地区、そしてナムケム村。
ここにある小中学校にパントマイムをもっていき計4公演。それをやりながら人々に話を聞いた。
このおじさんはいま58歳。
津波に襲われたとき、海岸から数百メートルのところで養豚業を営んでいた。
ナムケム村に住むようになって25年。結婚し、子供をもうけ、その子供たちも独り立ちしたころ、津波に襲われた。100頭以上の豚たちは全滅。家も全壊。
下の写真はおじさんが見せてくれた被災直後の自宅。
養豚のための水タンクが上にあったトイレ棟だけが残った。
水タンクの重みで津波に耐えたのだという。
トイレ棟上部を斜めに走った線が元の家の屋根の跡だ。
その後方には流されてきた船や車が写っている。
椰子の木々の向うは海。
そして、
彼は同じ場所に住み続けることを選んだ。
政府による住宅建設を拒み、自分でやるからと交渉して現金だけをもらった。それらの金と自分の財産一切を売り払っておよそ50万バーツ(140万円)をつくり、瓦礫のなかからこつこつと雑貨商を営み始めた。
そしていま、裏庭に末の息子と二人で二年がかりでツバメの巣工場を建てた。
建設業者の手は一切借りなかったという。だから2年もかかった。
高級食材であるツバメの巣。
この村の老人たちは昔から言っていたという。
廃屋にツバメが巣をつくる。これを利用すれば商売になるのではないか、と。
いま、ナムケム村には10箇所以上のこういう建物がある。
壁に通気孔を設け、屋上からスピーカーでツバメの鳴き声を流す。
ツバメは建物の中に入り、巣を作る。
おじさんの建物はまだ出来て数ヶ月、ツバメが巣を作るまでには至っていない。
おじさんの家の界隈では百人近くが津波の犠牲になった。
いま、子供たちが汚い流れや藪のなかで泥んこになって遊んでいる。
そのそばでおじさんは鍬を振るって雑草を刈っている。
これが出来なければ、人は自然に負けてしまうのかもしれない。
人もまた自然。泥が汚いことなどありはしない。
逞しくあれ、日本の人、タイの人。
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