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バンコクのランシット大学の学生たちがつくってくれたポスター。
元々はある学生が論文のためにインタビューした何人かのうちのひとりが私だったことから始まった。
じゃあうちの大学でイベントやってくれませんかという。
良いよ、と応えてほっといたらこういうことに。
韓国での舞台から帰ってきてすぐに知らされた。もう来週じゃないか。
制作に関わる学生たちはマイムの舞台を見たことのない者がほとんどなので
照明や音響から一つ一つやっていくことになると思う。
やってみます。 フウ・・・。
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パントマイム
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2017年6月25日から7月4日まで、韓国、ソウルの Mullae に。
千秋楽終えての打ち上げにお客さんたちの何人かも残ってくれた。
この地区は言ってみればアーティストやパフォーマーたちの町。
古くから鉄工所などが集まっている町だが、空いた工場や事務所、倉庫跡の安い物件にアーティストたちが目をつけた。今では押しも押されもせぬ折り紙付きのアート地域。
そのお客さんたちのほとんどはただ者ではない。
パフォーマーやアート関係の方々。
緊張の十日間でしたが、おかげさまで予想を超える入りだったとか。
少しほっとしたけれど、まだまだだというアドバイスやヒントもたくさんいただき。
ありがとうございました。
最後の日は、パフォーマーの女性に案内いただき、この料理。
熱々の豆腐とキムチ、そしてマッコリ。
あらためまして、
今回ショーを観に来て頂いた方々、
そしてこのイベントを設計頂いた「スタジオQDA」に感謝いたします。
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6月末からの韓国ソウルでの舞台のポスターが送られてきた。
仮面を使ったマイムがいいだろうというアドバイスを受け、仮面もの中心にプログラムを立てた。
Soul Mime in Seoul といきたいところ。さて、どこまでやれるか。
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老けたなあ、俺。
ま、当たり前か。
ホワイトフェイス・マイムアカデミー主催のマイム劇に出演させてもらった。
彼らとのつきあいは長い。
昔は私も白塗りでやっていたのだが、やめた。
白塗りをするもしないもすべて彼らとの確執にあった。
彼らのマイムはヨーロピアンマイムだ。だから無条件で白塗り。
なぜ白塗りにするのか、という問いに「伝統だから」とアジアンが答えてどうする?
黒髪、黒瞳、醤油顔のアジアンピープルには似合わない、と私はある頃から思い始めた。ホリの浅い顔に白塗りは表情を消してしまう。お化けになってしまう。
それでも白塗りにしたいのならば、いっそのこと能のように動かない面を着けて勝負できるようになりたい。面が表情を豊かに表せるようになるまで。
けれど、あれから30年、彼らの白塗りも進化した。
なかなかかわいいじゃない、白塗り美人。
さて、この舞台、周りはほぼすべて20代の若者たち。
マイムを習いたての者も多い。
実は日本型のマイムのファン達でもある。
このブログでも何回か紹介した「パントマイム in Bangkok」などのイベントによって
タイのパントマイムは一つの歴史を紡いできた。
日本からやってくるプロのパントマイムに大きな影響を受けたのだ。
彼らも昔はそういうイベントに参加していたのだが、
如何せん、研ぎ澄まされた日本のプロ達の間に入ると影は薄かった。
そこで彼らが目指したのは、「型」と「美」だったのだろうと思う。
タイという土俵はいま彼らのものだ。
今回の舞台、求められた演出はすべて逆らわずにこなしてみた。
はっきり言って楽だった。大きく派手に動いて、ある型でぴたりと止まれば
それなりの演技になる。
周りの者たちの演技にまだ迷いがあるので余計に楽だったのかも。
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今回のイベントで日本から来ていただいた北京一(きた きょういち)さん、67歳。 この方のパントマイムのワークショップを受けた。 これからの何かがひらけた気がした。 よく考えてみたら、舞踏やダンスなどのワークショップはこれまでも受けたことがあったのだが、タイに住むようになってからパントマイムのワークショップは、見学したことはあっても受けたことはなかった。 今も思う。 なんて贅沢なワークショップだったのだろう、と。 北さんはまったく出し惜しみのない人だった。 頭の先から足のつま先まで、気持ちの持ち様から空の飛び方まで、 花の咲かせ方から人類の行く末まで。 とんでもないエネルギーで教え、言葉に詰まるとその場で常にやって見せてくれた。 参加した私たちは今、あまりに多くの贈り物をもらって、どうしたものか途方にくれている。 これまでの私個人の経験で、唯一最高のワークショップ。 このワークショップには 感謝しか ない。 |





