07-08 入団・退団・引退情報
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2007.10.20 メジャーリーグ、カンザスシティ・ロイヤルズが来季の新監督としてトレイ・ヒルマン監督と契約が合意に至ったことを球団HPにて発表した。 契約については複数年契約であるということ以外は明かされていないが、22日(日本時間23日)にはヒルマン監督が渡米し、本拠地のカウフマン・スタジアムで就任会見に臨む。 ロイヤルズは今季はアメリカン・リーグ中地区で69勝93敗、4年連続で最下位に終わっており、バディ・ベル監督が今夏に既に退団に意向を示していた。 そしてこのベル監督の後任探しに着手したデントン・ムーアGMは、ヒルマン監督の交渉の為に先週来日し、その際に合意に至ったものと思われる。 メジャーでの監督経験こそないものの、1990年から12年間、ヤンキース傘下の1Aから3Aで監督を務め、最優秀監督賞を3度受賞し、更に日本ハムでの功績も大きく評価され、ムーアGMも、「彼は素晴らしい情熱を持った優秀な人物。我々にとって、完璧な選択だ。過去5シーズンで日本ハムファイターズと共に日本野球界でも有数のサクセスストーリーを生み出した。彼は勝つことを熟知している。華やかな選手人生を送った候補は多いが、監督として彼以上はいない」とコメント。 ヒルマン監督は、「これは素晴らしいことだ。カンザスシティで勝者を育てるという大きなチャンスを与えてもらった」とコメントして、この日のうちに急遽渡米。 ヒルマン監督から連絡を受けた島田利正チーム統括本部長は、「ロイヤルズに決定したので、アメリカに行かせてほしいと連絡を受けた」とし、これに対して藤井純一球団社長が、「本人の来年のことが決まったのなら、行かせてやるのが筋」と許可を出した。 再来日は日本シリーズ開幕直前の25日を予定している為、21日から始まるチーム練習、そして23日に札幌ドームで予定されている紅白戦は監督不在となるが、これに関して島田統括本部長は、「練習ですからね。ヘッドもいますし、そんなに監督がいるいないで変わるとは思わない。金子誠選手会長に伝えた時も、問題ないということだった」とし、更に、「うちにいた人間が請われて行くのは、嬉しいこと」とコメントした。 ヒルマン監督のコメント (球団広報を通して)
日本シリーズを控えた重要な時期に、数日間チームを離れることを心苦しく思います。一時帰国は本意ではありませんが、異国間におけるスケジュールの相違を避けられぬことをお許しください。来季、2008年より、カンザスシティロイヤルズの監督に任命されましたことを大変嬉しく思います。新天地の決定は、自身の人生の新たなスタートを意味します。しかし、今の私には、日本シリーズならびにアジアシリーズを制覇することに全力を尽くし、ファイターズの2007年シーズンを全うすること以外、ありません。 このたびは、北海道日本ハムファイターズより、私事への最大限のご配慮とご理解を賜りましたことに、心より感謝いたします。私は、素晴らしい球団の元、素晴らしい人々に囲まれていることを実感いたします。そして何より、最高の選手達に恵まれました。再来日を心待ちにいたしております。
ロイス・ヒルマン氏(ヒルマン監督の父)のコメント
彼はこの日を待ち続け努力していた。
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2007.10.17 大阪市内で梨田昌孝氏との交渉が行われ、来季からの新監督としての契約が複数年で基本合意に達した。 この日、日本ハムから交渉の席に着いた島田利正チーム統括本部長は、「1度優勝した実績があり、リーダーシップもあるし、ファンサービスに対する理解がある方だ。今の若い選手を生かしたチームづくりをしてもらいたい」と梨田氏の招聘の理由を述べた。 これに対して梨田氏も、「監督の要請があればもう一度、と常々思っていた。3年間でリフレッシュでき、気力、体力ともに今が一番充実している」と意気込みを語った。 梨田氏の新監督就任の正式発表は、クライマックスシリーズ終了後の20日にも行われる予定で、それまでに契約の細部が詰められる。 梨田氏の会見でのコメント
近鉄が合併という形でなくなったということで、自分自身の故郷がなくなったという感じで。監督の要請があればもう1回やってみたいという気持ちでずっと評論してました。
もっと点をうまく取れると思う。足を絡めたスピーディーな野球をしたい。近鉄時代のようにはいかないかもしれないが、長打力不足だし、点をもう少し取れるようにしないと。選手の潜在能力を引き出したい。 今、日本ハムファイターズは強いので、そういった意味でプレッシャーは相当あるが、いい感じでやれるかなと。北海道のみなさんにずっと愛されるチームであって欲しいし、その中に僕も入れるという気持ちでいる。 |
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2007.10.04 鎌倉健投手、中村渉投手に対して戦力外通告がされたことが発表された。 鎌倉投手は、川之江高から2002年ドラフト3位での入団。 2005年には先発ローテーションに定着するなどして7勝を上げた。 しかしその後は右肘の故障に悩み、今季は1、2軍共に登板がなかった。 中村投手は、八戸西高−青森大−三菱製紙八戸クラブを経て、2004年ドラフト7位での入団。 プロ3年間で1軍手での登板はなかった。 今後については、鎌倉投手は未定。中村投手は現役続行を希望している。 鎌倉投手のコメント
頭が真っ白です。今後のことは親にも相談して考えたい。
鎌倉投手の通算成績
一軍成績 登板 勝 敗 S 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 2003 2 0 0 0 0 0 3.0 1 2 3 9.00 2004 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2005 19 7 5 0 0 0 92.0 22 2 40 3.72 2006 7 0 2 0 0 0 10.2 4 1 4 4.22 2007 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ============================== 28 7 7 0 0 0 105.2 27 5 47 3.92 二軍成績 登板 勝 敗 S 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 2003 17 2 6 0 0 0 38.2 23 3 20 4.42 2004 13 0 1 1 0 0 26.1 8 1 11 7.18 2005 3 0 1 0 0 0 8.0 1 0 3 4.50 2006 7 0 4 0 0 0 27.1 8 2 22 3.29 2007 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ============================== 40 2 12 1 0 0 100.1 40 6 56 4.84 中村投手の通算成績
二軍成績 登板 勝 敗 S 完投 完封 投球回 四 死 三振 防御率 2005 9 1 2 0 0 0 27.0 3 5 14 6.67 2006 22 1 3 0 0 0 41.0 11 1 15 3.51 2007 7 1 1 0 0 0 8.0 1 0 4 2.25 ============================== 38 3 6 0 0 0 74.0 15 6 33 4.62 |
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2007.09.23 高田繁ゼネラルマネージャーが今季限りでの退団を示唆していることが明らかになった。 この日、報道陣から、2004年11月に交わした3年契約が10月いっぱいで切れることについて聞かれた高田GMは、「(球団に)返事はしていないが、監督も代わるし、1年(契約を)延ばす考えもあったけど、新体制に移るいいタイミング」と語った。 ここまで球団側は7月からオプションを含めた2年の契約更新等を再三に渡り申し入れていた。 しかしそれに対し高田GMはここまで返答を保留。 現在、1軍帯同での移動がほとんどであることに対して、高田GM自身は以前からアマチュア野球の視察等の為にチームとは別行動で自由に動けることを希望しており、この点についても見直される方針で、島田利正チーム統括本部長も、「オフは札幌にいなくていいですよと伝えた。残ってもらえるよう最大限努力する」とコメント。 一方、高田GMは2004年オフに契約を交わした際、「3年のうちに優勝を果たしたい」と目標を掲げたが、これに対して実際は2年目で目標を達成。
これに関しては、「2年で辞めようと思ったくらい。日本一にもなったし、今年もこれだけの戦力でやれているし・・・」と語っており、自分自身としては現在進められているヒルマン監督の後任人事を自らの日本ハムでの最後の仕事とし、レギュラーシーズンの終了までに正式に球団に対して退団を申し入れる見込みとなっている。 また、「この球団がしっかりしたビジョンを持っているから引き受けてきた」と、退団意向も他球団で何からの職に就く考えがないことも明らかにしている。 |


