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「公園で保育園などで遊ぶ子どもの声がうるさい」と全国各地で行政や管轄施設などにクレームを入れるケースが増えている。住民とすれば、静かに過ごしたいと思う気持ちはわからなくもないが、子どもの声は別ものだろう。
子どもの心身ともに伸び伸びと遊ぶ環境があることは成長の上で大事なことだ。公園はみんなのものだが、最優先されるべきは子どもだ。保育園や幼稚園に関しては言うまでもない。近隣住民がこれらの施設の建設以前から住んでいたのか、建設以降に住んだのかは関係なく、保育園や幼稚園は優先されるべきだろう。
「最近の若者は」という言葉を口にする年配者もいる。共働きの家庭が増えて、家庭でのしつけがなかなか出来ていないケースも確かに存在する。これらの家庭の親は「仕方ないでしょう」と済ませるのではなく、できるかぎりのことを真摯にやろうとする姿勢は常に持たなければならないだろう。ただ、それ以上に感じるのは、地域の温かい目の必要性だ。
■ 諍いになる原因
かつて子どもは親、祖父母、地域住民が育てたものだ。子どもがなにか間違ったことをしたら、地域住民でも叱ったものだ。それに対して親や祖父母は感謝こそすれど、クレームを入れることがなかった。最近、良かれと叱ったことで親からクレームを入れられるというケースもあると言う。自分のためではなく、子どものことを考えてやったことで、自分が悪者にされるのであれば、自分は何もしないという気持ちにもなるだろう。そして明らかに間違ったを子どもがしても咎めない親や保育施設を見れば、直接話をせず、クレームという形に繋がることもあるだろう。
このような中、対話やコミュニケーションが減れば、ますます諍いは多くなる。
■ 嫌われても伝えるのが年長者の役割
この状況を客観的に俯瞰で見てみよう。そもそも収入が増えない、将来の先行きが見えない中、子どもを作り、育てることは経済的にも、心理的にも大きな負担に感じている若者は多い。最近の若者は、少子化で育ってきたことや、一人での生活を長く続けていることが多い。こうした中、子どもは嫌いではないけれど、子どもが出来た時にかかる経済的、時間的な負担は避けたい人も少なくないのだ。「子どもの声が迷惑」というような風潮が広がれば、若者たちはますます子どもを作りたくなくなる。
これからの日本を考えた時に、高齢者を支える若者の増加は重要だ。高齢者を支えるだけではない。企業を支え、経済を発展させ、日本という国を維持向上するために、子どもが増えて行くことが必須なのだ。これからの日本のことを考えて、高齢者の人達にはいくつかお願いをしたい。
■ 高齢者へのお願い
一つは、もっと広い心で子ども達を見て欲しいということだ。そして、もっと温かく厳しく、悪いことをした子どもを叱って欲しいということだ。時には逆切れする親もいるかもしれない。しかし、社会のルールを教え、日本を発展させていくためには、年長者たちの強力が必要なのだ。子ども達こそが高齢者の年金生活も支えていく存在なのだ。嫌な役割かもしれないが、それが地域のためであり、子どものためであり、日本のためになるのだ。
二つ目は、子どもと接する機会を増やして欲しいということだ。最近、子どもの誘拐など物騒な事件が頻繁に起きている。高齢者が子どもと接する機会が増えれば、地域の目が育ち、犯罪が起きにくい状況が生まれる。共働きの親が増えているからこそ、高齢者の目が大きな助けになるのだ。
■ ”自分勝手”な考え方を脇におく
子どもの遊び声、笑い声、赤ちゃんの泣き声は、本来幸せの象徴であるはずだ。それが許されなくなり、子どもが自分をセーブしなければならない状況は異常事態だ。こうした事態を招いてしまう理由は千差万別だろうが、高齢者や親が自分勝手な考えばかりを主張するからという面も大きいはずだ。自分勝手な考え方を脇において、子ども達の正しい成長を心から考える意識が芽生えれば、自ずと諍いも減ってくるはずだ。
公園は子どものものだ。子どもの元気一杯の声がどうしても嫌ならば、引っ越しすれば良いだけの話だ。特に都心部では子どもが元気一杯遊べる公園の数は限られている。子どもにとっては本当に大事な場所であり、かけがえの無い場所なのだ。その点、静かに過ごせる場所は他にもたくさんある。
■ 最後に
人口減少の中で経済が成長することは難しい。今の若者達が”子どもが出来て良かった”と思えるような環境作り、サポートなしに、日本経済の復活は難しい。だからこそ、子どもの行動にはあたたかい心と態度で接してほしいのだ。
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2014年11月01日
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