2014年4月17日。
昇ったばかりの陽光に照らされた海峡を渡る。
九州に 入った。
昼前には故郷に着いた。
知らされたのは母校の完全な廃校。
前回の訪問まではまだ生徒がいたのに。
跡地は地区の子供たちと父兄の 公園代わりに使われていた。
取り壊して整地するにも弱小市の予算が膨大にかかるし、ということらしい。
熊本県荒尾市立第二小学校。
九州の炭鉱華やかなりし頃に結婚した親たちの子弟が通った。
つまりわたし達。
いま世界遺産に暫定登録された三池炭鉱万田抗跡のある町だ。
「月が出た出た 月が出た」の炭坑節の あの町である。
狭い地域に数校の小学校、5つの中学校があった。
経済的に、ある程度の余裕をもった家庭の子供たちが集まり、
県下のこの地域の小中学生の学力は右肩上がりの時代だったという。
そのなかでもトップをいったのがこの第二小学校、そしてその裏にあった第二中学校だったとある市暦書は記す。
え、おれたちがトップだったんだ、ううむ、やっぱりそうだったか、
と思う笑いどころ。
校庭跡では妖精たちが歓声をあげている。
けれどもあのころの歓声の千分の一だ。
こうやって消されていくのにちがいない。
ここが更地にされたとき、わたしたちの喪失感はさぞかし大きいだろう。
子供時代のいちばん大きな想い出の跡地が消されるのだから。
いまから覚悟しておかなくては。
昨日までの京都の熱を 私はまだ引きずっている。
玄関を入って ただいまと言ったら
柱にもたれて 酒を飲もう。
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