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壷阪山 南法華寺 −壺阪寺−
真言宗
本尊 千手千眼観世音菩薩
近鉄吉野線・壷阪山駅から国道169号線を吉野方面に約2キロ進むと壺坂寺案内板がある。そこからさらに2キロ山をかき分けるように登っていくと壺坂山 南法華寺がみえる。
由来を読むと、大宝3年(703)に元興寺の僧であった弁基上人がこの地に庵をつくった。彼は水晶の壺がお気に入りであったが、あるとき壺の中に観世音菩薩を感得し、像を刻み、壺とともに坂の上の庵に置いたという。それゆえに民衆は彼を壺坂上人と呼ぶようになった。
そのことを聞いた元正天皇が八角殿を建てて壺をおさめ、像を安置し、南法華寺の寺号を与えたとある。
本堂横に建つ三重塔
本尊
大石堂(納骨堂)の前にあるインドの仏教彫刻
本堂から望むインド渡来の大観音石像(20メ−トル)
早くよりこの観世音菩薩は、眼病を救うといわれ、平安時代の感霊録に眼に関わる記述がみられ、これをもとに明治16年に世話浄瑠璃「壺坂霊験記」がつくられたという。
簡単に紹介すると
寺の近くに沢市という目の不自由な人が住んでいた。妻のお里が夜更けになると外出するのをいぶかしく思い、妻のあとをつけていくと夫の目を治そうと観世音に祈願していたことを知る。
沢市は妻に大きな負担をかけていると感じて裏の谷に身を投げたが、妻もあとを追って飛び降りた。ところが不思議なことに二人の命は救われたばかりか、沢市の眼が開いたという。
この浄瑠璃が上演されると壺阪寺は全国に知られることとなり、今も眼の不自由な人たちを救済する社会事業として生かされ、境内に「慈母園」がつくられ、各地に養護盲老人ホ−ム、更正施設を開設しているという。
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