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サツキマス
休養します。

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岐阜市内を流れる清流長良川。 鵜飼観覧所、通称、納涼台。
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岐阜城のある金華山の直下を流れる長良川の左岸の切り立った崖の部分に、コンクリート製の、鵜飼観覧所がある。 現在では使われていないし、有刺鉄線が張られ、立ち入る事も出来ない。
長良川の右岸にある岐阜グランドホテルの対岸で、正面よりやや上流に位置する判りやすい場所にある。
岐阜では、戦前から、この鵜飼観覧所のことを、納涼台と呼び、永く岐阜市民に親しまれてきた。
現在の鉄筋コンクリート製の、鵜飼観覧所は、昭和36年に竣工され、暫く鵜飼観覧場所として、市が管理していたが、現在は、荒れ放題の、廃墟と化している。
実は、納涼台と呼ばれる建物が、もう一つ、その建物の、上流200mにも存在する。
今では雑木が茂り、右岸側からでも、よく見ないと、確認する事は難しい。
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昭和28年に竣工した、鉄筋コンクリート造の、二階建ての鵜飼観覧所が、雑木林の中に隠れていて、完全に忘れ去られている。
逆に、こちらの方が古くて、由緒?ある建物なのだ。
 
 
 
 
 
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戦前は、写真のように木造で作られ、結構な賑わいを見せていたようだ。
現在、左岸側からでは、交通のアクセスが悪く、鵜飼観覧所としては不向きなので、完全に忘れ去られた存在だ。 
すでに廃墟と化した納涼台には、何時の頃からか、浮浪者が住んでいた。
私が中学生の頃、すでに住んでいて、ちょうど二つの観覧所の間に、コンクリートブロック製の小さな小屋のようなものがあり、鉄製の扉が付いていた。
その中で、暮らしているのを目撃したし、後日、勝手に扉を開け、中を覗き、寝ていた浮浪者に怒鳴られて、恐くて逃げ出したこともある。
 
その後、私が高校生になってもまだ住んでいた。そして私は社会人になった。
平成の時代になり、久々に訪れた長良川でも、再度、浮浪者の姿を確認した。
 
同一人物とは思えないが、よほど居心地がいいのか、今度は、下の納涼台方に住んでいるのを目撃した。
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大昔、戦前の長良川の納涼台には、木製の観覧所が作られ、賑わっていた当時の
写真が残っている。
今の下の納涼台よりも少し上流に、木製の見学所が設けられている。
水中に半分没した大きな岩も、現在でも変わらず確認できる。
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現在よりも水深があったのだろう、今では、大岩は殆ど露出しているけどね。
 
今、岐阜市では、少し前からあるプロジェクトが立ち上がり、動き始めている。
それは、「長良川スタンドバイミー1950」と言う。
松田悠八さんと言う作家が書いたこの題目の本を劇映画として製作するプロジェクトで、2008年に、活動が開始された。 知っている人も多いと思う。
 
私は、全然知らなくて、最近偶然知ったのだけれど、この本のなかの文章の一節に、納涼台が登場している。
諸問題で、内容は書けないけど、子供たちが、リョーチャと呼ばれたオカマの死体を、納涼台の岩の上から、石を詰めて、長良川に流す場面が出てくる。
その岩はひょっとしたら、あの岩なのかな? そんな事を考えて見たりする。
もちろん、設定は、昭和20年代のことなので、今の鉄筋コンクリート製の納涼台ではなく、木製の観覧所だった筈だが、今でも昔の面影を残す岩などを見ると、何故か考え込んでしまう。
また、ここに登場するオカマのリョーチャと言う人物、実は、実在のモデルが存在する。
ここで、ピン!ときた人は、昭和20年代〜30年代に、夜の柳ヶ瀬の飲み屋街で遊んでいた人だろう。
 
その正体とは!
 
しょうちゃんと呼ばれた、和服を着たオカマで、カツラを被り、顔に白粉を塗って、当時の柳ヶ瀬の飲み屋街では、知らない人はいないほどの超有名人であった。
当時、柳ヶ瀬の近くに住んでいた父から、何度と無なく聞いていたし、母も、しょうちゃんのことを良く憶えていた。
私も、古い岐阜の写真集で、本人の顔写真を見たことがある。
現在ならともかく、20年代当時に、こんなへんちくりんな格好をして、飲み屋を闊歩していた御仁がいるとは、実に驚きだ。
当時の子供たちには、その奇抜な格好は、強烈な印象を与えたであろう。
何でも、今で言う、殴られ屋? のような事をしていたらしく、客に殴らせて、お金を稼いでいたらしい。
 
現在でも、何かの拍子にこの話が出ると、当時を知る年配の人が、まるで子供時代に戻ったように、目をランラン輝かせて、話をしてくれるのが、私にはとても楽しい。
 
この作家の、松田悠八さんも、そんな一人に違いない。
 
さて、話は変わるけど、一昨年、古い方の納涼台の少し上流で、ミイラ化した死体が発見された。
飛び降り自殺だと言われているけど、真相は判らない。
切り立った崖に、鬱蒼と茂る雑木、薄暗い風景、浮浪者や、ホームレスの溜まり場、何かイメージが悪い。 
 
右岸から見ていて、左岸に幽霊のの姿を見たと言う釣り人も居る。
平成20年の岐阜市議会の、9月議会の松田議員の一般質問議事録には、下の納涼台で、浮浪者が人知れず死んでいた事実の記載がある。
 
急な崖だし、草木が茂り、日中でも日の当たらない長良川の左岸側は、気味が悪いのか、殆ど人が入らないし、自殺者や、浮浪者が何人死んでいても、誰もその死体を見ることはない。
 
現在、左岸側から、下の納涼台に降りる小さなスチール製の廻り階段は、有刺鉄線が張られて、中に入れないようになっている。
 
この場所は国と、県の所有地で、岐阜市が国や県に、現在でも年間15万円という賃料を支払い続けている。
急な崖なので、壊すにもお金が掛かるし、鵜飼の景観として考えると、野放し状態の古い構築物は、見た目があまりよろしくないし、過去の経緯を知る者にとっては、近づきたくもないだろう。
 
私は子供の頃からの思い出があるので、そんなことはけっしてないが、確かに夜に近づくには勇気がいる。 
 
まぁ、当分、誰も手を付けないだろうけど。
 
※この文章は4年前ににほぼ完成していたのですが、諸事情で、放置されたままでした。
「長良川スタンドバイミー1950」は、まだ完成していません。
 企画倒れに終わるのか? それとも・・・
 
 
 
 

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