過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年05月30日
全1ページ
[1]
アメリカ中央情報局(CIA)は1955年、極秘の軍事プロジェクトのテストや開発を行うため、人里離れたネバダ州の砂漠にエリア51を建設した。50年以上経過した現在も、アメリカ政府は基地の存在を認めておらず、作成する地図にも載せていない。
1950〜1960年代のエリア51は、U-2偵察機の後継を開発する「OXCART」プロジェクトの中心地だった。OXCARTは、ソビエト連邦上空からの情報収集を担う高々度偵察機A-12の開発が目標だった。プロジェクトの開始間もなく、地上テスト段階からソ連の目を欺く必要が明らかになる。ソ連の偵察衛星、通称“ゴミ入れ(ash can)”が、ネバダ州の上空を定期的に巡回していることがわかったのだ。 エリア51で超音速飛行を担当していた電子対抗手段の専門家T・D・バーンズ氏は、機密解除後に次のように話してくれた。「朝の安全保障会議では、ソ連が飛ばしている衛星の一覧が渡された。バスの時刻表のように、上空を通過する正確な時間もわかっていた。しかも、赤外線を探知するかどうかなど、種類まで知ることができた」。 ステルス性を試験するためには、屋外で実物大のモックアップ機体を高く差し上げる必要があり、ソ連の偵察衛星に見つかる可能性が高まってしまう。 「実は、すぐに隠せる倉庫を用意していたんだ」とバーンズ氏は語る。「屋外に出している時に衛星がやって来たら、そこに機体を押し込むのさ」。 骨の折れる作業だが、それでも不十分だった。ソ連は既にOXCARTの形状図を持っていることが諜報活動によって確認されたのだ。赤外線衛星の偵察が最も疑われた。カンカン照りの砂漠に航空機を引き出すと、影になった地面は温度が下がる。建物の中に移動させた後でも、その痕跡は赤外線で検知されてしまう。 ソ連の衛星を欺くため、エリア51のチームは厚紙などのありふれた材料で偽の機体をつくり始めた。偽物の影で混乱させることが狙いである。衛星が通過する前には、おとりと発覚しないようこちらも建物に隠す。エンジン(がありそうな)付近でヒーターをつけ、着陸したばかりのように見せかけることさえあった。「赤外線衛星との知恵比べだ」とバーンズ氏は振り返る。 結局、U-2の後継機について、1960年代半ばにプログラムが公にされるまで、ソ連は全容を知ることができなかった。 ただし、2850回ほど実施された極秘の試験飛行では、多くの人が(当時としては)奇妙な形状をした、マッハ3で飛行する機体を目撃している。輝くチタンの物体は航空管制官や民間のパイロットさえも判断できず、エリア51とUFOを結び付ける根強い噂の原因になったのは間違いない。 こうして曲折の末に完成したのが、世界初の本物のステルス機とも言われるアークエンジェル12(A-12)である。 A-12は、ロッキード社・スカンクワークスがアメリカ中央情報局(CIA)向けに製造した偵察機。設計はスカンクワークスの責任者であったクラレンス・ケリー・ジョンソン。 1962年から1964年にかけて生産され、1963年から1968年まで運用された。1962年4月に初飛行したこの単座型航空機は、アメリカ空軍のYF-12迎撃戦闘機および著名なSR-71の先駆けであった。A-12の最後の任務は1968年5月に実施され、計画および航空機は同年の6月に退役した。 National Geographic
http://x8.toumoku.com/bin/ll?147613305 アクセス解析 |
全1ページ
[1]




