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四国遍路に その54

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第54番札所


 ◎近見山 延命寺(えんめいじ)  今治市阿方甲

  本尊 不動明王


 松山市から今治市にはいる。
 今治といえば、やはりタオルだろうか。タオル美術館なるものがある。これがけっこう人気なのだ。今治にはいるとお遍路さんに接待としてタオルを渡される方が多くなった。かく私は4枚タオルを頂き重宝している。

 この寺は元々円明寺といっていたが、それでは松山の第53番札所の円明寺と同じ名前なので、明治初期に今の延命寺と改名された。
 開基は行基で、来島海峡を一望する近見山に不動明王を刻んで本尊した。

 国道から参道に入り仁王門があり、続いて山門となる。
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 この山門は、藤堂高虎が築城した今治城の城門の一部を移築したもの。

 その正面の壇上に本堂がある。 
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 興味を引いたものは、破風の上に大きな桃のような宝珠の瓦がドンとある。これも地元が笠間瓦の産地ということに寄るのか。

 大師堂は、本堂の左側のさらに石段の上にある。上道はアセビやツツジなど咲き誇って見事である。 
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 先達さんから、この寺には「近見太郎、近見二郎、近見三郎」と呼ばれる3つの梵鐘が伝えられているとのこと。
 それは、「昔、長宗我部氏の侍がこの寺の鐘の音色に魅了され、略奪しようと船に乗せたが、鐘が『いぬる、いぬる(帰る)』と泣き始め、自ら海に落ちた」という。
 その2代目が「近見二郎」で、現在は山門の外に
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 さらに3代目の「近見三郎」は山門の内につるされている。
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 しかし現在では「近見二郎」は大晦日の日、除夜の鐘としてだけ、その美音は披露されているようだ。

 参道の脇に「越智孫兵衛」なる者の供養塔があった。
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 彼は、年貢に苦しむ農民を救おうと尽力した庄屋で、その功あって享保の大飢饉でも餓死者を出すことはなかったという。以来、毎年8月7日には今でも盛大に慰霊祭が行われているようだ。

 円明寺から約34.5キロ

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