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11時からの開始に向け、僕は9時15分くらいには既に現地に到着したが、まだ辺りにはこのイベントに来たらしき人は見当たらず、しばらくは車の中で待っていた。 そのあとも人の集まりはそれほどでもなく、開店時間の10時直前に入口前に行くと、やっと後ろに何人か並ぶ程度で、会場に入ってからも余裕で最前列をキープできた。 それからイベントが始まるまでの約1時間は周りの人と話しをしたりしながら過ごしていたが、そんな中、このブログを見たことがあるという方からも声をかけていただいてすごく嬉しかった。 イベントが始まる頃になると、会場にも約150人程度の人が集まっていた。 立石投手はいつものトークショーと同じくカジュアルな普段着での登場となったが、武田勝投手はピシッとスーツでの登場だった。 プロ野球選手になっていなかったらという質問に対し、立石投手は、「レーサー」と答え、「日本シリーズよりも今日のほうが緊張しています」という武田勝投手は、「見ての通りサラリーマン」と答えた他、帯広で楽しみにしていることとの質問には2人とも、「豚丼」とのことだった。 また、先日の優勝パレードの日のことについては、「あのすごい紙吹雪が、夜の納会の時に通ると、きれいに掃除されていて、びっくりした。みんなで一緒になってやろうという力を感じた」と語った。 僕は2人に対し、「今のフォームになった理由」を聞き、あとは立石投手に対して、「今ままでの監督とヒルマン監督との違い」。そして武田勝投手には、「シダックス時代の野村監督に教えられた事」を質問した。 これに対しまず立石投手は、「フォームについては、高校時代、オーバースローなのに体が横の回転だったので、監督にサイドスローを勧められた」とし、「上田監督には技術を、大島監督にはメンタル面を、そしてヒルマン監督には自分をアピールする事を教えてもらった」と答えてくれたが、その途中、大島監督の名前が出てこずに、「何だったっけ?・・・康徳・・・」と、大島監督のことを『康徳』と呼んでいたのをばらしてしまったような感じで、こちらから、「オオシマ、オオシマ!」と言うと、ちょっと慌てなから、「あぁ、大島監督でした」とおとぼけも披露した。 また武田勝投手は、「フォームについては、野村監督に、『今のままでは社会人でもプロでも通用しない。思い切ってフォームを変えてみろ』と言われたのがきっかけで今の自分がある」として、「野村監督には、1つ1つ何かを教えてもらったというよりは、社会人としてということを教わった」と答えてくれた。 トークショーの最後には立石投手が、「最新情報です」と言い出し、「現在、生肉コーナーで通常1500円の日本ハム商品を、Fバンド付きで1000円で販売してます」としっかりと宣伝もしていた。 トークショーに続いては抽選会が行われた。 僕はこれは何も当たらなかったが、小さい子供を抱いたお母さんが当たると、その商品を立石投手が席まで一緒に持って行ってあげたりもしたりしつつ、2人とも抽選や握手などで何だかちょっと忙しそうにしていた。 聞くと、このイベントに対し、1000通を越える応募があったとのことで、今日はそのうち70人のみが当選ということだったので、かなりの確率だったということになる。 サイン会では、1枚の色紙に2人のサインを書いてもらい、僕は一緒に写真も撮ってもらった。 イベント終了まで時間にして約1時間、2人の選手も集まったお客さんも終始笑顔のすごく楽しいイベントだった。 なお、このトークショーなどのイベントは今日と明日の2日間、この帯広での立石投手と武田勝投手以外にも、札幌ではダルビッシュ投手と八木投手、岡島投手と江尻投手が2組。函館では稲葉選手と高橋選手。稚内では森本選手と金子選手。旭川では武田久投鶴岡選手、金村投手と飯山選手の2組。釧路では建山投手と稲田選手。北見では紺田選手と川島選手の9組がイベントを行う。
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2006年11月22日
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22日、FAを宣言していた小笠原道大選手が、東京都内のホテルで巨人との2回目の交渉を行い、巨人への入団を表明した。 前回の交渉では具体的な条件提示はなかったが、今回の交渉では清武英利球団代表から4年契約などの条件を提示された。 交渉後の会見では、「最初から4年を提示してもらって本当にうれしかった。ジャイアンツにお世話になりたいと、代表にもお伝えした。正式決定ではないが、そういう方向になると思う。最大限の評価をしていただいた」と語り、「もう1度挑戦したいのと必要としてくれる方々に応えたいのがあった。まずは優勝するために力を貸してほしい。若い選手にプレーだけでなく、(野球に対する)取り組みを見せてほしいということも言われました」と、ついに日本ハムからの移籍を口にした。 また、「一緒に今まで戦ってきた仲間もそうですし、今まで応援してくれたみんなに対して、そういう思いはありました」とし、最後の最後まで小笠原選手に対して残留を求めていたファンに対しては、「ありがたかったです。それだけ自分を思ってくれたわけですから、感謝したい」と複雑な心境も明らかにし、「野球をやることに変わりはないので、今までどおりのことをやるだけ。どんな時も全力でプレーして、そういうところをみんなに見てもらいたい」と語った。 今年2月のWBCでは日本代表として戦ったが、それに関しても、「少なからず(影響は)ある。一つのことだけでなくいろいろな方向に目を向け、あらゆることを考えてプレーしなきゃいけない、と考えさせられた」と語った。 また、現在千葉に在住している家族に対し、「自分は自分。家族は家族。自分で決めたことに家族は従ってくれると思う」と、巨人への移籍の決断はまだ伝えていないということも明かした。 清武代表は、「大変嬉しいの一言」と語り、年俸については、「現状(推定3億8000万円)維持に近い」とした。 また、これを聞いた原辰徳監督も、「非常に早い決断が彼らしい。とても嬉しい」とコメントした。 小笠原選手は、去る18日の優勝祝賀会の前に大社啓二オーナーとの会談を急遽行い、「(急に)時間があったので。少なからず自分の思いは伝えました」と、その時点では詳細こそ明かさなかったものの、今となってみればその時点で退団を申し入れたものとみられる。 また、その時点で大社オーナーも、「最終的には彼自身が決めること。でもオレは敗戦処理かな」と語り、「21日までにははっきりするんじゃないの?近いうちに小笠原が正式に発表するだろう」としていた。 これにより今日22日にも日本ハムに対して、改めて退団の決断を伝えるものとみられる。 藤井純一球団社長のコメント
FAの行使は選手としての当然の権利であり、今回は球団にとって大変残念な結果に終わりましたが、北海道の多くのファンの皆様の温かい応援を忘れず、今後の球界での活躍に期待します。
高田繁GMのコメント
小笠原選手の抜けた穴を戦力的に埋めることは並大抵ではないが、今回の決断を、今後の野球人生の中で、必ずプラスにして活躍される事を期待します。日本一、アジア制覇とフルで活躍し、本当にご苦労さまでした。
トレイ・ヒルマン監督のコメント
小笠原がファイターズを離れるのは非常に残念だが、彼自身の人生。そして家族のために下した決断を、私は尊重したい。とてもさびしくなるが、新天地での活躍を心から祈っている。ただし、来年以降ファイターズ戦では打つなよ!
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21日、大学・社会人ドラフト5巡目で指名の山本一徳投手(早稲田大)に対し、ドラフト会議終了直後に指名挨拶が行われた。 山本投手は現在、既にトヨタ自動車への就職が内定しており、本人も、「指名されてびっくりした。これから監督、両親、トヨタ自動車さんと話し合って進路を決めたい」とコメント。 挨拶に訪れた石川晃スカウトも、「トヨタ自動車さんにも、早稲田さんにも迷惑をかけた。複雑な気持ちです」と、これからの難航する交渉を覚悟の上での指名だったということを明かした。
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