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先日、ミシュラン2015が発表された。
ミシュランが発表になると、メディアが「今年のミシュラン三ツ星は◯◯」とか「諸外国と比べて星の数がどうこうだ」という報道を行う。良い店には星をつけるという”わかりやすい仕組み・アイコン”を作ったという点において、ミシュランのビジネスセンスには評価をしたい。星を与える店はともかく、ビジネススキームとしては上手に展開している。
メディアがミシュランを取り上げて盛り上げようとするのは、常に新しい情報、話題性のある情報を打ち出していこうとする特性上、驚くべきことではない。ただ、そろそろ冷静にミシュランビジネスについて判断しても良いのではないだろうか。
■ ミシュランを崇拝する
メディアはともかく、飲食店がミシュランの星のありなしに一喜一憂するのはいかがなものかと思う。ミシュランはフランスから始まっているので、フレンチの飲食店が評価を気にするのはまだ良しとしよう。ただ、他のジャンル、特に「和」のジャンルがミシュランに一喜一憂することはない。厳しい言い方をすれば、そんなことで一喜一憂する店だったら二流以下と言って良いだろう。
ミシュランは単なる一ガイドブックに過ぎない。
これだけ情報が溢れて、広告やニュースの信頼性が揺らいでいる時代。人々は日常における情報に関して、出来るだけ信頼できるところから得ようとする。友人・知人、信頼できる人からの口コミが最たるものだ。グルメランキングサイト「食べログ」のようなサイトの情報も重視されているが、ここ最近の動きにおいては徐々に評価が下がっている。なぜなら、そのレイティングをつけている人、評価をしている人は「自分と同じ趣味・嗜好なのか?」「匿名の投稿者であった場合、そもそもどんな人なのか?」がわからないからだ。よくわからない人のつけた評価よりも、よく知っている人の評価を気にするのは自然なことだ。なぜなら、食べログで高いレイティングをつけていても、必ずしも自分に合うとは限らないからだ。
ミシュランは「誰が評価しているかわからない」という点で「食べログ」以上のものだ。覆面調査員が調査をしてレイティングをつけている。私は仕事から料亭や高級フレンチといった一人当たり数万円するような店から、飲み放題・食べ放題で3000円弱という居酒屋まで行く。当然だが、その店の評価は、行った人によって変わる。高級フレンチは美味しいとは思うけれど、居酒屋の串カツの方が美味しいという人もいる。高級フレンチは雰囲気が堅苦しすぎるから、もっとカジュアルな「俺のフレンチ」の方が素晴らしいという人もいる。要は、評価する人によって大きく評価が異なる時代なのだ。したがって、ミシュランを必要以上に持ち上げる必要も、ありがたがる必要もない。 ■ 日本発の「食」レイティングを
今、海外で日本食が大ブームだ。アジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカでも大人気になっている。また、訪日外国人観光客も、「食」を楽しみにしている人はかなり多く、満足度もかなり高い。かつてフランスは、フランスが誇る「食」であるフレンチを世界に正しく広めるために、ミシュランというものを利用したと言えよう。
今後、人々のレストラン選びは多様化していくことだろう。「食べログ」「ぐるなび」「retty」「trip adviser」のような評価サイトのほか、facebookやLINEで友人・知人から情報を得ることもあるだろう。その中で、ミシュランではない日本の「食」をレイティングする新たなものを作っても良いのではないだろか。
日本の「食」を正しく世界にアピールしていくためには、日本が自ら「お墨付き」を与えていくシステムを作っても良い時期に来ているのだ。
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