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1970年代は、僕がちょうど中学、高校、大学時代を過ごした10年間と一致する。大学を一年留年して就職したのが81年だから、この10年間が僕の感性の下地をつくったと言えるだろう。

今思い返してみても、70年代は本当に楽しかった。あらかじめ予定されていたように推移していくバブルの80年代にくらべ、明日は何が起こるかわからない様な期待感と、妙に醒めた、シラケた思いがない混ぜになったような不思議な時代だった。しかし、それでも確実に楽しかったのである。

僕らは中学生になり、三島由紀夫が死に、初めてジーンズをはいた(EDWINだったけどね)。

70年代はファッションとともに始まった。JUN、VAN、オニツカタイガーのハイカットのバッシュ、ブリーチアウトジーンズ…。とにかくかっこ良く、が総てで、そのためにはどんな苦労も惜しまなかった。服を買うのに店を2〜3件はしごするのは普通だったし、どうしても気に入らないジーンズなどは自分でミシンを使って縫い直したりもしていたのである。

同時期に日本人デザイナーが次々と世界デビューを果たしたことも、日本人がデザインに注目した一因だろう。山本寛斎、高田賢三、三宅一生などはスター扱いされていた。『装苑賞』は世界への登竜門となったし、その頃の僕のアイドルは装苑モデルのマイティ・ルエロンだったのである(今で言うエビちゃんのような存在か)。

日本人も世界に通用するデザインが創れるということは証明された。しかし、その頃どうしても勝てない分野があった。それが『工業デザイン』である。

日本の街中で見かけるカッコイイ車、あるいはショーウインドウで目を引く斬新なデザインの工業製品はほとんどがイタリア人デザイナーによるものだった。何が違うのかと問われても、具体的に答えることはできない。歴史の重みの違い、あるいは民族としての『血』の違いとしか言えない。日本人は「使い易い」デザインは得意なのだが、「使い易くてカッコイイ」デザインがこの時代にはまだできていなかった。ましてイタリアの工業製品で時々見かける『使いにくいが、それも許せるほどカッコイイ』デザインは、たぶん永久に無理なのだ。

さて lettera 32 である。僕はこのタイプライターを1976年に購入している。大学に入ってすぐのことだ。PCはもちろん、ワープロもない時代だ。和文タイプは特殊な技能で、それだけで職業になるぐらい難しかった。とりあえず将来にそなえて英文タイプでも覚えるか、というような軽い気持ちだったと思う。

早稲田通りと明治通りの角にあった「平和堂」というディスカウントショップで、僕は様々なタイプライターを眺めた。オリベッティ社の製品を買うことだけは決めていた。その頃、オリベッティはTVCFを流していて、『赤いバレンタイン』がやけにカッコ良く見えたのだ。四角いバケツ形のケースから本体を引き抜くと、赤いボディと、剥き出しになった印字部分の黒、そしてインクリボンのストッパーの黄色が鮮烈な印象を与えていた。(今考えると恐ろしいのだが、あのTVCFの女の子はケース込みで5kg超のブツを軽々と振り回していたことになる。あの時代の「ポータブル」という意識はそのレベルだったのだ)

しかし残念なことにバレンタインのボディはは樹脂製だった。金属の、もっとかっちりとした物が欲しい。レッテラ ブラックという選択肢もあった。銀と黒のツートンのボディはなかなかのものだったが、いかにも男性用、と意図されたデザインが逆に鼻についた。

そして僕が選択したのが lettera 32 だった。この3機種の中では最も古い製品だ。一見地味、事務的、そして中性的なデザインに思える。しかしこの何気ない存在がニューヨーク近代美術館に永久保存されているのだ(実機はこの前のモデルの22)。まだ二十歳前の僕には、そのデザインの良さなどわかるはずもない。それでも何か感じるものがあったのだろう、僕は lettera 32 を買い、ニッツォーリという工業デザイナーの名前を覚えた。

30年経った今、しみじみと眺めるとニッツォーリの意図が良くわかる。赤いバレンタインのデザイン(こちらもMOMAに永久保存されている)とは真逆の方向性を持ったデザイン、ということだ。もともと手動タイプライターはメカのかたまりである。金属と金属の噛み合わせで力を伝え、あらゆる動力にバネを使っている。そのからくりは見ていて惚れ惚れとするほどだ。この美しさを積極的に見せようとしたのがバレンタインであり、極力隠そうとしたのが32なのである。

メカ部分をほとんど覆いつくすゆるい曲線をもったカバー。スエーデン鋼の鋳物だ。しかし表面は滑らかな梨地仕上げで、それが金属であることさえ忘れさせる。ペイントがまた、リノリュームの床のような微妙な色だ。とにかく内部のメカと本体の金属感を極力なくし、人間のいる空間の中で存在が突出しないようにデザインされている。

しかしニッツォーリはここでたったひとつだけ、この機械が自ら主張するデザインを施した。

人間はタイピング中にタイプライターを見ない。ブラインドタッチであり、目は印字を追っている。一行を書き終え、ベルがチン、と鳴り、人間はここで始めて機械の一部に目をやる。それが、改行および行の頭に移動するためのレバーだ。左手をレバーに伸ばすために、人間はほんの一瞬だけレバーをみる。

lettera 32 はここに、アルミ鋳造の、本当に美しい曲面を持ったレバーを用意した。部材の中で一番高価なのではないかと思う。鉄では触ったときにひやりとするが、アルミならその心配はない。そしてこの手になじむ形。これは一行を書き終えた人間に対する「癒し」なのだろう。

工業デザインには必ず『意図』がある。それを読み解いていくことは、工業デザイナーの人となりに近づくことである。その先の彼、または彼女が、優しい顔で微笑んでいたら、その製品は『愛でるべき作品』なのである。

閉じる コメント(7)

お久しぶりです。オリベッティは一時、ノートPCを作っていましたね。当時のボクはMacユーザーでしたが、デザインの斬新さに注目した記憶があります。「工業デザインには必ず『意図』がある。」という言葉、とても理解できます。^^

2006/12/1(金) 午後 0:15 [ ウタイ♪ナガラ ] 返信する

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どうもー、調子はどうですか?社長さん。 そうそう、ミスキャンパスを使った雑誌広告を出してました。ノートの角にトラックボールがついてて・・・懐かしい。 今でも、オリベッティのクアデルノはニュートンよりかっこよかったと信じてます。

2006/12/1(金) 午後 0:54 [ yanow*1113 ] 返信する

タイプライター・・・懐かしいですね。80年ごろから2年ほどタイプを打っていました。電動IBMでしたけどドドドドという感じが良かったですね。このときブラインドタッチができるようになったことが、今のPCに生きてます。

2006/12/1(金) 午後 2:40 makootooh 返信する

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makootoohさん、こんにちは。たぶん年代が近い方かと・・・。キーの打ち方って、箸の持ち方と一緒でとても大事なことですよね。たまに妖怪人間みたいに三本指で打っている人を見ると…。タイプライターで基礎を覚えておいてよかったなぁと思います。

2006/12/1(金) 午後 10:29 [ yanow*1113 ] 返信する

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私の目の前に32があります。
40年前に給料を叩いて購入したものです。
タブキーがうまく動かないため、分解しようかと悩んでいるところです。
インクリボンが薄くなっています。
購入できるところをご存じ方は、教えてください。
実用には適しませんが、たまにキーをたたくこともありそうなので。

2011/4/12(火) 午後 6:56 [ ota*os*o ] 返信する

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えぇー 日付が?!

2011/4/12(火) 午後 6:57 [ ota*os*o ] 返信する

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こちらでインクリボンが買えるようです。
http://www.ogawa-shokai.com/ribbon/ribbon-olivetti.htm
タブキーが使えないのはイタイですね。
僕はフォトグラファーなのでインテリア写真の雰囲気作りに使ったりしますが、普通の人には無用の物かもしれません。
ただ、その時代を鮮明に思い出すアイテムなので、大事にしてやってください。

2011/4/13(水) 午後 6:40 [ yanow*1113 ] 返信する

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