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2007-4-30
2007年1月に社会人向けの早稲田大学エクステンション講座で「大田区のヤンキー創業者達」と題して講座を行った時のことである。講座の前に昼食をとろうと南門の老舗レストランの前に来た時、目の前にシャコタンのシーマが急停車した。「オッス」と中から大柄で鬚をはやした男とがっしりした体躯の男が出てきた。共にやや茶髪が入っていて、びしっとしたスーツを着ている。本日の講師の(株)マテリアルの細貝社長と(有)米田金型の米田社長だ。どちらも40 歳代前半の平成創業者である。
聞けば、米田さんは、前日の夕方、大手精密光学メーカから急ぎの仕事が入って、徹夜で仕上げていたそうだ。「来た仕事は断らない主義」の面目躍如だ。細貝さんが工場に迎えに行った時はまだ作業服姿だったという。慌てて着替えて車に飛び乗って駆けつけてくれたというわけだ。心意気で語る彼らの講義は大好評だった。
講義が終わって数日後、細貝さんから嬉しそうに電話があった。講義の時、彼は「最近口内炎に悩まされているんです」という話をした。これを心配した受講生の方がわざわざ電話をくれて病院も紹介してくれたという。この受講生は中堅企業の経営者として大変な苦労をされ、引退後は中小企業の経営再建などでいくつもの実績を持つ方だ。このような人物が意気に感じてくれたことだけでも、彼らを講師に呼んだ甲斐があったというものだ。
最近、彼らのような心意気のある若手創業者や後継者とよく出会う。3月末に行われた日刊工業新聞社の名物記者、奥田さんの異動を祝う会に集まったメンバーがその典型だ。米田さんや細貝さんを筆頭に、30代から40代前半までの経営者達15名が集結した中華料理屋での宴会はとても賑やかであった。以下、メンバーの横顔を列挙してみよう。
金型・治工具や精密部品で有名な企業を創業したお父さんが急逝して跡を継いだ工学部機械工学出身の女性社長Aさん。研磨困難とされていたガラス製非球面レンズの量産を実用化した二代目のIさん。最新設備を揃えて若手従業員のやる気と知恵を引き出している試作部品加工企業の若き後継社長Mさん。
重ねた材料をプレスする、ラミネート材料のプレス加工に強みを発揮する企業ので三代目のN専務。小さな会社だが、タイに進出している。27歳で創業し町工場に本格的なビジネス感覚を持ち込んだ研究開発支援企業のYさん。創業16年で急速に社員数を拡大している。技術力ある父親に代って経営者となり、若手従業員達と高度MCや画像測定器などを駆使して微細穴加工や試作加工を行う39歳のMさん。20歳で町工場を創業し、さらにはネットワークを活用した受発注取次ぎの仕事も行う42歳の経営者Yさん。
埼玉県と福島県に工場を持って金型加工を行い、金型では有名な中小企業にも資本参加する企業。ここは30歳代の二代目Kさんが継いでから規模を拡大した。ラグビーで鍛えた強気の経営者は金型の設備機械は自分が一番よく知っていると豪語する。
自動車や工作機械などの難削材・精密部品の加工を得意分野とする会社のH専務は社員から抜擢された34歳。彼はものづくり教育においても興味深い試みを行っている。彼もラグビーで鍛え、いまだに現役のスクラムハーフである。
多士済々の中でも最も個性的だったのが、今年3月に亡くなった(株)北嶋絞製作所の北嶋一甫さんの後を継いだ子息、貴弘さんだ。大柄な身体、丸坊主に鬚で気合十分、しかしよく見るとジェントルマンライクだった父親の面影がある。現場でヘラ絞りの仕事をするのが大好きで、父親にはそろそろ経理や総務の仕事をやるようにと言われたが断ったという。極真空手をやっていたので体力には自信があり、三日ぐらいの徹夜は平気だ。毎朝5時半起床だが、5時まで飲んでいて帰宅後すぐに会社に行き、仕事をしたこともあるそうだ。父親に関する彼の話は敬愛と哀惜の念がこもっていた。父親は「人の倍働いて倍遊ぶ」人だったそうだ。病院にはなかなか行かず、行った時には病はかなり進行していた。痛みもひどかったらしいが、本人は最後まで自分は人とは違う、必ず直してみせると言っていたという。
このような若手経営者達の話を聞いていると、論理整合性のある中小企業政策を考えている人は混乱してしまうだろう。経営戦略やいき方が多種多様だからである。工場や人員を次々に増やしている人もいれば、絶対に10人以上の規模にはしないという人もいる。M&Aや上場を視野に入れるビジネスマンもいれば、技術開発に集中する研究者もいる。現場にはあまり出ずに事業戦略と管理に専念する経営者がいる一方で現場で生きると言い切る職人もいる。海外に積極的に進出する人もいれば、絶対に出ないという人もいるし、海外にも外注するという人もいた。借金をして高度な設備を導入する勝負師もいれば、ひたすら技能の向上に取り組む匠もいる。共通点は多品種少量の仕事が中心だということぐらいかもしれない。
心意気があり体力にも優れた彼らは、ひとりとして物真似のいき方をしていない。これは多品種少量生産の時代の特性かもしれないが、この経営者達はワンアンドオンリーというか、極めて「本人性」が強いように思えてならない。彼らがそれぞれ固有の現場と現実を抱えて真摯に奮闘しているからであろう。こういった人達が 2次会3次会と夜更けまで賑やかに交流するところに若手経営者ネットワークの意義がある。
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日本にもベンチャーが当たり前という環境ができるといいですね。よらば大樹の陰で、大企業でおとなしくしているのは、才能の無駄です。人生意気に感じることがしたいですね。
2011/6/26(日) 午後 1:43 [ とりがら ]