|
2009-3-31
祝!!百号!一回遅れで、レポートも100号です。よく続いたものです。
強風で貨物航空機がひっくり返った日に、いわき市に行っていました。早起きして上野駅に着いたら、乗るはずの特急が一時間遅れ。乗ったら、乗ったで警戒で低速運転。いわきに着いたのは予定よりも二時間以上も遅れてしまい、楽しみにしていた工場見学ができませんでした。くそー、また行ってやる。 デフレ時代のものづくりは? 山形県のこんにゃく製造工場を見学しました。山形と言えば、玉こんにゃく。その会社では、玉こんにゃく以外にも豆腐なども製造している中堅どころです。 衛生の面では、非常に厳しく管理されています。かつては、消費者も大目に見ていた点も、最近では少しのことでも取引停止につながりかねないので、衛生管理は避けて通れない課題だと言います。「大手スーパーやコンビニはもちろん、生協も非常に厳しいです。抜き打ちで検査に来ますから、気が抜けません。」 手作りによる良さや、少量多品種の加工を可能にするためにできれば従業員の手による工程も残したいと思うのだが、衛生の点から言えば、できるだけ人間が触れない方がよいと言うジレンマに陥ることもしばしばとか。 「ここの工程も、味の点から言えば、やりたくないのですが、日持ちをさせるために加熱させた加工をという流通側の要求で、導入したものです。賞味期限をできるだけ長くしたいという考えは強いですから・・・」 以前、ある製麺業者と話した時も、「できればこういうのは作りたくないのだけど、流通側の要望もあるし、利益確保も重要だから・・」という意見を聞いたとことがありました。 景気の低迷による消費意欲の減退や、低価格品への要求は、ものづくりの現場をいっそう萎縮させる傾向にあるかもしれない。 大手流通各社は、競って低価格化を表明している。もちろん、大手流通各社の利益確保がうまくいっているわけではない。各社とも売り上げの低迷に悩む中、消耗戦に突入している感がなくもない。 そうした中で、製造業者に対する要求はいっそう厳しくなりつつある。今回、訪問したのは違う地方の食品メーカーの経営者は、「とにかく安くしてくれたらいい。豆腐は四角くて、白ければなんでも良いと言われて、力が抜ける思いだった」と話してくれた。 一方で、中国製品への不信から国内への製造拠点回帰が進んでいるという意見も多い。倉敷市のあるジーンズメーカーで話を聞いた。「昨年から、受注量は増えています。産地の業者の多くは、すでに廃業や倒産してしまっているので、残ったところに集中するのは当たり前ですが、中国での生産を国内に振り替える流通も多くて、さばききれなくらいです。」 では、儲かっていいですねえと話を向けると、 「そうですねえ、価格も上がってくれたらいいのですが、中国で製造していたのに少し色をつける位で、とにかく安く、早くですから参ります。仕事が戻ってきただけましですが。」 先のこんにゃく工場でも、糸こんにゃくを結ぶ作業を従業員の人たちがせっせとしている。 「おもしろいでしょう。これも、一時は中国に流れちゃった製品なんですけれど、安全性が確保できないと言って戻ってきたんですよ。でも、価格がねえ。それに、今はまだ高齢とは言え、こういう作業をしてくれる従業員を確保できますが、これから先はどうなんでしょうか。」 中小企業の後継者がいないと、まるで全て中小企業の跡取り息子や娘が悪いように言われているが、ただひたすらにコスト削減、価格低下を押し付けられては、従業員もそうだが、経営を後継しようなどとは思わないだろう。こうした現場を見ていると、私たちは自分の尻尾をかじって、ぐるぐる回っている頭の悪い動物のように思えてくる。 先日、あるテレビの仕事で、「ちょっとこれは」と苦笑せざるを得ない場面があった。ある地方の経済団体がベトナムにでかけて、これからいっそうの投資を促進しようというのだ。現地の若者は、非常に熱心に日本語を勉強し、日本の大企業はそれに応えるために技術を学ばせる学校を作り、「組み立てだけではなく、より付加価値の高い仕事をベトナムでしていこう」と言うのだ。 おいおい、ちょっと待ってくれ・・・・ベトナム側が言うのなら、まだいいのだが、日本側が、「技術力のある日本企業もぜひベトナムに進出しよう!」と主張するのだから、困ったものだ。 「うちは自社の製品に自信を持っています。今は、流通を業者に抑えられていますが、なんとか自社の名前で、自社で販売していけるものが作れないかと試行錯誤しています。ネットとかも活用していきたいと思っています。」 こんにゃく工場の後継者はそう話してくれた。 倉敷のジーンズ工場の後継経営者も、「今は全てOEMですけど、自社ブランドを持つというのが夢です。町の建物にも魅力がありますし、自社の古い工場を魅力あるものに変えるなどして、なんとか自社のブランドで勝負をしたですね。」と笑って言っていた。 「自社ブランド品なんて、若いねえ」と苦笑する年配者も多いだろうけれど、このデフレ下で、先行き不安の中で、若い経営者が希望をもってやっていくというのであれば、できるだけ応援したいと思わねば、どこにものづくりの将来があるのだろうか。 財界と呼ばれる方々にお願いしたい。大企業の論理で、とにかく安く、大量に作れる場所に移転したいというのは、それはそれで正解だろう。それを否定するつもりもないが、自分の国で、ものづくりを続けるために、どういった試みが必要なのか、また、小さくとも自分の国、地域に根ざしてものづくりを続けようとしている若い経営者たちを応援する気持ちぐらい持っていただいてもいいのではないだろうか。異国で、酒宴を開いてもらって、異国の若者はすばらしいと言っているばかりでは情けないのだはないだろうか。 このデフレはしばらく継続しそうである。私たちも、高くてもよいものを買いたいという気持ちはあっても、なかなかこの不景気、行動を伴うことは難しいが、しかし、買うときに、その品質や味がその値段にふさわしいものなのか考えてみるのも悪くないだろう。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
2009-3-31
100年に一度の経済不況だと言われる。確かにどこの中小企業も軒並み大変な状況にあることは間違いない。先を読もうにも「未曾有」となるとなかなか難しい。しかし経済事象を考察する場合にはもう少し冷静になる必要があろう。非常に不確実の時代が来たとか、きわめて不安定な状況にあるとか言うが、ある一つの経済事象は多数の要因によって引き起こされるものなのだから、まずはその要因を数え上げて考えてみる必要がある。そして、例えば為替レートを動かす要因が今仮に10あったとする。しかし、10の要因を単純に並べたてただけでは何の意味もない。重要なことはある一つの経済的な事態を引き起こす要因がこれだけありますという羅列ではなく、今現在のわが国、あるいはわが社においてはどの要因が一番効いているのかということなのである。10の要因の間に順位をつけることである。今一番効くのはこれであるということを見抜く能力が必要なのだ。これは経済統計の理論が教えてくれるものではない。だから混乱期には理論家の言うことが少なくとも短期的にはあまり当てにならないのである。
次に、これが一番効く要因だということがわかったとしても、政策担当者あるいは自分自身がこれをコントロール出来るのかどうか、あるいはそれを読むことが出来るのかどうかということが問題となる。猫に鈴を付ければよいということがネズミの会議で決まったとしてもだれが鈴を付けるのかという段になって皆黙ってしまうようでは意味がない。そこで、順位的に第一位の要因であったとしても自分でコントロール出来ない変数であれば、順位は二位以下でも自ら制御出来るものを遅滞なく選んで実行に移すことが、問題解決に立ち向かわなければならない人間にとっては肝心である。 通常、経済予測をする時、われわれは出来るだけ多くの説明変数を考えて、そのデータを包括的に集めて、これを詰めるだけ詰めていく。しかし、上述のとおり、物事にはコントロール出来ない変数というものがある。これがどう動くかということに関しては理論的根拠が全くないというものがある。しかし、経営者や一国の政策担当者であれば、たとえ根拠がわからなくても、やるのかやらないのか、右か左かを決定しなければならない。これがデシジョンメイキングを行わなければならない人間の辛いところでもある。 この点をもう少し深く考えてみよう。結局、社会事象や経済事象においては、自然科学の世界と異なり、人間が介在するために、数量化できるものの他に数量化できないものが数多く存在するのである。従って、ホワイトヘッド(哲学者)の「数学的計算が長くかつ正確だからその結果の現実への適用は絶対的に確かである、と想定することほどよくある誤りはない」という言葉が正鵠を射たものとなる。ケインズは『一般理論』において投資の説明変数として期待(expectation、日常用語の意味とは異なる「投機」に近い意味を持つ)という量化できないものの役割を強調したが、それもこのような考えに基づくものであった。そこでは経済人がどのようにして期待を形 成するか、そしてこの期待がいかにくずれやすいものであるかを示し、これに依存する投資の変動しやすさを論じている。彼は量化可能なリスクと、信頼しうる情報の欠如から生じる量化不可能な不確実性とを明確に区別している。将来は基本的に不確実であるから厳密に合理的な行動は不可能である。にもかかわらず、われわれは意思決定を行い行動しなければならないから、一般的には、現在の状況を不比例的に高く評価して期待を形成する。このことが悲観が一層の悲観論を呼び、楽観が一層に楽観論を呼ぶ、という不況期やバブル期特有の自己増殖的な現象の基盤にあるのだと思う。 したがって、経済の勉強をする場合、現実の経済事象には理論で説明出来るものと出来ないものとがあり、それを見分けるために理論の勉強をしているのだという認識をしっかり持つことが大事であろう。理論を勉強して、ただ単にデータをたくさん集めてコンピュータにぶち込んで計算するだけでは学者の論文にしかならない。政界においては「一寸先(約3センチ)は闇」とよく言われる。しかし、政治の理論に通暁している人には10センチくらい先を見通すことが出来る人は結構いるようだ。経済の見通しでも数年先を理路整然と読む人はいる。しかし、不況がいつ来ていつ回復するかを当てる人は少ない。多くの場合、正しい理論であったとしても、それは時間をか けて貫徹するものである。嵐の最中に「未だかつて止まなかった雨はない」と言っても操舵する人にとっては当面何の意味もない。しかし、少なくとも希望にはなるかもしれない。理論を勉強する意味は、急激な変化の中で、いたずらに刹那的に右往左往する心にブレーキをかけることにあるのではないだろうか。 もう一つ、経済の混乱期において先を読む際に留意しなければならないことは、自分の思考における固定観念的な前提条件を取り払うことである。昔、バナナがまだ貴重品だった頃、これが自由化されるということになった。その時、日本のリンゴ農家など業界の人たちは、バナナが自由化されるとリンゴは全く売れなくなるとしてこの自由化に反対した時期があった。この考え方の基盤には、暗黙のうちにリンゴをバナナよりも劣った果物だとする固定観念があったようだ。しかし、現実には、バナナが自由化されて大量に入ってきたらどうなったか。時の経過とともにリンゴの品質も改良され、高級ブランドものも登場してきた。バナナの皮で滑って転ぶというギャグが なくなるととともに、優等財と劣等財のレッテルは入れ替わった。この場合、バナナが外国から大量に入ってくることでリンゴの良さが再認識されたとも言えよう。 グレープフルーツの自由化の際にも同じようなことがおきた。当時の日本では柑橘類の主役は蜜柑であった。蜜柑農家が大変なことになるということで、業界をあげて大きな反対運動が起きた。しかし自由化後どうなったか。グレープフルーツが柑橘類の王様になることは一度もなかったように思う。むしろ、いろいろな新しい種類の国産柑橘類が登場してわれわれを楽しませてくれるようになったのではないだろうか。 国内においてはものづくりを主体として輸出立国を図ってきたわが国の場合、経済的混乱のきっかけは今回の金融危機のように、心理的には、黒船的な「青天の霹靂」で海外から来ることが多い。その場合、これを「ショック」と捉えて、自分の思考の範囲内で拘縮してしまう傾向が企業にも家計にも強い。消費者はそれでもよいかもしれないが、経営を行う企業家がこれではだめだろう。混乱期においては、限られた地域や思考の範囲内の論理で考えていても妙案はなかなか生まれない。自分の発想の拘束条件となっている地域や業界の枠を取り払った上で、この世界、この国、この地域、この産業の中で自社が生きていく方策を考えることが重要だろう。「経済は時間の中におかれており、時間は取り消すことのできない過去から未知の将来へと一方通行で流れて行く」というロビンソン(経済学者)の言葉に「企業は空間の中で活動しており、時間の流れの中で、その思考空間のフロンティアを未知の領域へと拡大して行かなければならない」という言葉を付け加えたい。 |
|
2009-2-28
祝!!百号!でもレポートは99号なので、お祝いは次回・・・ちょっとさびしい・・・
岩手は一ノ関と盛岡に駆け足で行ってきました。一ノ関で氷点下の町を歩いて、橋を渡ると、川に白いもこもこしたものが浮かんでいる・・・・・「は、白鳥!!」興奮していると、町の人に「普通にいるでしょう、白鳥」とか、「喜んで抱きしめ行くと、鳥インフルにかかっちゃうよ」と言われて笑われました。 地方の危機 少子高齢化が進む中で、地方と大都市圏の格差拡大が指摘されてきたが、今回の急激な景気悪化で地方経済の衰退が加速する気配だ。 急速に悪化する商業 地方都市の中心部を歩くと、空き店舗どころか5階建て、6階建てのビルが丸々空いたままで、ガラスはくすみ、周辺も人気がなく、ゴーストタウンの様相を呈しているところに行き会うことが多い。 例えば、昨年末に高知商工会議所が実施した調査では、中心部商店街の空き店舗率が15.3%に上っている。平成10年には3.66%であり、急速に空き店舗が増加していることが理解できる。さらに、周辺部を加えた地域では、空き店舗率は18.66%と、実にほぼ5軒に1軒は店を閉じているということになる。こうした傾向は、高知市だけではなく、広く全国でも同様である。 今回、急激な景気悪化によって、さらに問題が発生しつつある。それは地方百貨店の経営の悪化、閉店である。1月末、北海道を代表する百貨店、丸井今井が民事再生法を申請した。ここ数年、地方都市での百貨店の撤退、閉店が相次いでおり、そのたびに中心部の集客力低下が指摘されてきた。 しかし、昨年秋以降の景気悪化がいっそうの経営危機を招き、閉店や撤退あるいは倒産といった最悪の事態を引き起こしつつある。 もちろん、景気の悪化だけではないという指摘もある。郊外型大型小売店舗の進出がある。以前は、百貨店に置かれている商品は、定価販売であるが、高級品が手に入るということで支持をされてきた。しかし、次第に郊外型大型小売店舗の商品構成も、百貨店と変わらなくなり、その結果、割引価格で購入できる郊外型大型小売店舗に消費者が流れたという指摘がある。この指摘は、従来、百貨店が強かった贈答品や法人需要にも大きな影響を与えていると言われる。つまり、かつては「あそこの包み紙でないと」というこだわりを消費者が持っていたのが、次第に同じ中身ならばとこだわりをなくす傾向が強まったのだ。 こうした百貨店の撤退、閉店は中心市街地の商店街にとって、大きな打撃となる。町の中心に締め切られた大きな建物が存在すると、それだけで陰鬱な雰囲気をかもし出してしまう。 では、目の敵にされてきた郊外型大型小売店舗は元気かというと、景気悪化の影響を受け、業績が低迷しつつある。木更津市では、2008年に開業予定であったイオン木更津ショッピングセンターの開業延期が発表され、話題になっている。臨海部の新日本製鉄の所有埋立地を開発する形での大型商業施設の建設が予定されたのだが、先に大型娯楽施設建設計画が中止され、それに続いてショッピングセンターそのものの計画延期が発表された。地元経済団体の関係者は、「そもそも人口規模から見ても、計画には無理があるように思えた。さらに、周辺部にはすでに大型小売店舗が数多く開業しており、そこにもってきて今回の急激な景気悪化があって、地元でも延期ではなく、中止ではないのかという声も上がっている」と言う。 景気の悪化や、高齢化の進展などから今後、郊外型大型小売店舗の利益率は低下するという予測が多く、計画中のものでも見直しや中止されケースが出てくるだろうし、営業中の店舗でも閉店、撤退が行われるケースも増加しそうである。 進出工場によって、多くの雇用が生み出され、それによって経済が維持されてきた地方都市が多い。特に、自動車関連産業の製造業が地方に進出してきたことが、今まで悪化する地方経済の大きな防波堤となってきたのだが、今回、その防波堤が決壊したことで、急速に商業やサービス業にも影響が拡大している。 地方メディアも 「すでに存亡の危機です。」と話すのは、ある地方新聞社の記者である。若者の新聞離れは、インターネットの普及によって、決定的なものになった。昨年行われた調査(DISMDRIVE2008年12月3日発表)によると、60歳以上で新聞を購読していない人は6.5%、50歳代で11.8%しかいない。ところが、30歳代では32.8%、さらに20歳代では37.2%もの人が新聞を購読していないと回答している。そもそもこのような状況にあり、「うちの新聞社の調査でも、購読者層の平均年齢が50歳代後半にもなっていることがわかり、悲壮感が漂った」(ある地方新聞社の幹部社員)。 さらに、今回の景気悪化は、広告出稿を激減させてしまい各地方新聞社の経営を圧迫することとなっている。特に夕刊の発行は赤字を拡大させる理由だと指摘され、休刊を行うところや、今後、休刊を検討するところが増加するのではないかと見られている。 急激に経営が悪化しているのは、新聞社だけではなく、地方のローカルテレビ局も同様である。地方都市に出張し、ホテルでテレビをつけると、CMで流れているのはパチンコ店と葬儀屋だけで、あとは新番組の宣伝や自社の催しものの告知だけという状況を目にする。 「結果的に見れば、小さな経済圏に多くのローカルテレビ局が乱立し、少し景気が悪化すると広告出稿が減少し、経営が成り立たなくなりつつある」(ある地方放送局の関係者)という状況が、一気に噴出している。今後、さらに経営を圧迫させると指摘されているのは、地上デジタル放送化に伴う設備更新の費用負担である。「多くのFM局が、経営悪化により、自社製作枠を大幅に無くし、東京キー局の放送を転送するだけになったのと同じように、自社製作から撤退するローカル局が増加すると同時に、場合によっては閉鎖する局も出てくるかもしれない」(前出)。 単に景気が悪いからか 百貨店の閉店の増加、地方マスメディアの衰退。これらの問題を顕在化させているのは、確かに今回の景気の悪化であることは間違いない。しかし、それ以上にわが国の社会問題そのものが、様々な面で一気に噴出している。 「景気が良くなれば」と言ってしまうのは簡単だが、少子高齢化の問題や、地方の産業のあり方など、すべてを「景気」のせいにしてしまってはいけないことが多い。 この苦しい状況の中だが、冷静に今、発生していることの根本を見据える努力が必要だろう。 |
|
2009-2-28
米国の金融危機に端を発した今回の経済危機はとりわけ大田区や川崎市などの機械工業関連の中小企業を直撃している。小生の知っている町工場も何軒かが会社を閉めざるをえない状況にある。ある程度の数の従業員を雇用しているところ、工場を借りているところ、昨年前半までにかなり設備投資をしたところなどが大変だ。1,2月の売上高が対前年で50%減というところは普通で、70%減も結構あるようだ。
2月2日には、経産省の「全国の元気なモノ作り中小企業300社」にも選ばれた大田区のプラスチック成形加工品製造業のM社が民事再生手続開始を申し立てた。この企業は、東北に2ヶ所の工場を設置し、中国でも現地法人を設立するなど積極的に業容を拡大して、平成20年3月期には年商約21億円をあげていたらしい。 さらに、この原稿を書いている最中の2月25日に、同じく「元気な300社」の1つで、かつて大田区の高成長企業でもあったI社が東京地裁へ民事再生法の適用を申請したというニュースまで飛び込んできた。同社は当初から光造形システム、3次元CAD・CAMで注目を浴び、ITを駆使した高い技術力が評価されていた。その後、大田区内での生産活動を卒業して新潟に立派な工場も建て、丸の内に本社を構えて従業員数を400名にまで拡大した。近年は自動車産業向けの金型製作に関するコンサルティングも行い、2007年12月期の年商は約104億9300万円と言われていたが主力先の大手自動車メーカーからの受注が著しく減少したことで、急速に資金繰りがひっ迫したらしい。 他方で、家族だけで働く小さな町工場(土地建物を所有している場合)や台東区や墨田区などに多い雑貨などの消費財を生産する小規模企業は、大変ながらも、まだ何とかなっているようだ。これらは影響が出てくるのが遅いのかもしれないが、やはり、自動車や精密機器・家電の大手が危機的状況になった時に真っ先に影響が出るのは、機械工業の集積地である大田、品川や川崎などの地域なのだろう。 わが国は基本的に多品種少量生産の方向に進んでいるが、機械工業においてある程度の人数を抱えて企業を成長軌道に乗せていくためには、量産的な仕事を取る必要がある。また、金型や試作などの多品種少量的な仕事も、よく考えれば(国内で生産するか否かは別にして)量産の生産活動を前提としている。量産の自動車産業がくしゃみをすれば、多品種少量の工作機械産業が真っ先に風邪を引く。半導体メーカーや液晶テレビメーカーが咳をすれば、半導体製造装置や液晶製造装置を作る企業が寝込む。量産の仕事と多品種少量の仕事は連関していることが多い。したがって、一見すると、自動車などの量産の仕事が少ない大田区において影響が深刻なのである。 このような不況の中で、下請仕事が中心で戦略の選択肢の少ない、受身の立場にある中小企業は、今や取引先1社に依存して売上を持続的に確保することも、1種類の仕事量だけで持続的に売上を確保することも困難である。特定の取引先・仕事の量は小さくなり変動幅は大きくなっている。したがって、取引先と仕事内容を多様化するなどして、こまめに小さな仕事でも何箇所から集めてきて、売上高を持続的に確保しなければならない。そのためには新たな取引先を探したり、初めての仕事をやる必要が出てくる。 そこで、取引先を見つけるためにも、新たな仕事をこなす生産体制構築のためにも、他企業との情報交換や連携が必要となるのである。変動の激しい多品種少量生産の時代においては、中小企業1社だけでは生きていけない。 2月に入ってある町工場の経営者から興味深い話を聞いた。経営が傾いた仲間の工場の設備を買い取り、それを置く貸工場を借り、その設備を動かす従業員も引き取ったというのだ。外国製の高度な設備もあったと聞く。経営が行き詰まったほうの従業者数は7名くらい、引き取ったほうは30名くらいの規模である。この時期、たくさん従業員を抱えて設備投資額も大きい企業の方が大変だと思うのだが、しっかりした企業理念と堅実な経営ビジョンを持つこの会社は、新規の設備投資も行っている。 このような一種のM&Aは産業集積地において時折耳にするが、このようなことが可能になるのも、当事者である二つの企業が日常的に交流し、仕事の上でもある程度連携していたからこそである。顔の見えるネットワークの強みと言ってよいかもしれない。「100年に一度」とまで言われる不況の中、産業集積から技術力ある中小企業が消えていくこともあろうが、このようなかたちでM&A的なことが行われることは、企業1社が消滅してもその企業のコア技術を体化した設備と人間は仲間の中小企業の中で生きていくことになるのだから、わが国のものづくりにとっては歓迎すべきことだろう。 また、別のある町工場は高額の3次元測定機などを各種取り揃えているが、これを仲間の工場に無料で貸したりしている。その一方で、大手メーカから受注する際に、例えば「5面加工機を持っていること」という条件がついている時は、これを保有している仲間と共同で受注するなどもしている。さらに、宇宙航空関係の仕事を受注するために技術力ある中小企業を探し出して連携を図り、お互いに守秘義務契約を交わして、メーカーからの認証を受けたりもしているようだ。この企業のいき方はある意味で「ものづくりにおけるサービス業的ないき方」なのかもしれない。中小企業同士のフラットな連携を前提に、多品種少量で超精密でしかも高度な品質保証を求められる機械工業系の仕事に対応する、というわけである。極端な話、今後は品質保証だけに特化する中小企業というのも出てくるかもしれない。 中小企業がこのようないき方をする場合、互いに自発的・自律的に交流を行い、連携を創り出していくこと重要となる。では、どのような連携や取引連関を創り上げていくべきだろうか。基本は、多品種少量生産に対応したものづくりを行うための連携ということである。量産の時代における企業城下町などの特定大企業を頂点とした生産ピラミッド型生産システムを前提とした取引連関・連携とは違うものを創り上げなければならない。 多品種少量生産の時代の連携は、「よいものをつくりたい」という価値観を共有している人たちによる連携がコアとなるべきだろう。ものづくりに傾倒し、これを天職であるかのように捉えている人たちによる連携である。本来、ものづくりの取引連関においては、発注する側は「よいものが欲しい・つくりたい」と思い、受注する側は「よいものづくりをしたい」と思うべきものである。二者をつなぐものは「よいもの」という価値観の共有である。取引連関において当事者たる企業がこの価値観を共有することでそれぞれの組織の中において、ものづくりに関する真っ当な知識が身体 化されていくのである。現在の大企業中心の上意下達によるコスト削減・品質管理至上主義的な生産システムにおいてはこれが一番欠けている。 このような連携の中で企業は「次工程はお客様」というだけでなく、「前工程が付加価値源」とも考えるべきだろう。その基本思想は「元から作る」というものである。これは必ずしも、全てを自分で作るという意味ではない。出来うる限り素材に近いところまで工程を遡って技術・技能を理解することによって、自分の担当する工程の付加価値を高める、ということである。そのためには自社の工程を流れるワークの本質を、のめり込むように徹底的に把握することが重要だ。各社がこのように行動することで取引連関の中で相互に「よいものづくり」という共通の価値観が出来上がっていくのではないだろうか。 特定の加工機能に特化したタイプが多い中小企業の連携は、そこに参加する企業がそれぞれ「自社でやること・育てるものは何か、他社に求めるものは何か」ということを明確に意識していなければならない。すなわち、それぞれの企業理念に基づいて、自社のコア技術をどう進化させていくかについての明確なビジョンを持っているということが前提となる。その上で、設備はどこまで、人はどこまで自社で持つか、受注するロットの範囲はどこまでか、他社に頼むのは何か、などを明確にしていくのである。このような企業理念にもとづいたビジョンをしっかり持つことが、同時に、この嵐が過ぎ去った後の、次回の不況を乗り切るための礎石を作ることにもなるのではないだろうか。 「足ることを知るものは富めり」(『老子』小川訳注、中公文庫、第33章)。「止(とど)まることを知れば殆(あや)うからず」(同、第44章)。 |
|
2009-1-31
いやーどきどきしますねえ。なにがって、もうすぐ本メルマガが100号!!
編集長は、きっと素敵な100号記念を考えてくれているでしょう。きっと、おそらく、たぶん・・・・ さて、もの国がきっかけとなってお知り合いになれた京都機械金属中小企業青年連絡会の顧問をしています。宴会にしか行かないので、あんまり役に立たない顧問なのですが、たまには、お世話になっている京都のお役に立とうと思い立ち、東京に行きます。私の話はともかく、色々なところで中小企業連携の事例になっている京都試作ネットの関係者が東京で一同に会します。ぜひ、お越し下さい。地元関西でも、これだけの関係者が集まって、話を聞く機会は少ないです。 景気の悪い今だからこそ、元気になる話と、連携を広げるためにもお出かけ下さい。詳細、申込みは、下記ホームページより。 京都試作フォーラム2009 in 東京 2月6日(金) 都道府県会館にて →http://www.ki21.jp/sisaku/forum2009/index.html 17日は、大阪で、こんなの(「モノ作り中小企業 関西フォーラム」)のやります。 →http://www.kansai.meti.go.jp/3-5sangyo/sapoin/kansai_forum.html 農商工連携をヒントになにか対策を考えませんか 今年度、中部経済産業局で農商工等連携の審議委員を務めています。リーマンショック以降の世界経済の混乱は、単なる不況というよりは、大きな構造変化が進んでいるというようにも見えます。 日本のものづくりも、ある意味で大きな変革期に差し掛かっているといえるでしょう。自動車産業の凋落振りは、人員の削減など大きな社会問題になっていますが、その実態はかなり前から変化していたことが理解できます。2005年段階で、日系自動車メーカーの生産台数2000万台のうち、国内で生産されているのは総数の半分約1000万台。さらに国内で生産された台数の約半分が海外輸出向け。要するに日系自動車メーカーの生産台数の半分は海外工場のものであり、さらに全体の4分の1が海外市場での販売だということになります。 今回の不況以前から、すでに国内市場は少子高齢化の影響が出始め、縮小傾向にありました。また、海外工場の品質の向上などから、低価格車を中心に、近い将来、繊維産業や家電産業と同様、海外での生産、国内への輸入ということが主流になるであろうことは予想されていたことだったといえます。 もちろん、これほど激しく経済状況が悪化するとは誰も予想しえなかったことです。昨年の夏頃までに書かれた論文や記事などを読んでも、今となっては苦笑するしかない予測があふれています。(いかに経済学者や経済評論家が役に立たないかが露呈してしまったと自虐的に述べている人も多いが・・・・) さて、農商工連携は、そうした日本のものづくりの一つの方向性を考える上でおもしろいのではと考えています。審査をしていると、様々な取り組みがなされていることがわかって、暗いニュースばかりの中で少し明るい材料を見出したような気になります。 以前、東北地方のある農家の方と話していて、「他の産業と比べてご覧、農業ほど、機械化や自動化、IT化、合理化が遅れている産業はないよ。機械化や自動化なんていうと、どうも農薬や消毒薬の大量使用とかと結び付けられて、悪いイメージがあるが、ぜんぜんそうじゃないのにね。ノスタルジーだけで農業を見て、それでいて安い輸入品と比較して、安全だけどその輸入品と同じように安いものなんていうのだから参っちゃうよ。その上、機械化、自動化するなだなんてさ。」と笑いながら言う方がいました。 台風シーズンの時、しばしば農家の方が水田の様子が心配だからと行って雨の中、出て行き、増水した川や水田で亡くなるというニュースを目にすることがあります。「田舎の人は馬鹿だなあと、都会の人は笑うのだろうな。でもね、いまどき、遠隔で水位の監視も、調節もできないんだよ。だから、出かけなきゃしょうがないんだ。」 確かにそういわれるとそうなのです。工業の優れたノウハウが、農業に生かされることなく、生産性も、労働環境も改善されないまま日本の農業は今まで来たのかもしれません。今こそ、工業で培ったノウハウや技術を農業に生かす時期に来たのではないでしょうか。こんな風にいうと、すぐに農業の工業化とか、農業工場とかがイメージされて、どうもマイナスの評価が多いのですが、そんな単純なものではないと思うのです。 農商工連携の事例で多いのは、地元の名産の野菜などを使って、新しい商品の製造販売を行うというもののようです。それぞれ個性があり、おもしろいのですが、いろいろ考えさせられてしまう事例もあります。 まず、大同小異、どこかで見たこと、聞いたこと、食べたことがあるなあという商品が多いこと。これはある程度仕方ないことなのでしょうけれど、市場調査が非常に重要になってきます。その場合、二通り分かれて、どうもマーケティング会社やコンサルタント会社にうまく踊らされてしまっているケースや、思い入れが強すぎて「ここまでやっているのだから、売れるはず」というようなケースが見られるようです。 次に、もともとの経営状況が良くない上に、経理などをきっちりやっていない中小企業や個人商店がけっこうあること。確かにやろうという意志があり、複数の企業や関係団体が協力する機運になっていることは分かるのだけど、今までの経理や経営がきちんとされていないと、帳簿などから「実行するだけの体力があるのだろうか」と不安視せざるを得なくなります。 最後に、これは一緒に委員をやらせていただいている農業関係の方が、いつも真剣に怒るのですが、どうも農業生産者の方たちの取り分が少ない。「どうせ捨てていたのものの活用だから、ただでもいい」なんて言う人がいると、「そういう考えでは、連携にならない」と批判するのですが、確かにその通り。今までのやり方がそうであったせいか、肝心の加工ノウハウなどは第三者に握られているというようなケースもあり、やはり「コアコンピタンスは自分で握らないと利用されるだけになる」というのは、農商工連携に限らず、重要なことな訳です。 ともあれ、今回の不況と経済構造の変化の中でも、私たちはその先を見て、考え、行動しつづけなくていけないわけで、その新しいきっかけに農商工連携がなっていけばと私は期待して、このお仕事をしています。 ネタはまだまだ全国に転がっているに違いありません。こういう時だからこそ、若手の経営者には複数の企業で、なにか新しい動きにチャレンジして欲しいですし、商工会や商工会議所などの団体の現場の職員の方には、アンテナを充分に働かせていただいて、ぜひ地方から新しいものづくりを生み出すきっかけを探していただきたいと本当に思う今日この頃です。 |




