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皆様、お変わりないでしょうか? 5月10日、もうすぐkokouの一周忌です。
「誇り高く堂々と 孤高の人となれ」
kokouが残した辞世の句です。
「孤高」とは世間に惑わされず、自分の志を追い求める様のことを言います。
国民としての責任を果たし、自分の求める道の追求に生きたkokouは
まさに「孤高の人」であったと思います。
この一年間、その孤高の人をどうやって供養すべきか考えてきました。
また多くの方からもアドバイスをいただきました。
そして考えた結果として、私はずっとそばに置いておくことに決めました。
お墓のある人はそこに納めればいいと思います。
しかしお墓のない人はお墓を作るか作らないかの決断をしなくてはなりません。
私には現在子供がいません。もし子供ができたとしてもその子はkokouの
ことを知りません。まして女の子が産まれたならその子にお墓を守る責任を
押し付けるわけにもいきません。
先祖を敬う気持ちと、共に生きていた時間を過ごした者を偲ぶ気持ちは
違うものだと私は思います。
故に後のことを任された私は、自分が責任を持って供養するため、
お墓を作らない決断をいたしました。
そして私が亡くなったとき、一緒に海に流してほしいと思います。
ここに述べたことに違和感を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、
宗教、その他教義によって考え方の違いはありますが、法的には一切問題ありません。
お墓をもたず、自分の手元で供養するという考え方(手元供養)は今後
都市化・核家族化が進むにつれ一般的になるかと思います。
一年間考えに考えて導き出した結論です。
大切な事は形式でなく想う心です。
このブログは私がいなくなったとしてもきっと永遠に
残り続けると思いますので、ふとkokouの事を思い出したら
お墓詣りをするようにここを訪れてください。
kokouの人生が全てここに納められています。
oyakokou
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2011年04月18日
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