| NASAのスペースシャトル計画は、2011年7月の「アトランティス」打ち上げで30年の歴史にピリオドを打つ。 |
| シャトルへの搭乗経験を持つNASAのベテラン宇宙飛行士デイビッド・ウルフ氏に、宇宙滞在中の思い出について話を聞いた。 |
ウルフ氏は1993年から4回の宇宙飛行を経験。7回の船外活動を行ったほか、国際宇宙ステーション(ISS)の先駆けとなったロシアの宇宙ステーション「ミール」に128日間滞在している。今回は、ミール滞在中に印象的だった出来事を語ってもらった。
◆ゼリー噴出事件
1997年、アトランティスに搭乗したウルフ氏は宇宙長期滞在のためミールに向かう。だが到着早々、思わぬハプニングに見舞われる。
ミールのロシア人クルーと初めての食事に臨んだ時だった。彼らは歓迎の意を込めて、カシスの果汁をゼリー状にした貴重なフルーツ飲料をふるまう。ウルフ氏によると、「グレープジュースを濃厚にしたような飲み物」だったという。
容器を受け取ったウルフ氏は開封の方法を間違えたうえ、中身を居住空間の壁や空気ダクト、さらには付近に置いてあったカセットプレーヤーやケースの上にぶちまけてしまった。
「半流動性の塊が室内を横切った瞬間、全員がその場で凍りついた。誰もが目を見開き、口を開けたまま行く先を見守ることしかできない。これが、ミールでの長期滞在初日の出来事だ」。
責任を感じたウルフ氏は、カセットプレーヤーを分解して洗浄したほか、暇を見つけては居住空間の清掃を行ったという。
◆地球に畏怖の念
ミールでの初めての船外活動も、ウルフ氏にとっては印象深いという。「ハッチから船外へ出たとき、周囲は完全な暗闇に包まれていた」。
「20分後、作業を手際よく進めていたわれわれは突然太陽の光に包まれ、400キロの眼下に地球が姿を現した。太陽に照らし出された地球の美しさにすっかり心を奪われた私は、平静を取り戻すまでにしばらく時間が必要だった」。
ウルフ氏はさらにこう続ける。「私が目にしたのは、ありのままの地球の姿だ。国境は存在せず、直接目にする色は写真で見るよりも深い。宇宙での滞在期間は累計170日を超えるが、何度見ても飽きなかった」。
◆無重力空間に取り残された数時間
初の船外活動で、ウルフ氏は命の危険にもさらされている。彼と別のクルー1人が、エアロックの故障で船外に取り残されてしまったのだ。
「今振り返ってみても恐怖がこみ上げてくる。しかしあの数時間は、2人とも問題を一つずつ解決することに必死で、不安を感じる暇はなかった」。
常に危険と隣合わせだった船外活動も、ウルフ氏にとっては宇宙滞在の中で最も貴重な思い出だという。
「これ以上不思議な経験があるだろうか。上も下もない無重力空間では、方向感覚を失わないように全神経を集中しなければならない」。
◆宇宙では涙腺がゆるむ
宇宙での忘れられない体験をもう1つ紹介しよう。ミールでの多忙なミッションの合間に過ごす束の間の自由時間、ウルフ氏はマカダミアナッツをほお張りながら映画を楽しむ機会が何度かあった。
そのとき、我が家から遠く離れ、家族や親しい友人もいない宇宙でただ1人見る映画が、これほど深く心に染み入るものかと驚きの念に打たれたという。
「宇宙で初めて涙を流したのは映画『アポロ13』を見ていたときだ。自分でもまったく意外だった。何カ月間も地球を離れていると、映画が地球につながる唯一の糸に思えてくるのだろう。見始めるとあっという間に感情移入してしまった」。
◆さらば、スペースシャトル
宇宙空間でのさまざまな体験を持つウルフ氏は、スペースシャトル時代の幕引きを複雑な心境で眺めているようだ。
「シャトル計画は人類のパイオニア精神が生み出した最も壮大な計画として、将来も語り継がれていくに違いない。打ち切りは寂しい限りだが、われわれは多くを学んできた。知識や経験は次世代の計画にきっと生かされることだろう」。
National Geographic
| 事故で失われた最初のシャトル、STS-1「コロンビア」が1981年4月12日に宇宙空間での初飛行実施、TVでも中継されて当時高校生だった小生は、ずっと見ていたのを思い出します。 |
| アポロ11号の月面着陸とは違った快挙と、それまでのロケットによるものとは全くことなる、まさに次世代のスペースクラフトと呼ぶにふさわしいのが、このシャトルでした。 |
| あれから30年、STS-51-L「チャレンジャー」と上記のSTS-107「コロンビア」の不幸な事故を経験しましたが、STS-135「アトランティス」のミッションを最後に引退。 |
| シャトルが残した数々のミッションは後世に受け継がれることでしょう。 |
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