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皆様、お変わりないでしょうか? 5月10日、もうすぐkokouの一周忌です。
「誇り高く堂々と 孤高の人となれ」
kokouが残した辞世の句です。
「孤高」とは世間に惑わされず、自分の志を追い求める様のことを言います。
国民としての責任を果たし、自分の求める道の追求に生きたkokouは
まさに「孤高の人」であったと思います。
この一年間、その孤高の人をどうやって供養すべきか考えてきました。
また多くの方からもアドバイスをいただきました。
そして考えた結果として、私はずっとそばに置いておくことに決めました。
お墓のある人はそこに納めればいいと思います。
しかしお墓のない人はお墓を作るか作らないかの決断をしなくてはなりません。
私には現在子供がいません。もし子供ができたとしてもその子はkokouの
ことを知りません。まして女の子が産まれたならその子にお墓を守る責任を
押し付けるわけにもいきません。
先祖を敬う気持ちと、共に生きていた時間を過ごした者を偲ぶ気持ちは
違うものだと私は思います。
故に後のことを任された私は、自分が責任を持って供養するため、
お墓を作らない決断をいたしました。
そして私が亡くなったとき、一緒に海に流してほしいと思います。
ここに述べたことに違和感を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、
宗教、その他教義によって考え方の違いはありますが、法的には一切問題ありません。
お墓をもたず、自分の手元で供養するという考え方(手元供養)は今後
都市化・核家族化が進むにつれ一般的になるかと思います。
一年間考えに考えて導き出した結論です。
大切な事は形式でなく想う心です。
このブログは私がいなくなったとしてもきっと永遠に
残り続けると思いますので、ふとkokouの事を思い出したら
お墓詣りをするようにここを訪れてください。
kokouの人生が全てここに納められています。
oyakokou
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昨年は多くの方にお世話になりました。
ありがとうございます。
ようやく家の整理も落ち着き、我が家へ越してきました。
金持ちの家みたいだ。
金持ちの家に実際行ったことはありませんが。
こんだけあれば喜んでくれるでしょう。
まあ、いただくのは自分ですが。
今年は手元供養というものについて深く考えてみたいと
思います。
もともと遺影なんて昔はなかった。
初七日を同時にするなんてなかった。
自分が小さい頃のお葬式はもっと重重しいものだった。
夜な夜なやってくる人々、棺桶に釘を打つ風景、今でも焼きついている。
供養というあり方も時代に応じて変化します。
父のそれは自分が想像していたものよりもっともっと
優しくて、心が透き通るような、すがすがしいものでした。
それはきっと供養というものが人の心を慮るように
年々進化しているということと、
皆さんが助けてくれたおかげだと思います。
大事なのは心のありようです。
だから過去の慣習にとらわれず悼みたいと思います。
皆様はどうお考えでしょう?
私はばちあたり者でしょうか?
葬儀業者にもうからないからやめてくれと怒られる
でしょうか?
寒い日が続きますので皆様御身体に気をつけて。
今年が良い年でありますように。
良い年でなくても明るくすごせますように。
oyakokou
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ご無沙汰しております、oyakokouです。
今日10月20日はkokouの誕生日です。
命日が5月10日。几帳面ですね。
誕生日ケーキとふぐひれてんこもり用意しました。
食べ合わせ最悪です。
最近はだいぶ落ち着きを取り戻し、家の整理を順次しています。
カメラがたくさんあります。
またおって報告したいと思いますが、ざっと30機はあります。
EOS 7D
あまりカメラにくわしくありませんが聞くところによると
良いカメラのようです。
使おうと思うのですが、このレンズ、ズームとかひいたりとか
全くできないのです。どう使ったらいいんですかね?
ちゃんと説明してくれなかったので、どうやら几帳面ではなかったようです。
oyakokou
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初めまして。 kokouの子oyakokouです。 |


