マーケティングの現状と未来を語る

2014年ヤフトピに8度の記事掲載。わかりやすい裏読みでメディア取材多数。マーケティングコンサルタント。個別相談も受付中

雑記録

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先日、カードゲーム機器の企画立案のために行った調査。
それは、カードゲーム機器の体験機会をあげ、体験前と体験後の態度変容を見るというものです。
手法としては次の通り。

① 子どもへの事前ヒアリング調査

② 一定金額を渡して、好きなカードゲームを楽しんでもらう

③ 依頼を受けているゲーム機器のカードゲームを楽しんでもらう

④ 子どもへの事後ヒアリング調査

結果としては、事前にあまり評価の良くなかった「依頼を受けているゲーム機器」が、体験後に素晴らしい結果を得るというものだったのです。ただ、それ以上に面白かったことがあります。それは、今回の調査対象が小学生の中高学年男子なのですが、すでに彼らの多くが経営視点を持っていることでした。

つまり、色々な意見を出してもらう中で

「マンガとゲーム機器だけじゃだめなんだよ」
「お金と時間の投資は大変だと思うけれど、早くDSなどのゲーム機器化をしないと」
「あのゲームは、コンビニで安い金額で大量枚数のカードが変えるから面白くなくても流行ったんだよ」
「みんながやっているかどうかが大事なんだよ」
「出来るだけ多く、僕達の目についたり、遊べたりすることが大事。それが多いほど、流行る。ただ、それでもつまらないゲームもあるけどね」
「せっかくTVアニメをやっているカードゲーム機器なら、なんで攻略法とか、他の人の凄いカードが出来た合体の様子とか見せないんだろう。見せられたら、もっとやりたくなるのにね」

など、単に「こうやって遊んでいる」とか「こんなのは嫌い」ではなく、物事を経営的な俯瞰の視点だったり、ユーザーの立場だったり、様々な視点から見て、意見が出ることに驚きました。

実は、私たちマーケティングコンサルタントや企業のマーケティングに携わる者は、このような経営的な意見を持った人達の声をもっと、自分事として取り入れる仕組みを作った方が良いと思うのです。

もちろん、化粧品会社など一部の企業では導入しているところもあります。また、不特定多数からの要望が一定数になったら商品化をするというウェブサービスもあります。もっと、多くの企業が、自分たちのことを無償で応援してくれている人達に「企業と消費者」という「売りと買い」の立場で接するのではなく、「企業と企業ファン」という「売りと売り」の立場で接するべきだと思うのです。戦術の小学生も、その企業のゲームが面白くなれば、自分たちも嬉しいわけです。そういう人達の声をもっと大事にするべきなのです。

今どきの小学生の考えに驚くとともに、マーケティングはもっとフラットで、もっとリラックスして考えるべきだとあらためて感じました。企業のことを考えてくれる人達ともっとフランクに付き合える環境作りとシステム作り。ここ1、2年は、組織を構築し、運営し、形にし、結果を出すというサイクルを回していくことが大事です。それをアレンジし、発展させていくことも、マーケティング活動において、早急にやるべき大事なことでしょう
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私は年間100食ほど鰻を食べる鰻マーケッターを自負しています。
ただ、昨今の鰻の激減ぶりは本当に嘆かわしいことだと思っています。

先日も、私の好きな店の一軒、人形町の「との村」さんが閉店しました。高齢の大将が目の前で鰻をさばいて出してくれるカウンターだけのこじんまりとした名店でした。鰻が高騰しても、値段を上げずに頑張っていて、カウンターに来る常連客と「大将ががんばっていますね」という話をしたのが昔のことのようです。

鰻がこれほどまでに不漁になっているのは、地球温暖化の影響もありますが、もう一つは採り過ぎの問題もあります。鰻は天然と養殖という二つのものがありますが、養殖と言えど稚魚を採取しないと養殖出来ないので、採り過ぎれば天然だけでなく養殖も減っていくのです。

天然鰻は今ほとんど食べることは出来ません。そもそも採れないのです。ただ、天然鰻が好きな人も少なくありません。ただ、私は天然が上で、養殖が下というのは違うと思うのです。天然は、確かに動き回っている分、身が引き締まってしっかりしています。ただ、だからといって美味しいという訳ではなく、中には固すぎて脂の美味しさが味わえないものや、鰻特有の土臭さが強すぎる天然鰻もあるのです。天然鰻を評価しすぎる人は、鰻本来の美味しさではなく、天然という希少価値を食べているのではないかと思う時もあるのです。

最近では、中国産を中心にスーパーや牛丼店でも鰻があります。ただ、老舗の鰻屋の味を知っている人にしたら、スーパーや牛丼店の鰻は違うのです。これらの鰻はヨーロッパやアフリカの鰻の稚魚を中国に持って来ているものがほとんどです。

ニホンウナギと外来種ウナギは違います。ヨーロッパ、例えばフランスではウナギを食べる習慣があります。ただ、蒲焼きや白焼きという食べ方はニホンウナギでしか合わないのです。タレの味でなんとかカバーしようとしますが、ヨーロッパも、アフリカも合いません。したがって中国産も鰻屋の鰻とは違うのです。ただ、世界中で鰻を採取しているので、世界中で鰻が減少しています。

土用丑の日は平賀源内が仕掛けたPRです。旬ではない夏には売れない鰻を売りたい鰻屋のために仕掛けた名PRです。これは、もう日本に定着しました。土用丑の日に鰻を食すのは本当は時期はずれなのですが、これを止めるのは難しいでしょう。それであれば、鰻を食べるのは、何か良いことがあった時などというプロモーションを仕掛けるべきなのです。いつでもどこでも食べるものではなく、何か良いことがあった時に食べるようにPRを仕掛けていけば良いのです。
鰻は餃子や生姜焼きや牛丼とは違います。まずは、スーパーや牛丼店で鰻を提供することはまずは止めたいものです。そして鰻の乱獲を抑えていくべきです。

日本人にとって鰻はおいしい食であり、文化です。
いつまでもおいしい鰻を食べるために、待ったなしの状態なのです。

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先週、購入していたMacBook Air(13inch 256GB)。
こちらを移動用のメイン機にすべく、仕事の切れ目を見つけて開封しようと思っていました。購入してから開封まで1週間。ようやく開封の儀です。

現在の持ち運びのメイン機はMacBook Pro(13inch 256GB)。ディスプレイにノイズが走ったり、背面に熱を持ったりということが増えるという性能上の不安。肩や腰に負担のかかるMacBook Proの重要はだんだんと厳しくなってきた年齢のせい(?)もあるかもしれません。

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ようやく今日、開封の儀を迎えたわけです。
アップルの魅力は、この開封の時からワクワク感が止まらないというところです。パッケージが美しい。内容の薄い説明書が美しい。実際に立ち上げれば、ほぼ説明書無しでスムースに使えるのですから、この余分な要素を捨てるという選択肢がもたらす「シンプルな美しさ」はさすがです。デザインだけでなく、セッティング作業までユーザビリティにまで、心躍らせる。このあたりがアップルの神髄です。ここに手を抜き始めたら、他の部分までガクガクと落ちていってしまう。こういうことはよくあることです。今のところ、アップルにその兆候は見られません。ちなみにソニーはエコを意識してのパッケージです。段ボールを上手く組み合わせていますし、ゴミも少なくしています。それはそれで素晴らしいことです。ただ、消費というのは、買うという行為そのもにワクワクしたり、楽しくあるべきだと思っています。それも企業や製品が他と一線を画す重要な要素であり、マーケティングを考える上でとても重要なことです。ディズニーランドに行くと、アトラクションに乗らずともココロが踊るように、アップル製品は、パッケージに触れるだけココロが踊るのです。ココロが踊る企業、製品、サービスはリピート率も高くなります。アップルやディズニーランドが典型例です。

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いざ使い出すと、部屋の中を少し持ち歩いただけで軽さが全く違います。動作については、何の問題もありません。期待しているのはバッテリーの持ち。それは明日からの楽しみです。

いつの間にかMacBook Pro,MacBook Air、iPhone各種、iPad、iPad miniとアップル製品だらけになっています。会社のパソコンも、クライアントとのやり取りの関係上、社員にはウィンドウズを支給していますが、私のものはiMacです。

今週は仙台出張もありますし、週末に地方に行く予定もあります。
MacBook Airがどれだけ活躍してくれるか。どれだけ、私の生産性を上げてくれるのか。楽しみです。

かつて、本を出版したり、テレビに出ているコメンテーターや評論家とは、それなりの実績やノウハウがあったものだ。ネット黎明期からブログが主流だった時代も、まだその傾向があった。しかし、ソーシャルメディアが人々のコミュニケーションインフラとなった現在、状況はまったく変わってしまった。

はっきり言う。

ソーシャルメディア上で有名になった人がいる。ソーシャルメディア上で有名になってからか、有名になるためか、卵が先か鶏が先か、雑誌での執筆や書籍を書いたりしている。正直言うと、彼らの多くは実績も無ければ、彼ら自身が生み出したノウハウもない。Facebookで友達を増やし、いいね!を増やす。Twitterでフォロワーを増やす。中身ではなく、まず数を集めて、それを一つのサークルのようなものにしているケースが多い。サークルというのは名称のあり無しではない。意味も無く、お互いの投稿にいいね!を押したり、どうでも良いコメントを残したり、Twitterでリツイートするというものだ。それをお互いが繰り返している。当然ながら、数字は大きくなるのだが、中身は伴わない。そういうソーシャルメディア上の有名人が多すぎる。

いくつかのセミナーや集まりにも参加した。私はデータだけでなく、自分の見たこと、感じたことを、常日頃から重視している。これらのセミナーや集まりの多くでは、妙に気持ちの悪い雰囲気が漂っているように感じることが多かった。大の大人が、とにかく寄り添って、必要以上に褒め合い、係わり合い、生き延びようとする姿だ。

私はどんなことがあろうと、クライアントが抱える課題を解決したり、未来を作る為に、私にコンサルティングを依頼したり、当社にマーケティングやプロモーションのプランニングを依頼したりされるたびに、身の引き締まる思いがする。ソーシャル上で繋がっているから仕事を依頼しようという気持ちはさらさら起きない。それは、クライアントに対しての背反行為であり、ベストな仕事をしようとする自分や自社に対しての背反行為だと考えている。

率直に言えば、そういう集まりの中で、情報交換や仕事の受発注をしようとしているが、正直に言えば、ベストな仕事をしようというようには感じられない。

そんな人達が、数の論理で有名人になって、いかにも専門家然とした顔でメディアに登場する姿を見ると、寒々しい気持ちになる。それとともに、目利きが出来ないのか、ソーシャルメディア上の数字を期待しているのか、このような人達を登場させるメディアの担当者にも苦言を呈したくなる。その程度の目利きしか出来ない担当者がいるから、既存のメディアは没落しているとも言える。

ソーシャルメディアは、簡単に繋がり、人の承認欲求を簡単に満たしてくれる。しかし、その一方で、本質への追求が疎かになり、表面的な話が多くなる。人間的にも、仕事的にも薄っぺらくなってしまうことにも繋がりうる。残念ながら、そんな傾向が最近多くなっているのだ。

ソーシャルメディアでの有名人は、烏合の衆の長になってはいけない。また、ソーシャルメディアの集まりに参加する人も、烏合の衆になってはいけない。つねに、自分の仕事の本質を真摯に追求し、最高のものにしていこうとする姿勢が大前提だ。

厳しい言い方をしてしまっているが、こういう違和感に対して、時には率直に意見をすることも大事だと思う。人の意見は千差万別だ。特に今日のエントリーに関しては、私と違う意見の人も
当然ながら大勢いると思う。それで良いのだ。その多様性や、本音のぶつかり合いこそ、ソーシャルメディアではないか。









私の平日は、クライアントへのコンサルテーション業務や会議などにおおよその時間が費やされる。また、経営やバックオフィス業務に関する業務も多い。したがって、スケジュールは2週間先くらいまでは、つねにほぼ一杯になっている。

たまに、スケジュールは埋まっている方が良いという方がいる。私の場合は、むしろ逆だ。スケジュールが埋まっていると、将来に向けた情報インプットだったり、自分自信の中で落ち着いて物事を考える時間がとりづらくなるため、むしろ不安にかられてしまう。

突発的に発生する重要な会議や相談などのために、時間調整する大変さ以上に、実は深刻なのは、これらの時間を取れないことだったりする。つまり、クライアント業務の忙しさに流されるあまり、流されてしまっている状況だ。これは自分自身のためにも、会社のためにも、そして結果的にはクライアントのためにもならない。

したがって私は意識的にOFFの時間を取るようにしている。

ただOFFと言っても遊ぶということではなく、考えることをゆっくり出来る時間と場所を設けることだ。

今、軽井沢でこのブログを書いているのだが、軽井沢に一日だけでも滞在して、ゆっくりと過ごしていると、様々な考えが整理される。東京にいる一日とは時間の流れ方も違えば、空気も違う。特に遊ばなくても、本を読んだり、森林の中を散歩したり、ぼーっとするだけでも変わるものだ。

かつて高城剛さんが「アイデアは、移動距離に比例する」と発言したことが確かあったように思う。高城さんは、それを自ら実践されているような人だ。高城さんの場合、日本ではなく世界中を旅している。私とは仕事の内容も違えば、スタイルも違う。ただ、この考え方には共感している。

もちろん、どこの場所でも良いというわけではない。私の場合、軽井沢や都内のシティホテルは、とても良い結果を生み出すのだが、地方の温泉や都市で試した時には合わなかった時もある。高城さんほどではないが、海外に行ってもネットが繋がれば、数日間は大抵の仕事は順調に進めることが出来る。私もヨーロッパやアジアなどでも、軽井沢同様、とても良いインプットやアイデア出しの時間となることが多い。

Googleは業務時間の20%を実際の業務以外の時間に費やして良いという。吉越浩一郎さんが社長だったトリンプは、平日日中の時間の中で、会社への電話を一切シャットアウトする時間を作った。Googleもトリンプも高業績の会社だ。

つまり、意識的に自分だけの時間を作るということの重要さを、会社も個人も、もっと意識し、仕事の中に組み込んでいけば、仕事はますます発展していく。私は、その法則の重要性を身をもって理解出来た。日本企業や日本人は本当に真面目だ。ただ、その真面目さをくそ真面目になるのではなく、フレキシビリティのある真面目さに、少しづつ変えていっても良いのではないだろうか。









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