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2007.11.04 トレイ・ヒルマン監督が札幌ドームで退任会見を行った。 「素晴らしい思い出を刻むことができた。何の悔いもない。1つの敗戦で総括したくない。堂々と胸を張るべき成績を挙げたし、全てを出し切った。輝かしいことを達成したと心から言える」と日本ハムでの5年間を振り返ったヒルマン監督は、就任当初の頃のことを振り返りながら、「うまくいかずにイライラしたこともあった。それでも、今は穏やかな気持ちで一杯。最初は相当な覚悟が必要だと感じたが、勝てるようになる、と皆に言い続けてきた」と語り、「感謝の気持ちでいっぱい。素晴らしい選手に恵まれた」とコメント。 また、今年の日本シリーズで敗れたことに触れて、「燃料を使いきった感覚。脱力感がある」としながらも、「人に恵まれたし、選手にも多くを学ばせてもらった。日本の文化に身を置くことで、急激な感情の変化を見せることが周囲に悪影響を与えることが理解できた」とチームやファンに対しての感謝を強調。 更にダルビッシュ投手について、「彼のたぐいまれな才能を考えると、成長するだろうと思っていた。ケガなく順調に成長すれば世界でトップのピッチャーになる資質は十分にある」とコメントした。 そして梨田新監督の元で再始動するチームに対しては、「ファイターズのさらなる発展をお祈りしている」とエールを送った。 来季からはカンザスシティ・ロイヤルズで指揮を執るが、「日本で学んだことは多々ある。うまく取り入れていきたい」と意気込みを語り、「中日の福留孝介選手などFAで興味のある選手がいると球団には伝えてある」と、アメリカン・リーグ西地区で低迷しているチームの強化に既に心は向いていた。 一問一答
今後一切、口にしたくない日本食は? ミミガーだ。他にももう食べなくてもいいという食べ物は色々あるが、これだけは。トラックのタイヤを食べて いるような感じだ。豚の耳とは知らなかった。だまされたよ。外国人監督としての洗礼だととらえている。 来日中の趣味は? あまり時間がなかったから。滝野すずらん公園で家族と歩いたりとか。日本の子供達が遊んでいる姿を、い っぱい写真に撮ったりとかしたくらいかな。時間が許されるのであれば、家族と北海道中を旅行したかった。 ゆっくり温泉に入ったりとか、スキー場へ行ったりとか。できなかったですから。 もし2年連続日本一になっていたら決めゼリフは? 特にはなかった。でも昨年は『シンジラレナ〜イ!』が流行語大賞になると思ってもいなかった。それからは ずっと周りの期待感が高まっていたので、大変でした。 1番のお気に入りの日本語は? う〜ん。『ジョーキョー・ハンダン』(状況判断)だ。試合勘というか、常に持っていなければいけない大切なも のだから。 就任当初、実はチームを見てどう思った? 東京に来てチームを請け負った時、たくさんやることがあるなと。最初の印象は(マイナスの意味で)強烈で したからね。 日本の女性については? 特に関心を持って見たことはなかった。私が独身なら興味はあっただろうが、私には妻がいるから。 なお、ヒルマン監督は5日に一度アメリカに帰国し、24日に行われる優勝パレードに合わせて再来日する予定となっている。
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07-08 入団・退団・引退情報
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2007.11.02 佐藤義則投手コーチ、淡口憲治打撃コーチと、来季の契約を結ばないことが発表された。 佐藤コーチは現役を引退後、オリックス、阪神のコーチを経て2005年に日本ハムの投手コーチに就任。 淡口コーチは現役引退後、巨人のコーチを経て2006年に日本ハムのコーチに就任していた。 打撃コーチの後任には平野謙外野守備走塁コーチが就任することが決まっている。 また、先日フロント入りを要請されていた白井一幸ヘッドコーチが、要請を固辞て退団することが決まった。 佐藤投手コーチのコメント
契約しないなら早めに言って欲しかった。監督本人だけ喜んでいいのか。コーチだって一緒だろ。ワールドシリーズに出る人が練習を休むか? 球団は謝っていたけど。1年契約だからずっとは考えていないけど、時期が悪いよな。就職活動ができないよ。誠意がないよな。リーグ優勝までして残念。
淡口打撃コーチのコメント今ごろ言われても困ると言ったけど。前もって決まっているなら言ってほしかったな。(日本ハムが他球団の就職先を)探すのはできないと言っていた。
これから就職活動です。今後? 本当に難しい。
白井ヘッドコーチのコメント
監督がユニホームを脱ぐ時は自分も、と決めていた。要請を受けても『はい』とは言えなかった。申し訳ないと話した今後は外から野球を見たい。
島田利正チーム統括本部長のコメント
時期が遅れたことはおわびした。ヒルマン監督の退団あたりからねじれが始まった。
ダルビッシュ投手のコメント
ヒルマン監督が辞めるのもショックだったけど、それよりショックかも。寂しいし、いなくなるとは思わなかった。2年続けて結果も出したのになんで。
稲葉選手のコメント
球団に対しておかしいなという思いはある。投手を中心に守りきって勝ってきたのに、なぜ佐藤コーチが解任なのか。打線もみんなでつないできたのに淡口コーチが。
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2007.11.02 立石尚行投手、萩原淳投手に対し、戦力外通告がされたことが発表された。 立石投手は、市立船橋高−NTT関東を経て、1998年にドラフト3位で入団。 今季は1軍での登板はなかったが、先発もロングリリーフもできる投手として、そして今季はチーム最年長投手として若い投手陣の手本となった。 今回の通告に際し、立石投手に対しては球団職員への転出の要請がなされたが、立石投手本人は現役続行を希望し態度を保留した。 立石投手の通算成績
一軍成績 登板 勝 敗 S SP 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 1999 21 1 0 0 1 0 0 46.2 14 5 34 5.40 2000 27 9 4 0 1 1 0 112.2 51 2 68 4.07 2001 18 3 4 0 0 0 0 55.1 29 4 41 6.83 2002 8 0 2 0 0 0 0 10.0 1 1 10 6.30 2003 40 0 2 0 0 0 0 58.0 31 1 45 4.81 2004 28 4 3 0 3 0 0 76.0 21 2 57 3.55 2005 28 5 1 0 − 0 0 72.2 18 3 22 2.23 2006 11 3 2 0 − 0 0 49.2 15 0 26 2.72 2007 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ============================== 181 25 19 1 5 1 0 481.0 180 18 328 4.15 二軍成績 登板 勝 敗 S SP 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 1999 7 3 0 1 4 0 0 15.0 8 0 17 1.80 2000 9 1 1 1 2 0 0 11.1 11 0 13 3.97 2001 8 2 3 0 0 0 0 32.1 16 1 22 3.90 2002 11 2 0 0 0 0 0 51.2 15 0 35 2.61 2003 14 2 0 8 10 0 0 15.1 2 0 15 1.20 2004 2 0 0 0 0 0 0 3.0 1 1 2 0.00 2005 2 0 1 0 0 0 0 4.0 2 0 4 2.25 2006 9 1 1 0 − 0 0 17.1 2 0 12 4.67 2007 17 2 2 0 − 0 0 24.1 12 0 26 5.92 ============================== 79 13 8 10 16 0 0 167.0 69 2 82 3.50 立石投手のコメント
しょうがないです。誰でも来るものなので。
萩原投手は、東海大甲府高から1991年にドラフト2位でオリックスに野手として入団。2001年にピッチャーに転向し、今季途中に歌藤投手と共に、木元選手、清水投手との交換トレードで日本ハムに入団した。 萩原投手は現役の続行を希望している。 萩原投手の通算成績
一軍成績 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 打率 92 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 93 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 94 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 95 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 96 4 3 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .333 97 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 98 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000 00 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ============================================= 7 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 2 1 .143 登板 勝 敗 S SP 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 2001 1 0 0 0 0 0 0 1.0 1 0 1 0.00 2002 48 3 4 10 13 0 0 64.2 26 1 55 2.64 2003 42 1 3 4 5 0 0 61.1 46 1 57 6.90 2004 33 0 1 0 0 0 0 36.0 27 2 26 7.00 2005 49 3 2 1 − 0 0 81.0 34 3 73 3.89 2006 33 3 4 0 − 0 0 49.0 27 3 31 5.14 2007 5 1 0 0 − 0 0 8.0 4 1 5 5.63 ============================== 211 11 14 15 18 0 0 301.0 165 11 248 4.84 二軍成績(日本ハム在籍分) 登板 勝 敗 S SP 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 2007 16 1 1 2 − 0 0 23.2 8 0 29 4.18 萩原投手のコメント
ダメなら仕方ないと思ってテストを受けます。
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2007.11.01 2年連続の日本一を逃したこの日、球団はフェルナンド・セギノール選手と来季の契約を結ばない方針であることが明らかになった。 セギノール選手は2002年にオリックスに入団。2003年はニューヨーク・ヤンキースでプレイし、2004年からは日本ハムに入団していた。 セギノール選手の通算成績
試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 打率 02 89 280 39 57 8 0 23 134 47 1 0 0 0 40 6 104 5 .204 04 125 443 86 135 24 0 44 291 108 0 1 0 3 70 14 110 15 .305 05 133 489 72 141 20 0 31 254 86 1 1 0 1 45 9 141 12 .288 06 132 485 60 143 37 0 26 258 77 0 0 0 6 40 9 119 13 .295 07 134 546 50 117 21 0 21 201 68 0 0 0 2 65 9 130 14 .240 ============================================= 613 2243 307 593 110 0 145 1138 386 2 2 0 12 260 47 604 59 .264 セギノール選手のコメント
ビジネスの話だから何が起こるか分からない。自分の気持ちはファイターズ。4年間、素晴らしいことがたくさんあった。このチームでやりたい。
また、白井一幸ヘッド兼内野守備コーチとも来季の契約を更新しないことが明らかとなった。同コーチには既にフロント入りが要請されている。 白井ヘッドコーチは、日本ハムで2軍監督を務めた後、2003年にヒルマン監督が日本ハムの監督に就任すると同時に1軍でヘッドコーチに就任していた。
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2007.10.24 高田繁GMが10月24日付で退任することが発表された。 高田GMのコメント
昨年は念願の日本一となり、そして今年も連覇を目指している今、球団を去ることは大変心苦しく、また寂しく思います。北海道の皆さん、球団、選手、スタッフ、そしてファイターズファンの皆さんに温かく支えられた3年間は感謝の気持ちで一杯です。本当にお世話になり、ありがとうございました。
また同日、ヤクルトからは高田繁氏と新監督としての契約が合意したことが発表された。 |


