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日本人会青少年部演劇サークル。
日本人学校に通う生徒たちのためのサークルのひとつだ。
さして大きなサークルではないものの、ひとつの劇場を借り上げていちどに250人ほどの観客を集める舞台を作り上げるには地味だが大きな労力がこれでもかというほど必要とされる。
それは最初、母親たちによる台本の選定とキャスティングから始まる。建築でいえば地固め、鳥の子育てでいえば巣作りだろうか。私は「指導員」とやらを承っているのだけれど、稽古が始まり、最初にお呼びがかかったときには絶対といっていいほど台本に目を通していない。
どんな台本にせよ、子供たちがどう読んでどう解釈し、どう動こうとしているかを知ることが面白い。舞台に立つ俳優は私ではなく子供たちだ。
彼らにまず叩き台を提示してもらう。でなければ私は出動したくない。
最近の台本に朗読劇のシーンが入っていた。稽古が始まった。ひとりの子が朗読し、それに合わせて他の子が演技をする。私は思わず息を静めて目をそらし、耳に神経を集中した。朗読の声が生きていたからだ。言葉が素直に届いてくる。情景が目に浮かぶ。終わりと始めのあいだの沈黙にそれでもまだ胸を叩く余韻がある。
思い切って目を上げると、そこには朗読の子と演技をする子らとの見事なコラボレーションがあった。
産み出したのだ。
卵だとばかり思っていたのに、子供たちはいつの間にか舞台の上で大人の掌を離れ「産み出す者」に変わっていくのだった。彼らのこの魔法が発現する瞬間を誰よりも早く目撃できることを、私は「幸せ」と呼んでいる。
2016 07 21
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2016年07月23日
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2016年4月25日。友が運転する車で福島から横浜へ戻る。
4月26日。夜、高校時代の同級生と会い、まだ放火事件のあとの焼け跡の匂いが漂う新宿ゴールデン街で吞み。 その夜11時発の高速バスで東京を離れ京都へ。 2016年4月27日。朝6時前、京都駅着。 東京からふるさと九州まで一気に行くかどうするか、迷ったのだがやはり京都を素通りする気にはなれなかった。 2014年の京都の旅は痛かったが、どうやらあのときの経験で抵抗力はできたらしい。足がすくむこともなく、思い出に押しやられることもなく、ただ、山を見たい、と思いついた。 四条通を東へ。 先斗(ぽんと)町を過ぎ、 坂を延々と登り、そして清水寺。 清水の舞台から京都市街を望む。 そこから北へ。 もっと東山に近く、比叡山のふもとまで。 人のいない山の懐まで。 叡電に乗った。 叡山口から八瀬童子の里、終点駅八瀬へ。 そしてもうひとつの路線の終点、源義経ゆかりの鞍馬へ。 ただただ電車に乗り続け、車窓から山を見上げて時を過ごした。 町へ戻り、思い出深い鴨川のほとり道。 桜はもう散り、雨の夕刻になった。 清水の舞台に設置されていた募金箱。 そうだな、そろそろ九州へ戻ってもいいだろう。あれから2週間近くが経つ。 ふるさと熊本もボランティアを受け入れる態勢ができているはずだ。 九州行きの高速バスは確か、京都駅発夜8時だったな・・・。 |
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