マーケティングの現状と未来を語る

2014年ヤフトピに8度の記事掲載。わかりやすい裏読みでメディア取材多数。マーケティングコンサルタント。個別相談も受付中

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京都市屋外広告物条例が、2014年9月1日より完全施行された。目的は、古都の景観を守ることだ。そのために、看板の大きさや色を規制する。本状例は2007年に改正されたのだが、7年間の猶予期間が与えられていた。看板の改修や撤去に関わる費用は業者負担となる。

京都は全国でももっとも景観にこだわる街だ。この夏の祇園祭で京都を訪れたようにプライベートでも京都は好きだ。それ以上に、今年になって海外の著名旅行雑誌に、世界最高観光都市として選ばれたというビジネスの面でも京都には注目している。

やはり観光資源として景観を守ろうとする京都のこだわりは他都市よりも強い。例えば、私はこのブログを函館で書いている。東京に帰れば渋谷や原宿をほぼ毎日見ている。また他の人気観光地にも意識的に訪れている。多くの都市について感じるのは、土地土地で千差万別の史跡や観光スポットがある。しかし、街全体をあげて、街の空気感までこだわろうという観光地は少ない。実は、これはとても大きなポイントだ。観光スポットを紹介するマップや道案内は大事だ。また観光地を効率的に回ることが出来るための交通インフラの整備も大事だ。そして地元の食材を使った名物料理も大事だ。ただ、多くの都市では、それらがうまく統合されていない。結果として、ゆるキャラのようなものを作り、なんとなく一体感を出そうとしたり、観光客からするとつまらないイベントを企画したりするケースが残念ながら多いのだ。

本当に大事なことは、歩いているだけで楽しい、その街ならではの空気感作りである。京都やパリやニューヨークなど世界に名だたる観光都市はそれが出来ている。したがって、私は京都市屋外広告物条例には賛成であり、他の都市も見習うべきだと考えている。

業者側の立場に立てば、7年の猶予期間はあれど、修正や撤去費用を自社負担することが厳しいのは確かだ。ただ、大きな視点、中長期的な視点に立てば、街全体の魅力度がアップすれば、そこにいる店や人たちには必然的にプラスがもたらされるのだ。京都のお寺が並ぶ静かな場所に、デカデカと真っ赤な看板で企業の広告看板が出されたら興ざめだ。

これだけ便利な社会になり、どこにいても同じようなモノが手に入り、同じような体験が出来る時代だからこそ、街全体の魅力を高めることがより重要になって来ているのだ。そのために京都や軽井沢などの場合には、広告看板に規制を入れることが有効だ。逆に、大阪などは、どんどん広告看板を出せるようにすれば良い。街の良さが何かをしっかり定義し、その良さを伸ばすためには何をすれば良いかということから考えれば良い。

最後に。広告条例を守りたいという気持ちはあっても、費用負担面で苦しい業者については、自治体側で補助措置を講じるべきだろう。具体的には補助金の拠出や一定期間の法人税減税というような措置だ。広告規制の目的は、業者をつぶすことではなく、街と業者の共存共栄のシステムを作ることだ。京都のように数百年前から店を営んでいるような老舗は、名前は有名でも経理は火の車ということもある。決して儲からなくても暖簾を守らなければならないという使命感だけで仕事をしている人を私は知っている。長期的に見れば、これらの店舗を支えること、後継者を育てることは重要だ。そのためにも補助が欲しい業者が多くいることも確かなのだ。

■ 「アイス・バケツ・チャレンジ」の盛り上がり

ALS患者救済のために始まった「アイス・バケツ・チャレンジ」。一人のALS患者から始まった氷水をかぶるか100ドル寄付するか、その両方をするかというアクションは、インターネットの動画サイト、ソーシャルメディアを使って、世界中に広がっていった。芸能界ではレディーガガや浜崎あゆみなど国内外を問わず氷水をかぶり、経済界でもビル・ゲイツ、豊田トヨタ社長、三木谷楽天CEOなど多くの経営者が氷水をかぶった。そして、その多くが同時に寄付をした。

そもそも「アイス・バケツ・チャレンジ」の目的は、患者救済への寄付とALSという病気自体をより多くの人に知ってもらうことだった。その点において、多額の寄付金を集め、ALSの存在を広く知らしめたという点において大成功だろう。2014年8月29日現在、約2ヶ月間に渡って全世界で加熱した「アイス・バケツ・チャレンジ」のブーム的な勢いは一段落した。ただ、あれだけの盛り上がりが長く続く方がおかしかったのであり、人々がALSに興味を失ったということではない。

■ 賛否両論の裏に見え隠れするもの

「アイス・バケツ・チャレンジ」については決して賛成意見ばかりではない。内容は理解できるもののチェーンメール的なやり方はやるべきではないという意見。他にも難病はたくさんあるから、このようなやり方でALSだけに寄付が集中するのはおかしいという意見。「アイス・バケツ・チャレンジ」をやった人は、次の3人を指名するのだが、指名された人がやらなければならないという無言の圧力がいやだという意見もあった。

「アイス・バケツ・チャレンジ」の目的に照らし合わせれば、今回のプロモーションは成功であり、批判されるべきものではない。その一方、多くの否定的意見が出るのも健全な状態だと考えている。やりたい人はやれば良いし、やりたくない人はやらなくても良い。最初は氷水をかぶっていた人達ばかりに注目が集まったが、徐々にに氷水をかぶらない人達が増えるようになった。芸能人でも武井壮氏が、自らの意見をきちんと言って氷水をかぶらなかった。その後、氷水をかぶらなかった人はさらに増えていった。

私が良かったと思う点は「氷水をかぶった人/それを支持する人」にも「氷水をかぶらなかった人/それを支持する人」にも極端に流れが傾かなかったことだ。

寄付やボランティアという行為は難しい。本人は本気で寄付やボランティアのことを考えてやっていても、別の人から見ればまだまだ考えが足りないという見方になることもある。企業も同じで、企業イメージのPRのためではなく、本当に社会に対して善を行おうとしてやっていることも、ある人から見れば偽善的に取られることもあるのだ。今回の「アイス・バケツ・チャレンジ」は今後、企業や個人が寄付やボランティア活動をしていく上で、重大な教訓まで残してくれたのだ。

■ 「アイス・バケツ・チャレンジ」がブレイクした4つの理由

最後に「アイス・バケツ・チャレンジ」がなぜここまで広がったのかについて触れたい。

1)人々が応援したくなる内容だったこと

2)インターネット特にソーシャルメディアによって拡散されやすい状態であったこと

3)ある段階から著名人が本プロモーションに自主的に参加したことが挙げられる。これによってソーシャルメディア上だけでなく、一般的なニュースのトピックスになって、ネットの中だけでなく、より広い一般の世界へと広がっていたこと

4)コンテンツ自体に面白味を感じた人が多く(ALSのことを面白いと言っているわけではありません)、自分も参加したくなる要素を秘めていたこと(※残念ながら理解不足すぎる人もいましたが)

■ 「ホワイト・バンド」プロジェクトとの共通点

実はソーシャルメディアでの拡散力の違いという部分を除けば、「アイス・バケツ・チャレンジ」の多くの要素は、2005年に世界の貧困を減らそうとする「ホワイト・バンド」プロジェクトと似ているのだ。ホワイトバンドの場合には、バンドを購入するということだったが、その時も著名人がこぞってホワイトバンドを購入し、腕につけて、一時期売り切れになるほどのブームになった。

もちろん重要なことは、ALSにしても、貧困問題解決にしても、一時的なブームで終わらせるのではなく、気にし続けることであり、継続的に支援を続けて行くことである。そのきっかけとして、今回の「アイス・バケツ・チャレンジ」は良いものだった。きっかけがあるからこそ、広がりができるものだ。

病気に関しては、企業の製品やサービス以上に、患者さんへの配慮が必要であり、繊細な部分を気にする必要がある。だからこそ軽々しいことはやりにくい。それでも「アイス・バケツ・チャレンジ」や「ホワイト・バンド」のようなやり方によって大きな成果が生まれるのも事実だ。このことはマーケティングに何らかの関わりを持つ人ならば覚えておくべきポイントだ。

■ うどん、たこ焼きチェーンは本場発ではない現実

飲食業者のチェーン店舗展開、グローバル展開を見ていると面白いことがある。それは本場出身の飲食店が展開するのではなく、他地域の飲食業者が展開を進めているということだ。

たとえば、うどんの本場は香川県、言わずと知れた讃岐うどんだ。しかし、業界最大手である「丸亀製麺」の本社は兵庫県神戸市だ。また第二位の「はなまるうどん」も創業こそ香川県だったものの、現在は東京に本社がある吉野家ホールディングス傘下に入っている。「つるまる」は大阪府に本社がある。

これはうどんに限ったことではない。たこやきの本場と言えば、大阪と答える人が多いのではないだろうか。しかし先日、上場予定を発表した人気たこ焼きチェーンの「銀だこ」の本社は東京だ。

世界に目を移してみよう。いまや海外で日本の食はブームになっている。しかし実際には日本食と思われそうだが、そうではないものも少なくない。海外における寿司屋の多くは、日本人ではなく中国人や韓国人が経営し寿司を握っている。

和牛は文字通り「日本の牛」のことなのだが、日本の和牛の種をベースにしたオーストラリアのWagyuの方が「わぎゅう」としては一般的だ。

■ なぜ本場ではない飲食業者ばかりが展開拡大をするのか?

一言で言えば、本場のものは、他の地域に頑張って拡張していなかくても十分に満足なのだ。そこの裏にあるのは、本場であることのプライド、そして頑張らなくても成立する経済的事情がある。また地方にいて、品質にこだわって食事業を営む人たちにとって、東京をはじめとする都市は遠い存在でもある。したがって、こだわりを持つ本場の人たちであればあるほど、チェーン展開を進めていかないのだ。それは、グローバルという意味でも同様だ。日本は世界でもっとも豊かな国の一つだ。和牛や寿司など高価な食を食べられる人たちも多いのだ。和牛も寿司も、品質にこだわればこだわるほど、あえて海外で展開する必要性は薄かったのだ。

このように本場であればあるほど、チェーン展開をしないことが多くなった。

■ 知れば知るほど本物志向が強くなる

本場ではない飲食業者がチェーン展開の中心になっているが、その傾向は徐々に変わってくる。なぜなら、人間というものは「良いもの」「本物」を知ることで「より良いもの」「本物」志向が高まるからだ。海外ではすでにその兆候が見えている。日本の本物の寿司を知る人が増えた結果、日本の一流店の海外進出が相次いでいる。シンガポールのラッフルズホテルには銀座の名店「かねさか」ののれんわけの店がある。また名店「あら輝」はロンドンに移転することを決めた。寿司だけではない。オーストラリアのWAGYUではなく和牛を知ってもらおうというPRがアジアをはじめ、海外で展開され始めた。その評価はとても高く、これから海外で和牛ブームが広まっていくことは間違いない。

海外だけでなく日本においても「本場」「本物」志向は強まっていくことだろう。なぜなら、本場のこれからを担うのは、本場も都市も知っている若手経営者だからだ。

福井県鯖江市が元気である。一般的には鯖江市は眼鏡の一大生産拠点として有名な街だ。zoffやJINSなど格安眼鏡チェーン店が台頭しようと、海外ブランドが人気があろうと鯖江市の眼鏡のブランドイメージは揺るがない。世界中で絶賛される眼鏡の街、それが鯖江だ。

その鯖江が最近、別の話題で注目を集めている。今年4月に鯖江市で発足した「JK課」。そして今年6月の「OC課」だ。

「JK課」とは女子校生によるプロジェクトである。名称には「課」とつくが市役所で働くわけではない。ただメンバーが未成年なので市役所は見守る立場となっている。その後に出て来た「OC課」はおばちゃんによるプロジェクトである。「○○課」と名称こそ同じだが、市役所の活動とはまったく関係がない。興味深いのは行政主導ではなく、「JK課」では女子校生が、「OC課」ではおばちゃんが主導して進めて行こうというものだ。すでに女子校生発案による”スイーツフェアの開催”、おばちゃん考案による”多目的トイレの改善”などすでにいくつかの例が出ている。

高校生を起用したプロジェクトや町おこし的なものは鯖江市に限らない。例えば、三重県多気郡の相可高校では高校生達がレストランを運営している。テレビ番組で話題になったり、ニュースで取り上げられたりして、今や地元のみならず全国的に有名になり、名物になっている。

■ 鯖江市の取り組みが有効である「2つの理由」

今回の鯖江市の取り組みは2つの意味でとても良い。

一つ目は”PR”効果だ。女子校生による「JK課」、おばちゃんによる「OC課」というプロジェクトが次々に出来ていることは、メディアから見て”新しく””珍しく”興味深いコンテンツだ。佐賀県武雄市が民間企業であるカルチャーコンビニエンスクラブの力を借りて図書館を再生させ地方活性化を図って成功したり、フェイスブック課という新しい部署を作ったりして、大きな話題になったことは記憶に新しい。

鯖江市の場合には、武雄市とは異なり、あくまで地元の女子校生やおばちゃんたちが自主的に取り組むという新しい形であり、これがメディア的には面白いと受け取られた。ほとんど費用をかけず話題を獲得したこ鯖江市の試みは、広告費用に換算すれば現時点でも数億円規模になっている。

二つ目は”住民の参加意識の向上”だ。「JK課」「OC課」という役割を意識することによって、そこに参加する住民達は本気になって考える。今まで政治は政治家がやるもの、つまり他人事であったのだが、自分たちにも役割が与えられることによって政治が自分事に変わったのだ。政治に対して無関心でもなく、愚痴を言うだけでもなく、自分の街を自分達が良くするという気持ちに変わった。

マーケティング的には「他人事」だったことを「自分事」にさせる過程で「ネーミング」というものが大きな役割を担うことになったと言える。

鯖江市役所が女子校生に「意見募集中」と言っていたら、今回のような盛り上がりは無かっただろう。女子校生に「JK課」というプロジェクトを預けたからこそ、女子校生に自主性を持たせることが出来た面はある。

これに似た例として、1969年に松本清(当時:千葉県松戸市長。マツモトキヨシ創業者)が「すぐやる課」という部署を市役所の中に作った。市役所が市民のために問題解決を速やかにすることは当たり前のことである。しかし今でも”お役所仕事”と言われるように、役所の仕事は遅かったり、杓子定規だったりすることが多い。そんな状況を感じていたからこそ、松本清はあえて「すぐやる課」という名称の部署を作ったのだろう。この部署を作ったことで、松戸市役所全体の職員の意識が変わったことは想像に難くない。プロジェクトにネーミングを付けることで、そこに携わる人達の意識は高まり、行動力も高まる効果が出るのだ。

■ 地方に眠るポテンシャル

残念ながら地方自治体の中には、ゆるキャラや特産物だけに安易に頼ってしまい、自己満足の域を超えられないところも少なくない。ほとんどの地方自治体には大きなポテンシャルが隠れている。それをうまく引き出す戦略作りと関係者が自主的に取り組んで行くスキーム作りこそがより大事なことなのだ。

「妖怪ウォッチ」ブームがますます加速している。 バンダイナムコは「妖怪ウォッチ」関連の年間目標予算を3ヶ月で達成しただけでなく、他の「妖怪ウォッチ」関連株同様、株価も上昇を続けている。 それもそのはずだ。8月2日に発売された「妖怪ウォッチ零式」は数時間行購入できなかった人、徹夜で並んで買った人、数時間行列に並んでも買えなかった人などまで出た。また7月に発売された特典メダル付映画前売入場券も同様だ。オークションサイトには発売金額よりも高値で限定もやガチャでなかなか出ないレアメダルを始め多くの「妖怪ウォッチ」関連グッズが取引きされている。このような中、子ども向け玩具であるにも関わらず、子どもが購入できず泣いているという話や、オークションサイトでの転売がニュースになっている。社会現象を通り越して社会問題化しつつある「妖怪ウォッチ」の品切れ問題に関して8月5日にバンダイナムコは会見を開き、生産調整をしていないことを強調し、メダルの増産体制を強化することを発表した。

このような現象が起きるのはバンダイナムコやアニメ制作会社であるレベルファイブの問題なのだろうか。

企業が利益を生み出そうとすることは当然のことである。したがって企業は基本的に損をしないようなビジネスをする。したがって企業は需要予測をを立て生産計画を立てる。計画から大きく外れ、大きな在庫を抱えてしまう状況になったら、企業経営としてそれこそ大失敗だ。今回の「妖怪ウォッチ」のようなブーム時における需要予測は難しい。ブームが加熱しているからこそ、予測の狂いが少しであっても影響は大きなものとなるからだ。経営側とすれば「販売の機会損失は避けようとするのか」「不良在庫を抱えないようにするのか」という判断に迫られる。

■ マーケティング視点から見た「妖怪ウォッチ」グッズ品切れの理由

マーケティング視点を交えて話せば、生産数を少なくして不良在庫を抱えないようにするほうが今の時代には望ましい。理由は2つある。

マーケティングの視点「サイクルの短期化」

「サイクルの短期化」とは商品販売期間の短期化であり、ブームの短期化だ。コンビニの棚割りに代表されるように、人気のある商品でもあっという間に棚から消えてしまうことは少なくない。一つ一つの商品販売期間は短くなっている。アニメや特撮ものの場合、最低3ヶ月から半年程度の放映期間はあるものの、以前と比較すると在庫リスクは高くなっているのは明らかだ。

2. マーケティングの視点「限定」

会見でバンダイナムコは否定したが、企業によってはあえて「限定」を打ち出すマーケティング手法もある。「期間限定」「地域限定」「数量限定」など「限定」とすることによって、消費者の購入欲を?惜き立てるという効果も出てくるからだ。モノが溢れている時代だからこそ、「ここでしか買えないかもしれない」というモノへの購入欲が高まる。

■ 子どもの成長のための良い機会とはとらえられないか?

モノがあまった日本。買えないものがなくなった。特に時代は子どもに甘くなっている。一人の子どもには、父母、両祖父母の6つのお財布があるという「シックスポケット」というワードがある。高度経済成長期には、モノも溢れておらず、子どもの数は多かった。子どもが何かを欲しがっても必ずしも買ってもらえるわけではなく、我慢することを学んだ。成長するにつれ、いつか自分の欲しいものを手に入れたいと思い、仕事も頑張る時代だった。今は、モノが溢れていて、子どもの数は少ない。子どもでも我慢せずに、欲しいものが手に入りやすい時代になった。

「妖怪ウォッチ」ブームで玩具が手に入らない、前売入場券が買えないということで、子どもの親が企業にクレームを入れたり、SNS上に不満をアップする人も出た。お店にある大吉メダルが当たるガチャなどは、後ろに行列が出来ているにも関わらずアタリが出るまで交替しない親もいる。

本当はこのような状況を良い機会と捉え、親が子どもに我慢や世の中について教える機会にすれば良いのだ。人生の中で玩具が手に入れられないくらい大したことではないはずだ。もちろん、玩具を手に入れるために行列に並ぶことは人の自由だ。その親の行為自体を批判するつもりはない。ただ、購入できないことに対して文句を言うことは筋違いなのではないだろうか。文句を言ったり、右往左往したり、オークションで転売したりする姿を見ると、大人がもう少し冷静になっても良いのではないかと思うのだ。


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