アトリエやの 清春便り

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清春通信 二科展終了

清春通信 2014−9−21 二科展終了中
 
長いこと、清春通信もお休みしてしまいましたが、六本木の国立新美術館で、9月3日から開催されていた二科展が、9月15日無事閉幕。
私は、8月21・22日は搬入受付等の作業、23日〜26日は会友作品審査、一般の部作品審査に参加、26・27日は絞り込まれた候補者から、授賞・会員・会友推挙の選抜審査等で、東京に滞在。緊張感と作業の疲れはかなり精神的にも肉体的にも負担は大きかったようです。というのも、28日には胃の内視鏡検査が決まっていたので、山梨に戻り、病院に行き、検査前の体調をチェックされた時に、血圧が、160近くに上がっていました。こんな高い数値は過去経験がありませんでしたので、びっくりでした。一応、医者はこれなら、内視鏡検査は可能と言うことで、検査に入りましたが、ここで又ハプニング。胃カメラが食道から挿入され、順調に進んでいたのですが、山場を越えて、最終段階で、出血が見つかり、慌てて胃カメラを取り出しましたが、胃の状態は、問題なかったようですが、胃カメラの管か何かが胃壁に傷をつけたらしいのです。2時間安静にしてということで、別室のベッドで寝かされ、改めて、血圧を測ると170近くにまで上昇。ただ出血が止まっているか確認しなくては、あとあと大変だということで、もし出血が止まっていないと、そのまま入院になるということを覚悟してくださいなどと、びっくりさせられましたが、再度挿入した胃カメラの映し出す画像では、出血はとまっているということで、24時間絶食を命ぜられ、自宅に帰されました。5日分の薬は貰いましたが、再度二科展に向けて、9月1日の全国支部長会議、2日は展示作業・会場設営作業、3日はオープニングセレモニー、懇親会で東京に出かける予定があるので、行けるか心配させられましたが、胃の状態は心配する様なことにはならず、無事出かけることができました。
 
9月4日夜には、山梨に戻り、手抜きになっていた畑作業や教室をこなして、12日〜15日再度東京に出て、会場での催し、チャリティーコーナーなど担当していたので、お手伝いしました。交通費・宿泊代など、結構な負担もありますが、充実した日々を過ごしました。
 
ちょっと脱線しましたが、上記の通り、初めて、会員として、搬入受付作業・審査・通知などの一連の作業に加わりました。審査に関しては、今迄先輩会員や役員から聞いていた通り、公正・公平なもので、ここまで厳格にやっているのだと、その光景を目の当たりにして、納得しました。
年齢、役員、上下超えて、更なる改善の方向性を対等に議論している真摯な姿勢に、自ら襟を正して、向き合ってゆかねばと改めて緊張感を覚えました。これらの一連の作業は、全国の会員が東京に集まり、実質手弁当・自前で行うボランティアーみたいなもので、こういう先輩達の努力のお蔭で、自分の今日があるのだと、改めて感謝するとともに、この良き伝統を守り、引き継いでいかなくてはと感じました。
 
11月に地元で2週間個展をやるその準備もせねばならず、ねじり鉢巻きで頑張らなくては!!!
 
これから、又通信再開しますので、よろしく。
 
ところで、二科山梨支部関係では、今回の第99回二科展では、皆さんの努力の結果、一般の部では、支部展で一般から受賞し、初めて出品した新人・私を除く7名の一般の部に出品した7名あわせて8名全員入選し、内1名が会友推挙となりました。支部発足以来、支部所属の同人全員入選が継続できたことに加え、昨年の二名授賞に続き、会友推挙が実現し、大変すばらしい結果となりました。
  第四回二科山梨支部展は盛況の内に、無事終了しました
 
 6月6日〜12日の間、甲府市の山梨美術館で開催した二科山梨支部展は盛況で、
入場者は支部展としての新記録、中日が美術館閉館でしたので、実質5日半でしたが、
900名近い入場者数となりました。
 今回は、二科会幹部などの賛助出品の展示はなく、支部の同人と一般公募出品のみの
展示にしましたが、来場者の多くから、高い評価を頂きました。また一般の部では、
二科展や地元の公募展を目指す意欲を持つ人が増え、昨年に比べて、F50号以上の
大作を出品する人が増え、大変頼もしく感じた展示となりました。
 
                    会場風景 同人の部①
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                                 同人の部②
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                    同人の部③
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                                                               同人の部④
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        一般の部 
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今は、支部展の後始末も終わり、2015年6月に予定している第五回支部展の会場確保の為
県立美術館への会場使用申請手続も終わり、畑や家周りの雑草との闘い、畑の作物の収獲、施肥苗の移植などに追われているのです。いつ落ち着いて絵が描けるのだろうと不安
な日々・?・?・?・
 
耳より情報
 
 公益社団法人二科会は今年設立百周年を迎え、来年は百回記念展を予定している今、青楓美術館の存在を知ったことに不思議な巡り合わせを感じている。 2005年に山梨県北杜市に移住した私は何とか山梨県内で二科会の活動を盛り上げたいと頑張ってきましたが、青楓美術館のことは全く知らずにいました。支部展に来場された青美術館関係者から、展示作品や二科会に関する展示資料につき、大変高く評価いただき、青楓美術館を紹介していただきました。
 
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 二科会は、100年前の1914年に文展(今の日展)の偏った審査に不満を持つ作家達が新しい
美術の確立を標榜し、文展から分離し、在野の団体として結成されたのです。
石井伯亭、田辺至、津田青楓、梅原龍三郎、柳敬助、山下新太郎、小杉未醒、有島生馬、
斎藤豊作、坂本繁二郎、湯浅一郎など気鋭の人達が立ち上がり、続いて、安井曽太郎、
正宗得三郎、熊谷守一らが参加したのです。この動きの中心にいた津田青楓の美術館が
山梨県笛吹市一宮町にあったのです。
 なぜ京都出身の青楓の美術館が山梨県笛吹市にあるのか興味津々、支部展終了後、お礼
兼ねて、好奇心にも誘われ、早速青楓美術館を訪問し、その誕生の経緯を開設頂き、新たな感動を覚えました。
 
 津田青楓と親交のあった一宮町出身の歴史家小池唯則氏が、山梨県の文化の向上の為、美術館を作りたいという思いを津田青楓に伝えたところ、青楓は心打たれ、美術館設立の資金作りに役立ててほしいと自分の作品数十点を寄付したそうです。小池氏は津田青楓の作品を資金作りの為に売ることなく、更に青楓の作品など収集、多くのコレクターなどの協力・寄贈も重なり、集まった青楓にまつわる美術品は500点。1978年の山梨県立美術館開館に先駆けて、小池氏は1974年に私財をつぎ込んで美術館を建て、津田青楓の作品や関係者の作品の公開を開始したのです。規模においては、小さいものであっても、山梨県内で最初の本格的な美術館と言ってよいのかもしれません。その後小池氏のご遺族が美術館・作品を笛吹市に寄贈し、現在に至っていますが、笛吹市のみならず、山梨県にとって貴重な文化財です。
 
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 二科設立者の一人として知られる津田青楓は、その波乱万丈の経歴から、一般の方には馴染みが薄い、知る人ぞ知る存在です。画家として洋画・日本画・水墨画に通じ、書家、歌人、随筆家として、又良寛研究家等マルチ芸術家として活躍した津田青楓は、夏目漱石と親しく、その小説の表紙絵など数多く手がけ、又歌人与謝野晶子との交流も知られています。最初の妻の洋画家山脇敏子は、後にデザイナーとして活躍、山脇洋装学院を創設したことで有名です。今連続ドラマ「花子とアン」で山梨が注目されていますが、この青楓美術館を訪ねると、村岡花子や柳原白蓮との交流など、青楓の作品、彼の生き様を通じて多くのドラマ・感動を楽しめると思います。是非チャンスありましたら、お出かくください。  
自分さえよければという風潮の中、私費を投じ、県民、全国の愛好家に美術館を残した小池氏の足跡、私心を超えた熱き思いに共鳴する人々、これこそ大きなドラマであり、小池氏がの思いが伝わってくるように感じます。
 
 
 
清春通信 2013-9-6 二科展も始まり、あわただしい日々
 
9月4日、98回二科展が始まりました。初日は、会場の六本木の国立新美術館で、10:00じの美術館オープンに合わせてテープカットのはず。それに間に合うように、06:44長坂発の中央高速バスに乗ってで出かけたが、渋滞で、バスが遅れ、新宿到着が約40分遅れ、テープカットに間に合わず・・・
 
やむなく、二科会でいつもお世話になっている、役員・会員に挨拶をさせて頂き、10:45から予定されているギャラリートークについて、簡単に、段取りなど説明してもらった。会員推挙になった為、ギャラリートークを仰せつかった次第。もともと人前でしゃべるのが苦手であったがが、逃げることは許されない雰囲気で、覚悟を決めて、その場で待機。会員推挙となった8名の作品や、二科賞受賞作品などが展示されている部屋で、トークが始まった。私なりに、なじんでいる画材、作品の狙いなど簡単に説明。来場していた友人が私の話を機器ながら、携帯電話で写真をとって居るのが見えたから、それほど上がっていないのかななどと考えながら、無事終了。
 
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そのあとは、授賞式の説明が12:00からあるというので、3階の講堂の近くに集合、そのあと、山梨支部の受賞者と連れだって、二科会事務局に挨拶に行き、14;00からの理事会メンバによる、新会員面接、15:00からの授賞式と休む間もなく、結構大変な一日になってしまった。それが終わると、今度は、リッツカールトンホテルで開催される恒例のオープニングパーティ(18:00から)に出て、そのあとは懇意にしていただいている会員に誘われ、居酒屋で一杯やりながら、絵画論。ある美術評論家も加わり、熱いはなしになったが、その日は友人宅に泊めてもらうことになっていたので、一足先に失礼した。
 
翌5日は、三年前に亡くなった先輩の横浜のお宅にお邪魔して、仏壇の前に座り、線香をあげながら、生前私や山梨の一般出品者を応援してくれた故人に、支部の関係者の活躍ぶりを報告し、お線香をあげさせて頂きました。再度美術館に戻り、会場を仲間と一緒に見て回りました。 
清春通信 2013-8-21 二科展への出品も完了、気が抜けて・・・
 
二科展は、毎年秋の第一陣と言われる9月の前半開催が恒例で、今年は9月4日〜16日です。私は1987年初入選から1999年会友推挙迄、連続入選を続け、会友になってから、14年目を迎えました。その出品も18日夜に搬入・出業者に作品を預けて、あとは審査・オープンを待つのみ。
 
二科の場合、会員は一点出品、会友は落選はありませんが、出品数に制限はなく、出品作品から一〜二点が展示対象、一般出品の場合は入選を目指して、全国から多くの方が挑戦しています。現在国内に36の支部があり、私が支部長を務めている山梨支部は一番新しい支部です。会友・一般の部では、2006年のに国立美術館に移るまでは、努力をアピールするという意味で、結構出品点数で争う面もあって、中には10点以上出品するという人もいたようです。私も会友になるまでは、6点ぐらい出品していました。出品数が増え田理由には、もう一つあり、従来、二科展はF50号の作品二点出すと、三点目はF80〜100の大きめの作品が出せる。美術館の展示でもF50とF100では、やはり迫力も違いますので、大きい絵の展示を狙うには、大きめの作品出品数を増やしたいと考えるのが人情。F100二点出したい人は、F50を四点計六点、F100号三点出したい人は、計九点という具合になってしまいます。それが、国立美術館に移った際に、改まり、最初二点が、F50〜F80と少しサイズアップしたが小さいほ方カテゴr−で、三点目からは、上限F100での出品となり、数に制限はなくなりました。従い今は三〜四点ぐらいが平均かもしれません。
 
いずれにしても、出品を終えると、一年が終わったと感じます。19日・20日は気が抜けたような、何ともしまらない状態でした。ブログやホームページでいろいろ絵の活動をされている人のレポを見ていると、制作姿勢などいろいろですが、皆さんの活力と精進ぶりには、反省させられます。新しい支部といってももうすぐ丸四年になりますが、その運営にもエネルギーを使いますし、自分流で、好きに描こうと思って、八ヶ岳山麓に移り住んだ割には、やはり、二科展での評価がについ気になり、自分流というか自由気ままに表現というのとは程遠い状態でジレンマを感じます。今年の作品は
 
薄明 R141                                    薄明 黄色い大橋
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 陽矢 R20                                  陽矢 散歩道
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ところで、以前スズメバチで大騒ぎしましたが、42匹目を殺して以降、ほぼぱったり姿を現さなくなり、日常生活に蜂の怖さから解放されました。なんだったのかと思います。
 
この二日間、なんとなく日本の現状・将来など考えると、相変わらず政界も、東北震災も、すっきりしません。
自民党は、所詮自民党、民主党はだらしないし、ほかの野党もパッとしません。震災復興もどう進んでいるのか?
ひどいのは、福島原発の事後処理。政界・経済界をある意味牛耳る商権・金権で仕切り、政治に影響力を行使して東京電力のいい加減さ、そして政財界で結託して作り上げた原発安全神話・原発事故終了宣言のでたらめ、体たらく。情けなくなります。東京電力などは、政治と結託して、商権はしっかり保証され、競争もなく、其の上、費用やら、原発関連投資は、電力料金・税金でカバーされ、利益はきっちり確保できる。そしてことがあれば、国費で穴埋めしてもらえるシステムを作り上げている。自民党が両輪の一つだけに、変えることはできないであろう。
四年前に、民主党に投じた一票、今回みんなの党に投じた一票。期待する方がおかしかったのかとあきらめる
気持ちが強くなるばかり。少し頭を整理して、どういう夢を見るか、又独り言、つぶやきます。
 
 
 
清春通信 2013-6-27 展覧会も終わって
 
二科会山梨支部の代表をしており、いろいろ準備から終わるまで、大変でした。
20日の木曜日に終わってからも、いろいろ書類の整理やら、事後処理も・・・。
金曜日に作品が戻ってくると、休む間もなく賛助出品の方の作品の返却、返送、来年度の県立美術館の申請手続、etc。
24日は展覧会を見て、来年出品希望する方が絵を見てほしいと訪ねてこられ、25日火曜日は自宅の教室、26日午前中は甲府市郊外のカルチャースクール、そして午後は美術館申請の打ち合わせ。家内が昨日から風邪気味で、昨夜39度近くの発熱、今日は千葉の教室に出かける予定でしたが、二つの教室の世話役の方に連絡、結局教室は休ませてもらって、家内を病院につれて行きました。家内も娘の引っ越し、娘が友人の結婚式出席のための着物着付け、ボランティア活動、展覧会のお手伝いなど、続いたので疲れもたまっていたのでしょう。夕方になって、少し元気が出てきて、ほっとしました。夫婦で、疲れ果てています。
 
今回の支部展では、初めて一般公募を実施したので、不慣れも手伝いいろいろ失敗続き、会期中もいろいろ多忙で、写真は家内が撮影していると思いきや、事前打ち合わせ不足で、家内は、友人達の撮影のみ。これまた大失敗。家内撮影のスナップ写真で勘弁してください。
 
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最後に私の展示作品
                             釜無川とR20をテーマにした作品
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 八ヶ岳高原の黄色い橋と冬の景色
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ブログにコメントいただいていますが、返事少し時間くださいね。

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