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このトークショーに出演したのは、木元邦之選手、高橋信二選手、森本稀哲選手、實松一成選手の4人。 今回僕は、このイベントを見るべく、夜中のうちに札幌を出発し、朝の7時過ぎには現地に到着した。 到着してからしばらくは車の中でゆっくりしていたが、8時少し前にちょうど隣の車から出てきた人と一緒に会場の前まで行ってみたが、寒いこともあってやはりまだ誰も並んだりはしていなかった。 そこでちょっと中を覗いたりしていると、中から掃除のおじさんが出てきて、「中で待ってていいですよ」と言ってくれた。 今日のイベントは13時30分からだったので、長時間外で待つのを覚悟はしていたが、思わぬ救いの手が伸びてきて助かった。 中に入ってからはしばらくは僕たち以外は誰も来ず、ゆっくりとテレビを見たりながら過ごしていたが、次第に人が少し集まりだしたので、会場の大ホールの前に並ぶことにした。 そこで大体3時間くらい過ごすことになったのだが、今回のイベントの主催でもある伊達ロータリークラブの人の中に知り合いを見つけて、世の中狭いなぁ・・・なんて思いながらいたのだが、後々になって、これがすごいいい方向に作用することとなった。 ちなみにその人は伊達ロータリークラブの会長だった。 このイベントは元々、トークショー&サイン会として球団側からは告知されていたのだが、実際に聞いて見ると、まず会場の前の方の席に地元の少年野球の子達を入れ、それから一般の人が入ること。 そしてサイン会はすでにその子達の中から決まっていることを聞かされ、サイン会に関してかなりガッカリさせられた。 12時くらいになると、やっと整理券が配られたのだが、それがグッズ抽選会の抽選券にもなっているということで、半券に名前を書いてから会場に入った。 会場の外ではじきに少年達と選手の写真撮影会が始まったので、とりあえずはそこに行って僕も写真撮影。 ただ、13時20分に終わるはずのその撮影会も12時30分くらいには終わってしまい、また時間を余すことになってしまった。 だが、ここで時間が余ったことも後で考えてみたら良い方向に作用していた。 この余った時間、僕はさっきの会長のところに行って話をしたり、他のロータリークラブの人とも話をしたりしていたのだが、その中でサイン会の話になると、何と会長の”顔”で、サインをもらってくれると言うのだ。 トークショーが終わったら・・・ということで話がまとまり、「人の繋がりってっぱり大切にするべきだなぁ・・・」なんて思いながら席に戻った。 話の内容は多岐に渡った。 野球を始めたきっかけを聞かれ、木元選手は、中学校の終わりくらいになってから真剣に野球を始め、それまでは色々なスポーツをやっていたことを教えてくれた。 實松選手は、友達と野球をして遊んでいた流れでそのまま野球部に入り、そのままの流れでずっときたということ。 そしてそれだけでなく、サッカー、水泳など、色々なことをやっていたことを教えてくれた。 森本選手はお父さんにサッカーをやることを決められ、隣町まで自転車で30分ほどかけて通っていたが、学校に行くとみんな野球の話題で盛り上がっていて、自転車で通うのが面倒だったことと、話題に入りたいことからお父さんに「野球がやりたい」と言ったらしい。 しかし真のサッカー派であるお父さんからは「ダメ」の返答があったのだが、そのお父さんでも頭が上がらないというおじいちゃんの「やりたいならやりなさい」の鶴の一声で野球をやれるようになったという話をしてくれた。 木元選手は高校では全く無名のままに大学に進学し、プロを目指して大学の4年間は彼女も作らずに色々なものを犠牲にして練習に励み、その結果プロから指名を受けたのですごくうれしかったということだった。 そこでテレビでよくやっているように、急遽胴上げをしてもらったが、取材が来ているわけでもなかったそうだ。 森本選手は、帰りのホームルームの時に先生が「森本がドラフトされたから。みんな拍手」と言われ、まばらな拍手が起こったこと。 そして期待はしていたが、胴上げなんかがあるような雰囲気でもなく、1人だけ来ていた取材の人のインタビューを受けただけで、寂しいドラフトだったことを教えてくれた。 好き嫌いの話では、實松選手、高橋選手、木元選手は嫌いなものがない中で、森本選手は生いかと里芋が嫌いだということも聞けた。 体を大きくするために食べたものとしては、「やっぱりハムでしょ!!」(高橋選手)と、宣伝も欠かさなかった。 子供達からの質問のコーナーでは、「實松選手はどうして貧乏ゆすりが止まらないんですか?」という、大人では絶対に聞けないような質問が出たり、「木元選手は何歳ですか?」と言うような、いかにも子供らしい質問の連続ですごく盛り上がった。 さらに子供たちは名乗る時に、「○○と申すんですけど・・・」と変な日本語を使ったり、なぜか2度名乗ったり、それだけでも会場は大笑いだった。 その中で、「プロ野球選手になっていなかったら何になっていましたか?」という質問があり、これに対しては、實松選手が漁師、木元選手はプロになることしか考えてなかったけれど、ダメだったら実家を継いでいたと話してくれた。 高橋選手はラーメン屋、森本選手はケーキ屋と答えたが、これに対しては子供達から「似合わない」の声を浴びていた。 また、「森本選手は何でそんなに光ってるんですか?」の質問に対しては、「これは、光ってるんじゃなくて、テカッてるんです」と子供をうまくかわす場面も見られた。 この他にも色々な話を聞くことができ、短い時間ではあったがとても面白かった。 またグッズの抽選会では、選手の実使用バットやユニフォームなど、レアな賞品もかなり出品されていたが、僕はハズレ・・・。 トークショーに続いては、まず選手が一度退場し、一般の人が会場から出てから子供達に対してのサイン会をやるとのことだったが、僕はすぐに会長のところに直行。 すると会長は僕のユニフォームをステージの係りの人に渡してくれ、それに4選手のサインをもらうことができた。 サインをもらってからはしっかりと会長にお礼を言って、会場の人には出待ちの人もいたが、僕はもう大満足のまま会場を後にした。 今日はこのブログを見ていただいている方に、何度か声をかけられました。
とっても嬉しい事です。 このブログにコメントをよく頂いている方の中では、みっこさんに初めてお会いしました。 またお会いしましたらよろしくお願いします。 |
ファイターズを目撃!!
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6日、奈良原選手と立石投手のトークショーとサイン会があった。 まずは13時30分からジャスコ平岡店。 10時からは先着80名でサイン会の整理券が配られることになっていたのだが、9時には到着。 ちょっと急ぎ気味で整理券が配られる場所に行ってみると既に50人ほどの人が並んでいてちょっとビックリ。 僕も取り急ぎその列に加わった。 列には札幌ドームでの知り合いも数人いて、10時に券を貰ってからはずっと何人かで話をしながら時間をつぶした。 会場に行ってみてもまだ何も準備がなく、12時を過ぎてからやっとステージ(と言っても10cmくらいの高さのモノ)やパイプ椅子が運び込まれてきた。 聞くと、千歳で入来投手と中嶋選手のトークショーがあって(知らなかった・・・ショック・・・)、それが終わってから全部運んできたらしいのだ。 トークショーが始まる頃にはかなり大勢の人が集まっていた。 奈良原選手が「スキーが好きぃ」な話とか、立石投手がドームのロッカーに字のほとんど書いていない絵本(!?)を置いている話。 そしてカレー部の話や、立石投手の『ストロベリートーク』などでも盛り上がり、30分の時間がアッと言う間に過ぎた。 そのあとは整理券を持っている人のサイン会があり、両選手は1人1人にすごく丁寧に接してくれ、サイン書いてくれた。 これが終わってからは、ジャスコ苗穂店に移動。 ここでは16時からまた奈良原選手と立石投手のトークショーがある。 車で約30分かかって到着すると、こちらは15時からのサイン会の整理券を配るための列ができていた。 すでに結構な人数が集まっていたが、みんながどこに行けばいいのか戸惑っているうちに僕は好ポジションをキープした。 こちらの会場にも札幌ドームの仲間がいたので、時間までまた話しをしながら時間をつぶした。 開始時間になる頃には平岡店以上に大勢の人が集まり、上のフロアから会場を見ている人も沢山いた。 こちらのトークショーでは、北海道で行ったことのあるところとか、選手同士の仲の話などで盛り上がった。 ちなみに奈良原選手はプロ野球選手にならなかったら白バイに乗りたかったそうです。 そして立石投手は自動車の整備工だそうです。 来季の目標については、奈良原選手は、
「ファンの期待に応えられるようなチームにしたい」
また、立石投手は、
「大通公園をパレードして、みなさんと喜びを分かち合いたい」
と答えた。ここでも約30分のトークショーのあと、サイン会があったが、今度は絶好のポジションで写真を撮りまくった。 2回のトークショーの為に、今日は約8時間ほど時間を費やしてしまったが、奈良原選手、立石投手に対する好感度がより一層高まったいい1日だった。 写真、120枚ほど撮ってしまいました・・・
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8日、札幌市内で行われた「uhb秋まつり」で稲葉篤紀選手と建山義紀投手のトークショーがあった。 トークショーそのものは13時35分からだったが、僕は10時の開場時間より前に行き、会場の外に並んだ。 uhbは我が家から徒歩で5分くらいのところにあり、移動にはこの上なく便利だ。 僕が到着したのは9時40分頃。 既に約30人ほどの人が並んでいたが、そのほとんどが普段レフトスタンドでよく見る顔ばかりでちょっと笑えた。 開場時間になってからは余裕で2列目の中央、最高の席をキープできた。 このまつり、近所ということもあって去年も来ていたので、楽しみ方はわかっている。 トークショーまでの約3時間半も楽しく過ごし、やっとその時間がやってくると、これをやはり待っていた人がいっぱいいて、いつの間にか立ち見の人も大勢になっていた。 まずはuhbの遠藤アナと解説の広瀬さんが出てきて、すぐに稲葉選手と建山投手も出てきた。 普段はなかなか近くで見ることができないだけに、かなり嬉しかった。 トークショーは約30分だったが、普段は聞けないような話とか、うまく広瀬さんが引き出してくれてとても面白かった。 (記事のカタチとしては不恰好になってしまいましたが、当ブログを見ていただいている方に喜んでいただけるようにいっぱい写真をアップしました。)
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曇っている上に風が強くてちょっと肌寒い朝だった。 敷地の奥に入っていくと、今までパンフレットやテレビなどで見たことのある練習場が見えてきた。 また、そのすぐ横には合宿所もあり「へぇ〜、これがそうかぁ〜」と思いながら、僕は誰もいないその場所でマジマジとそこら辺りを見ていた。 選手が誰か出てきたらいいなぁ・・・と思いながらしばらくすると、僕が入ってきた入り口と逆の入り口からおじさんが一人、こっちに近づいてきた。 大きな黒いバックを持ったそのおじさんは、練習場のすぐ横にそのバックを置くと、おもむろにバックを開けて中身を引っ張り出し始めた。 出てきたのはボールだったり、スポーツ新聞のファイターズの記事が出ているものだったり・・・ 「あ、この人もファイターズのファンの人なんだ」と、そこで初めてわかった。 この空間にはそのおじさんと僕の2人しかいない。 僕達は程なく話をし出すようになり、聞くところによるとこのおじさんはここに毎日のように通い、実際にサインをもらったり、写真を一緒に撮ったりと、ファイターズの選手と何度も会っているとのことだった。 実に羨ましい話だが、その分苦労もしていることも聞いた。 真冬の雪深い、寒い時にも足繁く通い、そしてサインをもらったりしているとのことだった。 僕は一昔前、まだファイターズ移転が決まる前、ベースボールカードを持ってはプロ野球のチームが滞在しているホテルに行き、サインをもらったりしていた。 当時は一年間でそんなにいっぱいプロの試合があるわけでもなく、たまに試合があると、睡眠時間を削って、仕事の直前まで選手を待ったり、また仕事が終わってから何時間もホテルの外で待ったこともあった。 そんなことを常に1人でやっていた為、待つ苦労とかそういうのはわかっているつもりだ。 そしてそんな苦労の末にサインをもらえたり、握手をしてもらえた時の喜びもわかっているつもりだ。 あの当時はファイターズが試合をしに札幌に来ても、ホテルまで追っかけに来ている人は多い時でも5人くらいだった・・・ 2人でしばらく話し込んでいると、じきに昨日の仲間(仮にS氏とする)も到着し、僕達は3人で待ち伏せ(!?)した。 そのうちに同士が増え、最後は5人になったが、僕以外の4人はここてよく顔をあわせるということで、僕はその仲間に入れてもらったカタチとなった。 寒いのでトイレの手を乾かす機械を動かして暖をとったり、しながら時間を過ごしていたが、僕が到着してから約2時間がたった頃にやっと合宿所から人が出てきた。 よく見るとそれは飯山選手で、僕達はゆっくりとサインをもらったり、一種に写真を撮ってもらうことができた。 とても感じのいい人だった。 更にしばらくすると今度は吉崎投手が来て、またサインをもらい写真も撮ってもらい・・・僕はもう既にかなり幸せな気分だった。 が、まだこれでは終わらない。 このあとも森本選手が合宿所から出てきたり、小田選手がタクシーで乗り着けたりし、そのたびにサインや写真をお願いしたが、誰も面倒くさそうな顔をすることもなく、快く応じてくれた。 そして更にはミラバル選手が自ら運転する車で来て、横山投手もタクシーで合宿所を訪れ、その2人もサインと写真をお願いし、しっかりと両方とももらった。 そんな中、小笠原選手もタクシーで来たのだが、とても急いでいるようでパッと合宿所に入ってしまうと、2時間くらいは中にいたのだが、最後は裏から車で帰ってしまい、今日唯一サインをもらえなかったのだが、まぁすぐ近くで見れただけでも良しとしなければ・・・ 聞くと、こんなに沢山の主力選手が続々と来ることは滅多にないと言う。 僕はすごく恵まれていたようだ。 結局1人、2人と仲間が帰っていくなか、僕は最初のおじさんと2人で18時までそこで粘った。
結局8時間もずっと立ちっぱなしで、何も口にすることもなく、ただひたすら待っていた。 でもそれに見合ったものは十分に手にできたし、何よりもまたこういうことで仲間が増えるのが嬉しかった。 |
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ファイターズが以前から支援している心臓病の石原春輝くんを支援するものだが、試合前に整理券を手にできた400組だけがグラウンドに降りられた。 司会はドームDJのグッチーさんが務め、ヒルマン監督も参加してのオークションだったが、僕達にとってはまず試合終了直後のグラウンドに降りているという事実が何より嬉かった。 後ろには白井ヘッドコーチや、今村社長も来ていた。 グラウンドに降りて見た人工芝はとても綺麗だった。 僕と横ちゃんはまず記念撮影を始め、チャリティーの開始を待った。 少し待つとヒルマン監督も登場し、安いもので1000円据え置きでのオークションから始まった。 最後の高いものではSHINJO選手や小笠原選手のバットが10万円近い値をつけたり、ヒルマン監督のユニフォームに今日のベンチ入りのメンバー全員のサインを入れたものは何と25万円の値をつけた。 例えば木元選手のプロテクターが出てきたら、オーロラビジョンに木元選手の画像が出たりという楽しめる演出もあり、約2時間の会だったが凄く楽しめた。 |




