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昨日のブログ記事でも少しばかりご紹介させていただきましたが、私が棲息する桜新町、実はサザエさんの町でもあるのです。 というのもサザエさんの作者、長谷川町子さんが生前この町にお住まいで、その作品中にも実在するお店がいくつか出てきたりしているのです。 中でも一番お分かりいただきやすいのが酒屋の宅配サブちゃんが勤める三河屋さん。 このお店、今でこそ時代の流れに逆らえずセブンイレブンになってしまいましたが、先日まで実在する酒屋さんとして営業していたのです。 そしてカツオが時折立ち読みをしている本屋さん。 このモデルとなったお店もかつてはあったようですが、こちらもやはり時代の流れの中で後継者がいなくなったとか何とかで閉店してしまいました・・・。 実は私自身2年前に引っ越すまではサザエさん一家と同じ町内に住んでおりまして、というのも以前大流行しましたサザエさん分析本『磯野家の謎』によると磯野家がある住所は世田谷区新町、そして私が2年前まで住んでいたのも同じく新町だったのです。 確かに今になってその当時を思い返してみますと、サザエさん頭をしたおばちゃんがお魚咥えて近所をウロウロしていたりしたものでした。 そんな桜新町では毎年4月にさくらまつりなる催し物が行われておりまして、今年もついこの間の日曜日がその日であったので、天気は良くなかったのですが折角なのでちょっと行ってきました。 まつりそのものは大して屋台が出るわけでもなく、比較的限られたスペースの中でやっているものですから大規模なものにはなり得ないわけですが、それでも毎年水前寺清子さんが来て歌ったり、サルがモンキーダンスを踊ったりと、それを目当てにくる多数のお客さんでそれなりに盛り上がっております。 私が行ったのは大分遅い時間でしたので、水前寺清子さんが歌ったであろうステージはご覧の通りの有様で、 その上お猿さんはダンスに疲れておやつを食べていたりと、何だか完全に見所を外してしまったわけですが、 それでも街路樹の桜は八重桜が多いものですから、若干時期が遅れて咲くので、丁度この頃が咲き始めの綺麗なときでもありまして、これはこれで見に来て良かったなぁ、なんて思うわけです。 そしてやはりサザエさんの町ならではといった展示物もありまして、 これは毎週日曜に放送しているサザエさんのオープニングに流れる歌の後半部分で一家がズンズンと迫ってくる場面を看板にしたものなのですが、あえてさくらまつりにあわせて背景を飾る花を桜にしたそうです。 (と説明してくれたおっちゃんが何だか恩着せがましくて、おっちゃんが書いたわけでもないだろうに!と心の中で突っ込んだりしていたわけです。) 今度の日曜、もし時間があればテレビをご覧頂きましてご確認ください。 そして桜新町唯一?の観光名所がこちら ここには長谷川町子さんが生前に集めていた美術品の数々が展示されておりまして、また館内一室ではサザエさんの文庫本をただ読みできたりもするわけですが、何よりも素晴らしいのがここの売店。 決して広いとはいえないその売店には様々な種類のサザエさん関連グッズが所狭しと置いてありまして、ここでしか見たことのないようなものもあるものですから、ちょっとしたお土産にはいいかもしれません。 以上簡単ではございましたが私の住む町、そしてサザエさんの住む町、桜新町の説明を終わらせていただきます。 お近くにお越しの際には、どうぞお立ち寄りください〜♪
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世田谷百景
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私の地元駅桜新町はその名の通り、駅前通りの街路樹に多数の桜の木が植わっており、町全体としても極めて桜の多い場所なのですが、そんな桜の街路樹の下を駅を背にして歩くこと数分。 全く冴えないコンビニエンスストア(かなり失礼ですが・・・)があります。 大手コンビニチェーンとは一線を画し、独立系として頑張るこのお店。 見た目はご覧の通り地味なわけですが、意外や意外、このお店テレビには結構映っているんです。 ドラマやCMなどで頻繁にコンビニエンスストアでの場面を目にすることがあるのではないかと思うのですが、最近放送されたドラマでは、といっても昨年の話になりますが、日曜の晩にやっていたTBSドラマで織田裕二主演の『冗談じゃない』のなかでもこのお店が映っていたような気がします。 それと今現在放送されているものでは、カルビーのコンソメパンチのCM。 「コンソメ・コンソメ・コンソメパンチ♪ポンチじゃないよ、コンソメパンチ〜♪」という何だか意味は良く分からないものの、何となく頭にこびりついてしまう特徴あるメロディーの流れるCMなのですが、 テストで0点を取ってしまい落ち込んでいる少年をちょっと気味の悪い大きな犬(パンチ君というらしいです)が一生懸命に慰めて元気付けるというような内容でして、最後にこの落ち込んだ少年にパンチ君がポテトチップスを買ってあげるのが、このお店なのです。 他にも多数のドラマの中で使われておりまして、私自身も何度かこの前を通った際に撮影しているのを目にしたことがあります。 だから何?と言われると話はそこで終わってしまうのですが、皆さんの身近な場所や知っている場所がテレビで使われたりすると何となく嬉しくありませんか!? 我が地元桜新町はサザエさんの町でもありまして、次回はその辺りをご紹介させていただきますw それとカルビーさん、コンソメパンチのCMしたのでポテトチップスください。
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私の家からすぐの所にある馬事公苑、ここは読んで字のごとく馬に関わる施設なのですが、地元では有数の桜の名所でもありまして、先日花見かたがた行ってまいりました。 ここは日本中央競馬会(JRA)が運営する施設でして、その敷地の広さは18ヘクタール(東京ドーム約4個分)にも及び、数々の馬に関する施設が整っています。 そのため、かつての東京オリンピックの際には馬場馬術競技会場として、こちらの施設が利用されました。 昭和57年に競馬学校が開設されるまでは、ここで騎手の育成が行われておりまして、競馬好きな方ならお分かりいただけるのではないかと思うのですが、今でこそ武豊騎手に抜かれてしまったものの、それまで歴代最多勝騎手であった岡部幸雄騎手もここの卒業生だったのです。 私が行った日は丁度さくら祭り開催中で、ポニー競馬なるイベントが行われていたのですが、このポニーにまたがっているジョッキーもやがてはG1レースの大舞台で活躍してくれればいいなぁ、と思います。 馬事公苑ではほぼ各週末に馬術競技会が開催されており、また私が行ったさくら祭りや馬に親しむ日、その他直接馬に触れ合うことが出来る催し物など、見て触れて、様々な形で馬を楽しめるようなイベントが多数開催されています。 苑を奥へと進みますと日本庭園がありまして、ひょうたん型の池を中心にして四方八方に桜が咲き誇っております。 私が行った日は若干肌寒く時折雨が降っていたにもかかわらず、満開の桜の下で多数の花見客が宴会をしておりました。 木陰の方に目をやると、酔っ払ったおっちゃんが立小便をしていたり、飲みすぎたおっちゃんがゲロをしていたり、これもまた花見ならではの光景でなかなか風情があるものです。 ここ世田谷馬事公苑は馬が好きな方ばかりでなく、都会の喧騒に疲れたとき、ちょっとした癒しを提供してくれる場所でもありますので、お近くにお越しの際には立ち寄って見られてはいかがでしょうか。 多分年末年始以外は入園できると思います。やっていなかったらごめんなさい。 ということがないように、いらっしゃる際には事前に馬事公苑HPをご覧になられてからの方がよろしいかと思います。 それでは皆様良い週末をお過ごしください〜♪
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明治40年(1907年)、今からもう100年前のことになりますが、渋谷〜玉川間で玉川電気鉄道が開業し、そして大正14年(1925年)には今の東急世田谷線の基となった三軒茶屋〜下高井戸間で玉電支線の運行が始まりました。 以来世田谷の発展に貢献し、玉電の愛称で沿線住民の大切な足として活躍を続けてきたわけですが、昭和13年には現在の東急電鉄の前身、東京横浜電鉄によって吸収されたことで、玉電という名称は正式にはここで消えることとなりました。 しかしうちの婆ちゃんなんかは、路面電車ではなく地下鉄になり、そして平成の世になってもなお玉電と呼び続け、いかに当時の人にとって重宝されたものなのかを、こんなところからも窺い知ることが出来たりするわけです。 そんな路面電車の玉電もやはり自動車時代の到来によって、次第に邪魔者扱いされるようになり、昭和44年には現在の地下鉄東急田園都市線の工事が決定するや、三軒茶屋〜下高井戸間を除いて渋谷〜玉川間を結ぶ路面電車は廃業することになってしまいました。 そして残された三軒茶屋〜下高井戸間を結ぶ電車は世田谷線と名前を替え、現在もなお沿線住民の足として活躍を続けているわけです。 私自身ここ最近でこそ乗ることも増えてきたのですが、しばらく乗らない間に車両もすっかり綺麗で新しくなっておりまして、私が幼少期にチンチン電車として親しんだ車体は こんな感じでいかにもチンチン言いながら走りそうな風体でしたが、今では ご覧のように立派になってしまい、車内放送もテープを流すようになっておりまして、何となく風情が損なわれたような気がしてしまったりもするわけです。 そういえばチンチン電車といえば、昔婆ちゃんに駄々をこねてこの世田谷線に乗せてもらった際に、車内でチンチン、チンチンと騒いで、やかましい!と引っ叩かれた、そんな美しくも懐かしい思い出があります。 この世田谷線沿線には前回世田谷百景でご紹介させていただきました、招き猫の発祥、豪徳寺のほかにも様々な見所がありますので、東京散策の際には、ご興味あれば乗ってみてくださいね〜♪
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先日なんだったか忘れましたが、とあるテレビ番組を見ていましたら、私の家のごく近所にある世田谷は豪徳寺がなんでも招き猫の発祥地だそうで。 ということで長らく住んではいるものの、足を運んだことのない豪徳寺に初めて行って来ました。 この豪徳寺は江戸徳川幕府後期に桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼が眠る場所でもあります。 ちなみに井伊直弼の墓は都指定史跡にもなっているということです。 松の回廊、というか参道ですが、これを抜けると 総門(正門)がありまして そこをくぐりさらに進みますと左手に三重塔が。 この三重塔はごく最近に建立されたものですが、一層目蟇股部分には十二支が彫刻されており、またさすが招き猫の発祥地だけあり、十二支からは外れた猫もその中に混じっております。 そして今度は右手を見ますと、立派な汎鐘が。 毎年『ゆく年くる年』を見ながら時折家の外へ耳を澄ますと、かすかに聞こえる除夜の鐘はここから響いていたわけですが、ようやくお目にかかることが出来ました。 さらに進むと本堂に突き当たります。 そして今来た道を戻りつつ右手の小道に入ると 本日の旅?の目的地でもあった招猫堂に到着しました。 建物を左から回り込んだところには 招き猫の奉納所がありまして、何でも願い事が成就した場合には招き猫をここに返納するということなのですが、きちんと返納することによって更なる利益がもたらされるとか。 そもそも何故ここが招き猫の発祥地となったのかといいますと、まあこれには諸説あるようですが、、、 この寺は弘徳院といい、吉良上野介の祖先の一族である吉良氏の菩提寺だった。戦国時代には世田谷城主だった吉良氏が没落したため寺も傾いていった。江戸時代に入ったばかりのことである。この寺の和尚は一匹のネコを飼っており、タマと名づけて可愛がっていた。和尚は日ごろタマを相手に、『お前を可愛がってやっているのに、この貧乏寺ひとつなんとかできないのか』と愚痴をこぼしていた。ある夏の日、三代藩主井伊直孝が家来をつれて世田谷村へ遠乗りにやってきた。ちょうど弘徳院の門前にさしかかったころ、黒雲が空を覆ったかと思うと、激しい夕立となった。直孝主従が雨宿りをしていると、山門に出てきた一匹のネコが、しきりに手招きしていた。これにつられて直孝ら一行が寺に入ったとたん、大木に落雷して直孝はあやうく一命を救われることになった。このことがきっかけで弘徳院は井伊家の菩提寺となり、豪徳寺と名を改めて栄える。そのきっかけをつくったタマは観音様の化身だとしてたいせつにされ、招福観音堂にまつられて現代にいたっている。 ということらしいです。 ちなみに招き猫はご覧の通り大きなものから小さなものまで構内売店にて販売されております。 私ももちろん買い求めて、招福を祈願してきたわけですが、あろうことか福を売るはずの売店のおっさんが感じ悪かったのはココだけの話です。。。 招猫堂を抜けてさらに小道を奥へと進みますと 大きな墓石の並ぶ広場のようなところへとたどり着きました。 ここは井伊直孝以降の一族代々の墓所ということですが、どうりでどの墓にしても立派なわけです。。。 そしてその一角に、都指定の史跡ともなっています井伊直弼の墓もあったのですが、生憎長い時間風雨にさらされたことで、墓石に刻まれた文字ははっきり読み取ることが出来ませんでした。 というかはっきりしていても読めないかもしれませんが・・・。 というわけで、長い間この地に住みながらもこれだけ歴史ある場所に足を運ぶこともしなかったわけですが、何と世田谷にはここも含めて見所ともいうべき『世田谷百景』というものがあるそうでして。 まあその全てを回ることが出来るかはわかりませんが、これから順次回り次第に皆様にご紹介させていただきたいと思います。
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