マーケティングの現状と未来を語る

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マイナビウーマンが22〜39歳の社会人男性を対象に「父親が大きく見えたことはありますか?」というアンケートを行った。「はい」と答えた人が38.6%、「いいえ」と答えた人が61.4%となった。なぜ、日本の父親の存在感は小さくなってしまったのだろうか。

■ 「はい」と答えた人の内容とは?

「はい」と答えた38.6%の人の理由には「退職を迎えた時」「顔が広い時」という理由が上がった。そもそも、父親が大きく見えると答えた人達の割が半数以下と残念な結果なのだが、この結果をみて私はさらに残念な印象を受けた。

私が残念に感じた理由は「退職を迎えた時」や「顔が広い時」は日常時ではないからだ。退職することになって初めて父親の偉大さを知ったり、有名人と知り合いだったり、就職活動において手助けをしてもらったりということは日常生活の中で感じる偉大さではない。つまり、普段の生活では、父親の大きさを感じる場面は少ないということだ。創考えると、普段から父親の大きさを感じている人は、ほんの一握りということが見えてくる。

■ なぜ日本の父親は小さくなってしまったのか?<給料の銀行振込化>

第二次世界対戦前から戦後すぐまで、日本人家庭において父親は絶対の存在だった。その存在感が小さくなってきたのはいつからなのだろうか。

正確な記録ではないが、1970年〜1980年くらいまでは給料の手渡しはあった。国民的アニメ「さざえさん」でも、お父さんやマスオさんが給料をお母さんやサザエさんに手渡しするシーンも描かれている。また野球の世界でも、巨人軍の王・長嶋選手が折り曲がらないほどの札束の給料をポケットに入れていたというエピソードが残されている。

1980年代になると、企業が支払履歴をデータで残すという意味からも、給料の振込が一般的となった。これによって、お父さんがお母さんに給料を手渡しして、お母さんが「ご苦労様でした」と労うシーンが消えた。逆に、銀行口座を把握し、家計を管理するお母さんがお父さんにお小遣いを渡したり、「給料が増えないわねね」といった言葉を発するようになった。つまりこの頃から、父親と母親の関係性が逆転し始めたのだ。

■ なぜ日本の父親は小さくなってしまったのか?<CMに反映された父親像>

1984年に流行した有名なCMが登場する。禁煙パイポという製品のCMだ。2人の中年サラリーマンが「私はこれでタバコをやめました」と禁煙パイポを見せる。その3人目のサラリーマンが小指を立てて「私はこれで会社を辞めました」と言うものだ。このCMは社会的な話題となり、1985年の「新語・流行語大賞」の流行語部門・大衆賞にも選ばれた。この頃からCMにおいても、お父さんの存在感が低くなったことを反映するものが増えていく。

そして1986年、有名なCMが登場した。大日本除虫菊(金鳥)の「タンスにゴン」のCMだ。主婦達が「タンスにゴン、タンスにゴン、亭主元気で留守がいい」と言うものだ。父親は夜遅くまで働いて家にいない方が良い。ただ元気に働いて給料だけは持ってきて欲しいという趣旨のCMだ。 ちなみに現在は「亭主」という言葉は性差別という観点で放送禁止用語だ。

■ 「バブル」から「バブル崩壊」へ

第二次世界大戦後の日本の復興は1991年のバブル崩壊まで続く。父親の威厳がなくなるという意味では、特に1980年代のバブル時代には注目だ。アッシー君、メッシー君、ミツグ君という言葉をご存知だろうか。アッシー君とは自家用車で女性を送り迎えしてくれる男性のこと、メッシー君とは食事を御馳走してくれる男性のこと、ミツグ君とは贈りものなどをくれる男性のことだ。バブル期には女性の力が強くなった。アッシー君、メッシー君という言葉は、状況によって複数の男性との付き合い方を選べる女性の立場を物語るものだろう。結婚相手としても3高(高い収入、高い学歴、高い身長)が求められ、良い女性と結婚するために男性は努力をする時代だった。

バブルが崩壊すると、日本のサラリーマンにリストラの風が吹いてきた。父親たちは会社にリストラされないようにと考えるようになった。リストラされてしまったら、それこそ家庭での立場はない。家庭において父親が威厳を示す場所などなくなってしまったのだ。

今まで述べてきたように、約50年に渡り父親の威厳は低下し続けてきた。それは単なる一つの出来事によって起きたことではなく、いつものムーブメントが連なって辿り着いたものなのだ。
私のまわりには多くの優秀なビジネスマンがいる。誰でも知っている有名人もいれば、知名度はないが、とてつもない仕事をする人もいる。今日はその中でも本当に優秀な2人を紹介して、優秀なビジネスマンの時間の使い方について書きたい。そもそも、私が彼らを「優秀」と言うのも僭越なくらい優秀な方々なのだが、日本のビジネスマンの未来のために、あえて「優秀」という言葉を使って書かせて頂く。

■ ケース1:グローバル企業でワールドワイドのマーケティングを担当するAさん

誰もが知る世界トップクラスの消費材メーカーで働くAさん。現在はシンガポールから、担当するカテゴリーの事業全般をワールドワイドで統轄する立場だ。出張も多く、日本をはじめ世界中を飛び回っている。Aさんとは旧知の仲なのだが、年に1回、シンガポールや日本で会っている。

以前、私が別の仕事でシンガポールに出張した時、会えるかどうか連絡をしてみた。その時、Aさんはヨーロッパに出張しており、私が帰国便に乗る日の朝にシンガポールに戻ってくるという。しかも、シンガポールに到着したら、その後は出社という状況だった。それでも「朝なら会える」とAさんは私のホテルまで車で来てくれて、海沿いのレストランで食事をしてくれた。

また先日は日本で会う機会があった。関西方面での仕事を終え、羽田でトランジットしてシンガポールへ戻る日。Aさんはトランジットのわずか3-4時間という時間を利用して、都心まで出てきた。もちろん荷物は関西の空港でチェックインし、シンガポールで受け取る段取りだ。私を含む複数の友人たちと、フライトに間に合うギリギリの時間まで食事を一緒にした後、帰って行った。深夜便だったので、私はAさんが機内で休めると思っていたので「明日も出社?(翌日は金曜日だったので)」と聞いた。すると「明朝9:30からプレゼンテーションがあり、飛行機の中で資料を作成する予定」と平然と言う。

一緒に食事を楽しんでいる時には、そんな素振りはまったく見せなかった。仕事と体のことだけを考えれば、トランジットの時間に羽田空港のラウンジで仕事をすれば、仕事は早く終わり、飛行機の中で眠れたかもしれない。ところが、彼はそんなことを一切口にせず、食事を一緒に楽しみ、楽しそうに帰って行ったのだ。

Aさんはとても優秀な人材だ。そのため、日本人の誰もが知る有名な経営者達から声がかかり、引く手もあまただ。そんな人材なので、日常も極めて忙しい。それでも、自分がやるべきことのためには時間を作っているのだ。

■ ケース2:複数企業で役員をつとめるBさん

複数企業で役員をつとめるBさん。数日間、プライベートでご一緒した時のことだ。その日、Bさんとは日中から一緒にいて、夜も食事をともにした。その間は仕事をしている様子はなくプライベートを楽しんでいた。Bさんの場合、日常であれば30分の時間をもらうだけでも難しいほど多忙を極める人だ。スケジュールも数ヶ月先まで埋まっているだろう。朝から晩まで多忙を極めている。

夜の食事が終わり別れた後、深夜に何かの用事があって電話をかけることになった。夜遅くて申し訳ないと思いつつ電話をしたところBさんはまだ起きていた。それどころか、Bさんは仕事をしていて、まだまだ仕事の時間が続くということだったのだ。Bさんの場合、もう仕事を一生懸命やらなくても問題ないくらい成功しているのだが、そんな人でもプライベートの時間を目一杯楽しんだ後、深夜になってから仕事に打ち込んでいたのだ。どんなに忙しくても、自分にとって必要なことだと思えば、仕事だけでなくプライベートの時間も作る。また、どんな状況であってもやるべきことを成し遂げる。そんな様子を目の当たりにし衝撃を受けた。

AさんもBさんも、日本の中ではトップクラスの中のトップの優秀なビジネスマンだ。講演をすれば、数万円から数十万円のお金を払って、数百人の人が来ても驚かないレベルだ。ただ、そんな日本を代表する優秀なビジネスマンでも、自分がやるべきことは時間を作ってやる。そして、人の見えないところで陰ながら凄まじい努力を続けている。単に優秀というだけではなく、優秀な上に不断の努力をしているからこそ、日本でもトップレベルの超優秀ビジネスマンでい続けられるのだろう。
第91回箱根駅伝。青山学院大学が往路・復路・総合優勝を果たした。しかも史上最速のタイムでの優勝だ。戦前の予想では駒沢大学が優勝の最右翼であった。明治、東洋とともに青学も有力校の一角には挙げられていたが、多くの人にとってこの圧勝劇は予想外の結果だったと言って良いだろう。

10年前まで青学は箱根駅伝の出場すら出来ず、決して強豪校ではなかった。その青学をここまで強くした最大の立役者は、もちろん今まで頑張ってきた選手達である。ただ、それとともに指導者である原晋監督の存在も大きいだろう。今回の記事では、青学優勝を支えた「原監督と選手」の関係作りについて書かせて頂きたい。そこにはビジネスマンにも参考になる部分があるからだ。

■ 楽しそうな姿が印象的な青学

箱根駅伝における青学の様子で印象的なことがある。それは選手たちが本当に楽しそうなことだ。走った後にニコニコしている選手も本当に多い。また選手たちだけではなく、部員や監督まで箱根駅伝というものを楽しんでいるように見える。

なぜ青学の選手達はこんなに楽しそうなのか?

もともと青学には自由な校風がある。また人によっては洗練されていると言う人もいるだろう。ただこれは駅伝だ。1年365日、選手達は努力を続けいてる。校風だけでは、楽しそうな姿の説明にはならないだろう。

青学の選手たちの楽しそうな姿の裏には原監督の指導方針が大きい。原監督が「ワクワク大作戦」と名付けていたように、選手や部員はワクワクしながら駅伝を楽しんでいた。

■ ”スポ根”マンガがもたらした”根性”信仰

箱根駅伝に敗れた他の強豪校の中には「一人一人が一分一秒を削り出せ」というような反省をしたり、檄を飛ばされている大学もあった。ほとんどの出場校の選手たちは、大学生活の全てを駅伝に賭け、死にもの狂いで取り組んでいる。

日本のスポーツ界では、長年に渡り「根性」が重視されてきた。「巨人の星」に代表されるスポ根マンガの影響も大きいのだろう。私は根性を完全に否定するつもりはない。根性で培った精神力が、試合の重要な場面でモノを言うこともあるからだ。ただ、今までの日本スポーツ界は、この根性を重視し過ぎてきたのではないだろうか。

青学の選手を見ていると、今時の若者という感じがする。もちろん青学の選手も、他の強豪校と同じように、とてつもない努力をしているのは間違いない。ただ、それを苦しみばかりの中でやるのか、楽しみがありつつやるのかの違いは大きい。

行き過ぎた根性論は間違いを起こす。学校時代の部活では、強くても先輩を差し置いて練習が出来なかったり、理不尽な待遇を受けるということも昔はよくあった。それでも「根性で頑張ればいつか結果はついてくる」とようなことを言われた人も少なくないだろう。練習においても「明確な目標・目的」に基づく効果的な練習よりも、「やみくもに根性を鍛える」練習が重視される風潮もあった。 昔はそれが当たり前だった。今は、さすがにここまで酷い話は少なくなったのだが、昔の考え方・手法に縛られている指導者は少なくない。

■ なぜ青学は伸び伸びしながら強かったのか? 

青学では、原監督と選手が同じ寮で過ごしている。練習は厳しくても、寮に帰れば和気藹々としていることも多いそうだ。そもそも恋愛などする時間があれば練習をしろと言われそうなストイックな考え方も多い体育会において、青学では選手の恋愛・失恋についても、監督と選手で比較的オープンに話が出来る環境あるようだ。

このような環境を作ることが出来た裏には監督のバックボーンもあるのだろう。原監督自身、かつて陸上選手として活躍し、社会人の強豪である中国電力にまで入社したキャリアを持つ。陸上選手を終えた後、20代中盤から同社でビジネスマンとしての生活を送ることになったようだ。ビジネスマンとしてもかなり優秀な成績を収めていたところに青学から指導者の声がけがあったため、会社を退社し監督に就任した。

スポーツ選手としての努力と栄光と挫折、優秀な営業マンとしての目標設定と達成方法などさまざまな経験・知識を体得してきたのだろう。そして優秀な営業マンに共通する「どうやったら顧客のメリットになるか」というものも学んだのだろう。だからこそ、青学において、技術面だけでなく、個々の選手との信頼の築き方だったり、能力の引き出し方に長けているのではないだろうか。

指導者というものは重要だ。私もある競技において、それまで市区町村レベルだった力が、指導者が変わったことによって全国トップと互角に戦えるまでに力が上がった経験を持つ。練習メニューの変化もあるが、 もっとも大きな変化はメンタル面だ。 試合に勝つための納得いく練習方法、試合にベストな状態で臨むためのメンタルトレーニングについて学ばせて頂いた。それも私にもっとも合った指導法だった。余談ではあるが、錦織圭選手も、マイケル・チャンという指導者と出会ったことで、意識が変わり、練習の質が変わり、大活躍を始めたのだ。

■ 「今の若者は〜、、」から「おっ、今の若者は!」へ

青学の伸び伸びした姿は、今後のスポーツ指導のあり方を変えてしまうかもしれない。それだけではない。スポーツ指導者だけでなく、ビジネスの世界でも参考に出来るのではないかと私は感じる。

「今の若者はすぐに会社を辞めてしまう」とか「仕事に気力がない」という言葉をよく耳にする。確かにそういう一面はあるだろう。しかし、基本的に若者というのは、いつの時代も年長者からああだこうだ言われるものだ。今の30代も、40代も、50代も、かつてはそう言われていたはずだ。今の大人を見ていると、自分のことは棚に上げて愚痴ったり、評論したりする人が多いように思う。それでは日本経済は良くならない。特に管理職であれば、どんな状況においても、チームの力を最大限に引き出し、結果を出さなければならない。結果が出ないことを若者のせいにする管理職は、すぐにやめた方が良い。

今の若者は基本的に真面目だ。将来に備えて貯金をしようとしたり、言われたことは出来るだけ守ろうとする。かつてに比べ破天荒な人は少なくなった。基本的に真面目なのだから、適切なやり方で指導をすれば、私たちが予想しなかった力を発揮してくれる可能性もあるのだ。自分が生きてきた中で培われた価値観、世の中の風潮、既成概念にとらわれて、若者ではなく年長者の方が思考停止に陥っている部分もあるのではないかと思う。

根性ではなく楽しさが全面に出た青学選手、そして彼らの力をうまく引き出した原監督の指導力に、多くのビジネスマン、特に管理職は見習うべき点があるのではないだろうか。そうすれば「今の若者はやる気が感じられないなあ〜」から「おっ、今の若者は実はやるじゃないか!」に変わる部分を作れるのではないだろうか。
映画「妖怪ウォッチ」。二日間で興行収入100万人と、爆発的大ヒットを予感させるスタートを切った。すでに夏の段階の前売券販売時、数時間並んでも買えないという状況が起きていた。子ども達の目当ては限定メダル「フユニャン」だ。社会現象化し、前売券が買えないという世の中の批判を解消するため、前売券を買えなかった人でも先着500万人に特別メダル「ダークニャン」を配布することになった。500万というのは凄まじい数だ。「妖怪ウォッチ」のDSソフト販売でも約300万本が良いところだ。DSをやらない子ども達にも行き渡る計算だ。

私が映画「妖怪ウォッチ」を観たかったもっとも重要な理由がある。「妖怪ウォッチ」が「ドラえもん」や「ポケットモンスター」のような10年以上続く定番アニメとして定着するかだ。今の「妖怪ウォッチ」人気は「ドラえもん」や「ポケモン」以上のものがある。ただ、これが続くかどうかには大きなハードルがあると私は考えていた。

■ 10年以上のロングヒットに結びつくために必要な要素

以前のブログ(「3分でわかる「妖怪ウォッチ」)でもご紹介したが、瞬間最大風速ではなく「ドラえもん」や「ポケットモンスター」のようなロングヒットになるための大きなポイントは、そのマンガを親が支持するかどうかだ。そして、そのために重要な要素があるかどうかだ。それは「友情、勇気、努力」などだ。

2014年に大ヒットになった「妖怪ウォッチ」。その大きな理由はレベルファイブの緻密な戦略と用意周到な準備にある。その戦略の中、小学生(やその親)にウケるように新旧のギャグを織り交ぜている。もちろん「メダル」という存在、かわいいキャラクターという要素も大きい。テレビ版の「妖怪ウォッチ」の基本は友情や勇気や努力ではなく、ギャグがベースにあって子どもにウケているのだ。

映画「妖怪ウォッチ」には、この友情・勇気・努力などの要素が入っていなければ、ロングヒットへの道は狭まるだろうと考えていたのだ。

■ 映画版で確認した「妖怪ウォッチ」のしたたかな戦略

テレビ同様、映画でもヒットしている他のコンテンツの要素を随所に織り交ぜている。例えば、AKB48、ドラえもん、スターウォーズ、くまもん。他のコンテンツ関係者にも、視聴者にも笑って許される絶妙な加減で出してくる。

ただ映画はギャグだけではなかった。映画「妖怪ウォッチ」では友情や勇気などが強く感じられた。もちろんギャグがベースのマンガであるから、まだまだ「ドラえもん」や「ポケットモンスター」ほど感動ストーリーで埋め尽くされているわけではない。ただ、確実にうまい方向に舵を切ったと言えるだろう。

そして映画の最後には、2015年冬に映画が公開されることが告知された。「ドラえもん」など季節の風物詩的になっているものはともかく、初上映の映画が1年後の予告をすることは珍しい。逆に言えば、「妖怪ウォッチ」の運営会社であるレベルファイブを中心にしてプロジェクトは着々と準備されているということだ。

映画「妖怪ウォッチ」であらためて感じたのは、レベルファイブのしたたかな戦略だ。未来への布石は万全と見て良いだろう。

■ 単発ヒットとロングヒットを分けるもの

単発ヒットとロングヒットを分けるものは、友情・勇気・努力・愛情など人間が普遍的に美しいと思える心がコンテンツに入っていることだ。なぜなら、これらの要素は人を感動させるものだからだ。子どもと大人で程度の違いこそあれ、大きな部分に違いは無い。単発でウケるものは、必ずしもこれらの要素は不要だが、ロングヒットを目指すならば、これらの要素は軽視出来ない。

■ 最後に

2014年は「アナと雪の女王」とともにヒットの中心的存在であった「妖怪ウォッチ」。2014年の夏を超え、Xmas商戦には、圧倒的なナンバーワンの存在となった。そして、映画でいよいよ10年続くロングヒットの道に入ったと言えるのだ。

修学旅行の定番と言えば「奈良・京都」だろう。古くからの寺院仏閣があるという点では、日本が誇る二大観光地と言っても差し支えが無いだろう。しかし、実際にはこの二大観光地には大きな差がついている。京都がパリ等と並んで世界有数の観光都市として高く評価される一方、奈良はイマイチ目立たない存在になっている。今回は、観光都市としてポテンシャルがありながら、それを活かしきれていない「奈良のもったいなさ」について触れたい。

■ 奈良にも観光資源は豊富にある

京都には金閣、銀閣、清水寺、八坂神社、祇園、嵐山、上賀茂神社、下鴨神社、二条城、平安神宮、平等院鳳凰堂など、数えきれないほどの観光名所がある。一方の奈良も東大寺(大仏)、法隆寺、興福寺、唐招提寺など、一つ一つに魅力を感じることが出来る観光名所がある。平城宮跡の朱雀門や広大な敷地も観光客を驚かせるポテンシャルはある。特に仏像や彫物など彫像系の多さとクオリティは圧巻だ。東大寺大仏だけでなく、鎌倉時代に運慶・快慶が作った仁王像を始め、本当に動くのではないか?心を見透かされているのではないか?と思えるような佇まいをもった彫像が数多く存在する。

■ 京都は「雅」、奈良は「朴」

京都と奈良では雰囲気が違う。京都には「雅」な雰囲気がある。街の雰囲気だけでなく、朱の色に代表されるような寺院の雰囲気、シンプルながら洗練された庭園、祇園を歩く舞妓・芸妓の姿。京都で感じるのは、ゆったりした「雅」の空気だ。一方の奈良で感じられるのは「素朴」の「朴」だ。素朴や朴訥(ぼくとつ)という言葉に使われる「朴」という言葉が似合う。京都のように「雅」な雰囲気は無い。建物はどこか暗く重めな雰囲気が漂う。彫像系も優雅な感じではなく、木造や銅像の「朴」とした雰囲気が感じられるのだ。奈良の街に立つと、遠くに見える山の稜線がぼやっときれいに見えることがある。だだっっ広く開けた奈良の市街地から遠くの山並みを見ていると、一日一日を着実に生活しようという気分になる。おそらく奈良時代の人達も「雅」な生活をするのではなく、僧侶や仏像を拝みながら、自然に感謝しながら、作物を育て、できるだけ心安らかに毎日を生活していたのではないだろうかと思えるのだ。

■ 奈良の観光がイマイチ盛り上がらない3つの理由

京都は街を歩いているだけで楽しい。これはパリも同じだ。観るものはたくさんあり、歩いている街の雰囲気は楽しく、料理はおいしい。京都とパリ、世界トップの観光都市に共通するポイントだ。だから何日いても飽きが来にくい。その点、奈良は改善の余地が大いにある。

  1. 観光スポット間のアクセスの悪さ
  2. 観光地としての雰囲気作り
  3. 観光地としての売り出し方

■ 理由1「観光スポット間のアクセスの悪さ」

まず1つめの理由は「観光スポット間のアクセスの悪さ」だ。
奈良には観るものはたくさんあるのだが、一つ一つの距離が離れている。東大寺と法隆寺と唐招提寺に行こうとしても、遠くてなかなか行きづらい。交通手段はバスと電車なのだが、周遊バスなどは15から20分に一本だ。タクシーもあまりいない。歩いて行ける距離ではないのだが、仮に歩こうと思っていても、今の奈良は京都のように歩いていて楽しい街ではない。寺社仏閣など観るところはとても素晴らしいのだが、移動があまりになっていない。京都が星のや、リッツ・カールトンなど世界の超一流ホテルがある一方、奈良にはない。つまり滞在型の観光地としても課題があるのだ。

■ 理由2「観光地としての雰囲気作り」

2つめの理由は「観光地としての雰囲気作り」だ。
率直に言えば、京都と比べると、街全体を歩いていて楽しくない。なぜなら街の雰囲気に統一感がなく「雑」な雰囲気を感じてしまうからだ。「朴」の雰囲気であれば良いのだが「雑」の雰囲気は観光客にとって魅力ではない。至るところにいる鹿は確かに奈良の象徴とも言えるのだが「鹿が街中にいるから奈良に来たい」という人は少ないだろう。京都の場合「京都は歩いているだけで楽しいから京都に来たい」という人はいる。鹿以上に、街のカラーを出せるように、観光地の雰囲気をデザイン・プロデュースすることが求められている。この雰囲気作りが改善されれば1つ目の理由である「観光スポットのアクセスの悪さ」があっても、観光客の不満は劇的に低下するものだ。

一つだけ例を挙げたい。神戸元町の異人館街にあるスターバックスコーヒーは明治40年に立てられた古い洋館をそのまま使って営業をしている。洋館の古い雰囲気に合わせて、ロゴの色も従来のものではなく、雰囲気に合わせたトーンにしている他、外観内装に関しても雰囲気を最大限尊重している。北野坂を歩いてきた観光客は、異人館に辿り着くまで心躍らせながら歩いて行く。その雰囲気に合わせた店と、その雰囲気に合わせない店ではどちらが観光客の印象は良いだろうか。聞くまでもなく前者だ。そして観光客はスタバに良い印象を持つだけでなく、スタバの写真を撮影して、ソーシャルメディア上で発信していくのだ。こうして観光地神戸の魅力が拡散されるだけでなく、スタバのブランドイメージも上がっていくのだ。

奈良には神戸以上の観光地としてのポテンシャルがあるもの、全体の雰囲気作りが出来ていないのが現状だ。

■ 理由3「観光地としての売り出し方」

第3の理由は「観光地としての売り出し方」のまずさだ。東京にいて感じるのは、京都、大阪、温泉、軽井沢などの観光地情報はよくテレビで観るものの、奈良の観光地情報をテレビで観ることは少ない。奈良県や奈良市が「奈良は学生の修学旅行先で良い」と考えるのであれば、何の問題もない。ただ、これから一般観光客も増やしたいと考えるのであれば、今の状態は良いとは言えない。奈良には奈良しかない魅力がたくさんある。東大寺の大仏や木造・銅造の彫像を見て圧倒されない人の方が少ないだろう。その魅力をきちんと伝えきれていないように感じるのだ。

ゆるキャラブームの先駆けでもあり、さまざまな面で話題になった「せんとくん」。「せんとくん」というキャラクター自体の魅力も微妙だが、そもそもキャラクター以前に「奈良」の本質的な魅力を伝えて行くPRが必要なのだ。厳しい言い方をすれば、パンフレットも、街の案内板も、ホームページも改良の余地は多いにある。「奈良」の魅力を知っているものからすれば、ほとんどの点で奈良はもったいないと感じるのだ。

■ 最後に

最近、2014年1月から11月の訪日観光客数が1200万人を超え、通年では1300万人に乗ることが確実視されている。2013年に1000万人を超え、いよいよ日本も観光業に本腰を入れる様相になってきたと思ったら前年比3割増という予想以上のスピードの速さとなっている。東京、京都、富士山、大阪などと同じように、訪日観光スポットとして主役になるために、今こそ奈良は手を打つべき時なのだ。

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