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さぁて、どうするかな・・・・

日記

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よしなしごと です。
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バンコクから西南、車で1時間弱のところにマハチャイという町がある。
昔から水産加工業が盛んなシャム湾河口近くの町だ。

この町の水産加工品の大きな部分が日本への輸出。
この町でビルマ(ミャンマー)からの移民労働者たちが働く。
ほとんどが水産加工工場労働者。日系企業も多い。
その数、40万人といわれる。
低賃金の労働力である。
法的な保障はほとんどない。
綱渡りの生活を強いられ、官憲からは集(たか)られ、
ただただ商品経済のためだけに使われる。

この町にひとりのビルマ僧がいて、
彼らビルマ人労働者たちの精神的支えの一端を担っている。
名を、アシン・ヴァヤマという。
ビルマ本国で民主化を求める演説をしたために10年間の投獄。
その後、祖国から放り出される形で現在はタイにいる。

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今回の大洪水で、ビルマ人労働者たちの住む地域も被災した。
町の郊外にあるタイのお寺の協力を得て避難所を作った。
最初の頃は800人がここへ避難。
そのうちの何割かはビルマへ帰ることを選び、
何割かは再就職を決めて避難所を出た。
そして残る40人あまりがまだ避難所を出られずにいる。

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40人にまで減ったか、と安心するわけにはいかない。
実は6000人あまりが被災し、けれども避難所には来ていないという。
来ない理由は多々ある。
避難した後の空き巣狙いが心配という者、とりあえず工場からの食糧配給(でも1日1食)は受けられるという者、などなど。

彼らに対する援助に立ち上がるのは僧侶の役目だとアシン・ヴァヤマは言う。

実のところ、彼らは日本の3・11に対しても迅速な行動を起こした。
得意の人海戦術を使って10万バーツという大金を集めて日本に送っている。

今回はその逆、日本から送られた洪水被害義捐金を彼らに渡すための
ミッションに同行した。

とりあえず義捐金を渡したが、
彼らはあわただしくも、被災地への救援物資の配布に出かけるという。
すでに3000個以上を配布したがまだまだだ。
これから行くからついて来るかという。
行った。

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しかし、ここまでだった。
私たちが乗った車はここまでで前へ進むことができなくなった。
彼らは私たちに手を振り、腰まで浸かっているという被災地へ向けて
波をかき分けて去った。

やりきった人

告別式に行ってきた。

私がタイに長期滞在するようになってからずいぶんお世話になった人。
いろんな人が彼にはお世話になっただろうと思う。
腰が低く、大きな目玉で笑われると誰もがホッとした。
日本料理の板前さんであり、経営者であり、タイ人の奥さんと二人三脚、
子供をもうけ、その長男はいまタイの映画界やイベントの裏側で日・タイの架け橋として活躍する。
やりきった人だと思う。

矢沢永吉と同い年、というのが笑えた人だった。
昨年、舞台のポスターを店に貼らせてほしいと頼んだところ、
「ここに貼ったほうがいいよ」
「え、でもここじゃ店に入ってくる人の邪魔になりますよ」
「いいから」

そんな会話が最後だった。

お世話になりました。ありがとうございました。

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もう私の歳になると
人から「さようなら」と言われるか「さようなら」と言うか
ふたつにひとつしかない。

さよならだけが人生だ とか
人生は芝居だ とか
そんな言葉の意味がやっとわかる前に、むこうから押し寄せてくる。

合掌

洪水一歩手前の結婚式

ここ、タイのバンコクで友人が結婚式を挙げた。
もう20数年、タイと付き合っている友人は、タイ人の伴侶を得て、希望していたタイの田舎暮らしを手に入れた。長年の我慢と努力が実った。この式の翌日、彼らと花嫁のお母さんたち、そして飼っていた犬や猫たちは長年暮らしたバンコクを離れ、トラート県という地方、花嫁の実家がある田舎の一軒家に引っ越す。
農村である。しかし何もない農村ではない。
エコでありながら何もないというのではない、あえて例えれば「アーティスト」が好みそうな地域。 http://blogs.yahoo.co.jp/yanoactlabo/62376172.html

バンコクはあいにくの洪水騒ぎ、日本人で参加できたのは私だけだった。おかげで花婿側の介添え人の役を負わされてしまった。

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朗々と響くタイのお経、花婿が近くの家から一人で花嫁を迎えに行くお祭り行進、
結びの糸を頭につけて仏の加護を祈る。
お坊さんの読経によって作られた聖水は訪れた人々一人ひとりによって花嫁花婿の合掌した手に注がれる。
親戚や近所の人々総出の大掛かりな挙式。小さな小路は来訪者用のテントのために通行止め。w

お幸せに。

さて、この挙式会場の100メートル手前。

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洪水は来ていた。

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バンコクの洪水。
来ても大したことはない、とたかをくくっていた。
これまでに私が経験したバンコクの洪水は雨季のそれだった。
今回の洪水は雨季が終わってピーカンが続く時期にバンコクを襲う。
南のシャム湾は高潮。北の各県で降った水がバンコクをじわじわと攻めている。
上から降ってくる洪水ではなく、地を這ってくる洪水。
緩慢な津波だ。

どうやら私の住む地域が一番ひどくなるらしい。
30年来住んでいる地域の人が言うには、
腰の高さまでの水が1ヶ月引かないそうだ。

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バンコクはもともとが湿地帯。
主要な交通網が運河で、「東洋のベニス」と呼ばれた時代もあった。
水は元の位置を覚えている。
来ることは間違いないだろう。

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大したことないよ、とこの前まで言っていた商店街の人たちが
大慌てで防水壁を店の前に作り始めた。
地元がこれだけ慌てるのだから、もう諦めるしかない。

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壁を築けない屋台は早々に避難。
明日(土曜)から月曜までに水位はバンコクの防災リミットを超えるという。

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大手のデパートでは水や食料があっという間に売り切れ。

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7−イレブン前には土嚢の準備。
やけくそ? 泥酔。

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運河の上にかかる歩道橋、を写したのではない。
その向うの高速道を見ると、まるで大渋滞のように見える。
が、これらの車は走っているのではない。
路肩に違法駐車しているのだ。

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車は持ち主にとっては一財産。
都内の各高架道はどこもいまこうなっている。
緊急避難だ。

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運河のそばに人々が心配そうに水位を見に来る。

バンコク フルアラート。

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透明カエル

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ベランダに透明のカエルがうずくまった。
眼もあるし、いまにも飛び跳ねそう。

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アパートの6階まで、バンコクの風に乗って飛んできた
シャボン玉。
どこから来たのかわからない。
やがてしぼんで乾いて消えた。
色即是空
ってか。

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