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2009/12/06 士幌町・総合研修センターにて、藤井純一球団社長が、「ファイターズの地域密着ビジネススタイル」と題した講演会を行った。 10時からの講演会には数百人の町民が訪れ、そんな中、僕も関係者の御配慮から来賓席にてその講演を聞くことができた。 講演では、日本ハムがファイターズを、関東地方での企業の広告塔として買収したという経緯から始まり、それ以降企業にとってチームがどんな意義を持っていたか。 また、Jリーグ発足の1993年にプロ野球の10球団構想が持ち上がり、その際にはファイターズも、集客・成績共に低迷し、すでに関東地方での広告塔としての役割も果たしたのではないかという考え。そして球団の赤字は全て親会社が宣伝広告費として補填するという親方日の丸的な考えが球団全体に浸透してしまっていたこと。更には会社内では球団に使うのと同じ金額を他のことに使ったらという意見も出たが、そんな中でも、一度参入した者の社会的責任もあるとして、チームを手放さなかったこと。 しかしそれ以降も球団の経営としての改善が見られず、2003年には累積赤字が50億を超え、そんなことから費用のかかる東京ドームを離れ、高松、長野、静岡、札幌の中から、札幌への移転を決めた経緯 更に、球団としての企業理念として『Sports Community』、経営理念として『Challenge with Dreams』、活動指針として『Fan Service 1st』を掲げていること。 球団からチームに求めるものとしては、
・ 勝利を目標に全力でプレーする。
一方フロントとしては、・ 地域社会の皆様に夢や感動を与えるプレーを提供する。 ・ 積極的にファンの皆様と関わりを持ち、地域社会の一員としての自覚がある行動をする。
・ ファンの皆様や地域社会の皆様に夢や感動を与えるチーム作りを実現する。
との目標を掲げていること。・ スポーツエンターテイメントを提供する為の積極的行動を実践する。 ・ 試合に留まらず、スポーツコミュニティ実現の為、地域社会との接点を積極的に創造する。 球団の基本ビジネスモデルとしては、
・ 社会に根を張った「育成型」チーム
との目標を掲げ、チーム改革に望んだこと。ファイターズスタイルに会った選手を育成 野球振興 セカンドキャリアの提供 ・ 長期継続的に安定した経営が出来る自立した企業 スタジアム集客を最大限の企業基盤としての経営 集客による企業ロイヤリティーのアップ (スポンサー、放映権、マーチャンダイジング、その他に連動) ・ ファンサービス・ファーストの更なる努力 顧客に満足から感動を提供出来るスポーツエンターテイメントの提供 地域社会から圧倒的支持を得た道民の公共財に ファンの視点に立ったサービスの提供 ・ 北海道を全国に発信する企業に ファイターズブランドを「地域の誇りとしてのプランド」に そしてそんな中で、「ファイターズに入ればなかなかクビにならない」「選手に対してNOを言えない強化部」「契約更新時のデータ不足」「強化部自身のプロ意識の欠如」などの問題を持っていた『生ぬるいチーム体質』を、「強化部のプロ意識への人材登用」「役割分担による強化部の責任の明確化」「勘・経験に定量的データによる査定の確立」なとを図り、『育成型のチーム』へ改革を図ったこと。 チームの強化方針としては、『チーム方針』として、「ファイターズ=戦う集団」として、常に全力で、最後まで諦めずに戦うことを実践し、そんな中で、ただ勝利ではなく常に全力で戦う姿勢を示すことにより、ファンに対して希望と感動を与え続けることができるようにとの方針を持っていること。 また、『強化方針』として、「スカウティングと育成で勝つ」ことを第一とし、スカウトによって、ドラフトで獲得した選手を、鎌ヶ谷のファームでコーチ陣が育成し、1軍の札幌ドームで勝利に貢献できる選手にするという選手供給サイクルの確立を目指していること。 そんな中で、2005年、2006年にはベテランを中心に、10人程度の解雇を行ったが、これは若手にチャンスを与える為であり、そこからもチームの強化を目指したことなど。 そしてこれらのチーム編成は強化部が全権を持ち、監督であっても異議を唱えることは出来ず、梨田監督就任時にも、これらのシステムを理解できることと、ファンサービスが出来ることが最低条件であったこと。 更には、『勘・経験+IT活用の実施』を実践し、まずは全コーチ、スカウトがパソコンを持っことから始まり、GMとベースボールオペレーションによる評価と配置を行っていること。 これは、1軍・ファーム・スカウトの三位一体化と全体最適化として、「スカウティングによる選手能力の適正評価」「ファームにおける計画的育成」「スカウティングといく生徒の情報の一元化による選手の適正配置」が挙げられるが、具体的には各コーチ、スカウトは毎日GMに対して情報、評価を挙げなければならないが、それに関してお互いの評価は見ることが出来なくなっており、フロントからのコーチ、スカウトに対しての評価にもつながっていること。 また、スカウティングと育成におけるファイターズが求める選手像として、一流のアスリート、一流の社会人、ファンサービスファースト精神を持つことの3点から、「野球を通じて社会に貢献する、強い存在感を持つ」ことが求められること。 そしてこれらを求めるにあたり、鎌ヶ谷では、僧侶や障害者アスリート、NGO関係者や元薬物依存者などを講師に招き、毎月勉強会を開いていること。 球団の事業方針としては、長期的に安定した自立した企業を目指すとし、地域に支持され愛される為に、地域社会から支持を得る地道な活動、集客によるビジネスモデルの確立を実践し、またファンサービスファーストの実践の為に、ファンに満足・感動を提供すること、ファンの視点に立ったサービスの強化、マーケティングを進める上の見える化を目指していること。 しかしこれらを実践する中でフロントは、
・ 東京時代と同じように尾や会社が赤字補填してくれるので潰れない
などの問題点を抱えていたが、これを「北海道日本ハムファイターズはサービス業である」との理念を念頭、・ ファイターズの職員なのに、日本ハムに入った気になっている。 ・ 中小企業なのに大企業のように縦割り組織の為、他の部署のことには無関心。 ・ 試合のある日はフロント社員も野球を見ることができると思っている。 ・ リーダーシップを取れる人材がいない」 ・ 業績を社員に開示していない。
・ フロント社員は野球協議に関わる仕事には就かない。
との意識改革を行い、更には、・ フロント社員は野球の試合は見ない。 ・ フロント社員はサービス業である。
・ 縦割り組織から横割り組織に大幅に変更。
との会社組織の変更も行ったこと。・ 職員の担当の大幅な入れ替えの実施。(各部署別セクト化主義の排除) ・ 社員のプロパー化 ・ 新規採用は北海道出身者に。 これに関しては、現在は70人程度所属しているフロント社員も、本社からの3人の出向社員を除いては社長を含め、そのほとんどがプロパー化されており、50代の社員もわずか3名。そして北海道出身者がその7割を締めている。 これまでに行ってきた施策は、
『地域密着活動』として、
などが行われ、これに関しても、「開幕シリーズ」「We Love 北海道シリーズ」「おやじナイト」などの試合プロジェクト。「少年野球大会」から「ファンフェスティバル」などに及ぶその他のプロジェクトは、試合運営グループ、ファンクラブグループ、総務グループなどが各プロジェクトのリーダーを務め、そのリーダーが自らのプロジェクトメンバーを社員からスカウトして企画を進めていること。・ 選手の学校訪問 ・ 選手の地方でのサイン会 ・ 選手のテレビ出演 ・ 少年野球教室の開催 ・ ファイターズカップ少年野球大会の開催 ・ B・Bによる幼稚園訪問、地域訪問 ・ ダンスアカデミーの開催 ・ 1、2軍の地方開催 ・ ファイターズエコプロジェクトの実施 『集客対策』として、 ・ 区民デーの開催 ・ 小学校招待デーの開催 ・ 715チケットの開発 ・ なまらチケットの開発 ・ 集客イベントの開催 ・ 平日対策チケットの開発 ・ 最前列シートの開発 ・ VIPシートの開発 ・ 指定席パスポートの開発 ・ IT化によるマーケティング また、これらのプロジェクト実施に関しては、
・ 喜ばれるファンサービスを
の3点を求めることにより、・ 集客予算の確保 ・ プロジェクトリーダーは全てを把握すること
・ 思いついたことは何をしても良い
との実施指針へとつながること。・ 失敗をしても良い、次にやらなければ良い ・ 後悔しないように、思い切りやりきる ファンサービスとしては、チケットの販売方法を数年前まではプレイガイドを通した販売が70%以上だったものの、現在はIT化を図ることにより、球団ホームページからの販売が69%になった。 また、IT化によって、従来は球団ホームページからは試合の2週間後以降のチケットしか購入できなかったものが、試合当日でも購入が可能となり、更にQRコードを用いたチケットレス化などを図れると共に、チケットの販売状況の即時把握、また、どれだけのチケットがどの地方に、どの世代に売れているかなど、詳細なデータの把握も可能になったことなど、12球団で初めてとなる試みも多く実践していること。 ファンクラブのサービスとして、入会年数による差別化を行っているが、これは藤井社長自身が本社のスポーツマーケティング部に所属していた当時、ドイツのサッカークラブチームであるバイエルンミュンヘンで1年間出向こうしていたことがあり、そのヨーロッパでのファンクラブに対するサービスが見本となっていること。 これらの講演が約1時間30分にわたって行われた。 ただ、「日本ハムの人が来る」と見に行った小学生や中学生にはかなり難しい内容にはなっていたであろうが、僕にとっては非常に興味もあり、また、すごく満足度の得られる講演を聞くことができた。
関西弁で時折笑いも交えての藤井社長の講演には、多くの拍手が送られ、また、滅多にこのようなものに触れることができない片田舎の人にとっては貴重な体験となった1日であった。 |
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2009年12月06日
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