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食べログの「やらせ投稿」問題は、広報宣伝業界に大きな問題提起となっています。この1ヶ月程度の間に「ステルスマーケティング」という言葉がバズワードとなり、略して「ステマ」という言葉も業界内には浸透してきました。
今までもあったステルスマーケティング
食べログの「やらせ投稿」が明るみに出る前にも、花王のクリアクリーン(複数の芸能人が同じような内容を投稿するも、プロモーションに関する記載はなし)やマクドナルドのクォーターパウンダーバーガー(行列のやらせ。同社は調査目的と発表)などステルスマーケティングの例は数多くありました。範疇を広げれば、九州電力が玄海原発再開のために行った住民説明会も、ステルスマーケティングと言えるかもしれません。これ以前にも数多くのステルスマーケティングは存在していたのです。食べログが槍玉に上がったのは、「食べログ内での評価」を参考にしたり、信じたりして行動していた人が、他のプロモーションよりも多かったということなのです。
ではテレビはどうなのか?
テレビにおいて、飲食店を紹介する情報番組は毎日のように放送されています。リポーターが「美味しい」とか「地元で評判」というように紹介しているシーンを、みなさんもご覧になっていると思います。最近は、番組の裏(例:建前の裏にある本音、芸能人の私生活等)を見せるのがテレビの常套手段であり、グルメレポートが本当ではないことも明言されるようになってきました。ただ、それでもテレビで放映された店は、放映直後から客が殺到する事実は変わっていません。「美味しくなくても、美味しいと伝える」手法はステルスマーケティングではないのでしょうか。
問題はユーザーが自発的に発したかのように見せる投稿なのか?
問題は「お金を払って情報操作したかどうか」という点です。お金を払って情報操作したものをユーザーの声に見せかけているから、批判されているのが今回のケースです。では、そのような行為をルール化して規制すればステルスマーケティングは無くなるのでしょうか?私はなくならないと考えています。
広告がスルーされる時代
情報過多の現代、一方的な企業の広告メッセージはスルーされます。広告主がユーザーベネフィットに即した表現にしようと、賢いユーザーは企業の思惑を見抜きますし、そもそもスルーする術を身につけています。ルールを厳格化して、広告は広告と明記するということは、ユーザーからスルーされることになります。
数年前から人気になったマーケティングコミュニケーション手法である戦略PR。情報がスルーされる時代だからこそ、発生した手法です。簡単に言えば、製品やサービスのPRや広告をする前に、「トレンド」を作り、マーケットそのものへの「需要」を喚起させるというものです。ここにはアイデアだけでなく、メディアに記事として書いてもらうための費用もかかることが通例です。これも広義の意味では、ステルスマーケティングと言えます。
もう一つ例を挙げましょう。海外で行われるロビィ活動。特にアメリカでの活動が盛んです。特に、政治の世界では、自国に優位になるように、ロビィストがメディアや有力団体に働きかけて世論を作っていくことがあります。元大統領など重鎮がその役割を担います。そして、そのためのPRエージェンシーも存在します。酷い時には、戦争における正義と悪の定義自体を変えてしまうほどです。日本は1980年代半ばまで、ロビィストが活躍し、アメリカでも日本の立ち位置を有利に進めることがありました。しかし、1990年代くらいから、国内外ともに政治を行う力が弱くなり、ロビィ活動も縮小していきました。現在、外交ベタと呼ばれる裏には、この点もあるのです。海外諸国が日々ロビィ活動を行い、世界における自国の立ち位置を有利にしようとする中、日本はロビィ活動があまりにも貧弱です。したがって、世界の中でも「押し付けられたルール」に従わざるをえません。先日の北米におけるトヨタ自動車のブレーキ不具合問題。トヨタにはまったく否がありませんでした。マッチポンプのごとく、問題提起されたこことで、トヨタは無実にも関わらず大きな被害を被ったのです。
最終的にはユーザー自身の情報リテラシーを向上させるしかない
「やらせ」とはステルスマーケティングの中の一つの行為です。ユーザーのふりをして、不正投稿を行うことはしてはいけないことです。しかし、前述の通り、どこまで規制するかはとても難しいことなのです。もう少し踏み来んで言えば「モニターに協力してくれた人の中で、コメントを送ってもらった人の中から抽選で◎◎名にモニター商品1年分プレゼント」というのがあったとします。魅力的なモニター商品であれば、あるほどプラスの評価コメントを送らなければと考えるユーザーは少なくありません。これは不正投稿に当たらないのかどうか、境界線が難しいところです。このような例は枚挙に限りがありません。
最終的には、ユーザーの情報リテラシーを向上させるしかありません。日本人は、メディアの言うことを信じてしまう傾向があります。玉石混合の情報の中で、正しい情報を掴むことが、これからの時代にはとても大切になります。ネットだけでなく、テレビも同じです。情報が本当に正しいのかどうか?有益かどうか?を判断するために、一人一人の情報リテラシーを向上させることが必要なのです。誤った情報を正しい情報と判断してしまっても、「自分にも責任がある」ということを認識すべきなのです。
なぜ、そのようなことを言うのか?
ルールを厳格化しても、そのルールをすり抜けてアプローチしようとする行為はなくなりません。それは、企業が売上を上げたい、利益を上げたい、他社に勝ちたいと思うことが無くならない限り、消滅することはありません。
ルールの厳格化を求め続けても、いたちごっこになります。そして、ルールの厳格化の後にあるのは、ユーザーにとって必ずしも幸せな世界ではないかもしれません。だからこそ、ユーザーは自分自身で判断する力、すなわち情報リテラシーを身につけるべきなのです。厳しい言い方のようですが、最低限のルールは作った上で、出来るだけ自由に情報の取捨選択を行う土壌を守ること。これが長い目で見れば、ユーザーにとって心地よい世界になるのだと思います。
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私は販売の仕事もかかわっていますが、今回の「やらせ」報道自体にはとっても違和感もってます。TVでこぞって取り扱って、みんな「酷い」の連呼。でもおっしゃられているように、線引きが難しいし、そもそもコレ自体は常識的?手段ですよね。雑誌の枠だって買うわけですし。日本人自体がもっと、かしこくならなくては。
あと、ロビー活動、これも同感です。
2012/1/25(水) 午後 9:24
コメントありがとうございます。そうなんですよね。少し大きな話になりますが、情報だけでなく、政治などについても、すべて相手が悪い訳ではなく、自分がもっとしっかりすれば良いと思うべきなのです。その上で、言うことはきちんと言う、そんな社会になって欲しいと思います。「これはダメ」ばかり言っていたら規制だらけの息苦しい社会になります。一人一人が自覚を持ってしっかりするからこそ、自由というものが成り立つのだと思います。
2012/2/8(水) 午後 4:51 [ ラッキーマン ]