わしの空虚退廃生活

わしのぼけーっと、ぐーたら生活を暴露しちゃいます

思考回路

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遺書。

 えぇ〜、ワシはこのブログの他の記事でも書いたけど、3月11日から、フィリピンへ行きます。非常事態宣言は解除されたとは言え、日本より安全な国は地球上には少なく、外国へ行くということは、リスクは多少なりとも伴うことです。人間なんてそうそう死ぬモンじゃないけど、死ぬ時はあっけなく死ぬんだろうと思います。備えあればうれしいなです。憂いなしは言いすぎだと思います。例えば。いくら試験の備えがあっても、試験の本番前などには憂いがあると思います。
 ホントは、当初の出発予定だった2月25日に投稿する予定だったのですが、延期になったため、遺書もワシの頭の中でだけあたためて、投稿しませんでしたが、本日投稿させていただきます。
 ワシが死んでしまったら、まず、死体があればひとまず、焼いて下さい。なければ、もうどうでもいいです。で、遺骨は乳棒と乳鉢かなんかで、ゴリゴリすって、粉々にしてください。
 で、もし希望者がいれば、その粉の一部をカルシウム剤として、飲んでもらって下さい。ただし、腹を下してもしりません。
 次に、その骨の粉の残りは海に流してください。堀江の海がいいです。でも、打ち上げられないようにちゃんと、海流を計算して、いずれ太平洋、沖縄、フィリピンにたどりつくようにして欲しいです。
 できれば、骨の粉の一部はガンガーにもながして欲しいです。ガンガーを見れば、もしかするといるかも知れないワシが死んで悲しんでるヒト達の心も癒えるかもしれんし…
 
 もし、ワシが死んでも、「若くして亡くなって」とか「まだ、これから先があるのに」とかいう悲しみ方は絶対にやめてください。ワシはそんな人から同情されるような人生を送ってきたとは思いません。自分のしたい生き方をしてきたという誇りがあります。なので、悲しむならば、これからワシと話すコトは出来ないというコトを悲しむというベクトルの悲しみ方をしてください。
 事実、ワシはこれまで、親をはじめ多数の方々に多大な迷惑をかけ、自分だけは楽をして生きてきたと思います。その恩返しもせずに死んでしまうとは、身勝手なコトこのうえありません。なので、死んだことを恨むコトはあっても、同情することはやめて下さい。
 日本人はそもそも、豊かにくらせています。やけん、ワシが死んだら幸せすぎた業とか、どっかの誰かがやった幸せの再分配ってコトだと思います。日本人の平均寿命が長すぎたから、きっと短くしたんでしょう。
 生まれてから、さして苦労もせず、高校はやめたけど、結果的にはそれで、出会いがあったり、いい大学にも入れたりここまで、順調すぎるぐらいにやってきたと思います。でも、これから先はどうなるかは分かりません。就職や卒業も分かりませんし、就職できても、続くのか…スーツを着るのは大嫌いですし、ネクタイは人類史上最低の発明だと思っています。
 先のコトがこれまでのように順風満帆もしくは結果オーライにつながる保障はありません、ホントにこれまで、ワシに迷惑を掛けられ続けた人や、養ってくれた親には申し訳ないですが、もしフィリピンで死んでも、それは完全にワシが自分のやりたいことをした結果です。なので、遣り残したコトが無いコトは無いですが、明らかに満足度の高い人生を送ったと自負するコトが出来ます。それはこのブログが物語ってると思います。特に、最初の方に書いたあいでんてぃてぃーの記事なんかには如実に顕れていると思います。
 もし、ワシが死んで、これから話したり出来んくて悲しいとか言う人がいたら、Coccoの風化風葬を聞くコトをおススメします。人間の脳の一番の得意技は忘れるコトです。とっとと忘れてしまいましょう。多分、なんら変わらぬ日常があなたを待ち受けています。
                      2006・3・09・01:22

 最近、チョット思って、ブログに書き忘れてたコトをムショ〜に書きたくなったけん、書きます。
 1、乗り捨て式の自転車が欲しい!!
2、成人式の人らが年上に見えん
 この2点です…他にもあった気がしたが、思い出せるんは…
 乗り捨て式の自転車っつ〜んは、なんかヨーロッパかどっかでやってるカンジで、お金を払って、チャリを借りて、で、返すときは指定された駐輪場ならどこでもオッケーってカンジの制度だったと思います。詳しく覚えてナシ…放置自転車とかの対策だとか?まあ、とにかく旅いでる先々でチャリに乗れたら便利だなぁ〜とそういうことです。大学に入ってから、免許を一切持ってないワシは電車等でいろんなトコに行きましたが、その先々でチャリが欲しいと感じました。チョット、話は変わるが、それにしても2005年になってから色んなトコに行ったなぁ〜。2004年は多分愛媛県から出たの1回だけですよ!!
 えぇ〜、成人式の人らは2年くらい前から年上ってカンジがしません。なんか、暴れたりするんを観るとガキじゃのぉ〜ってカンジがします。ま、お祭り気分で興奮しとんは分かるけどねぇ〜ってカンジまたそれにはガッコに行ってなくて、学年とか年齢をあまり気にしなくなったのとも関係があるかもしれませぬ…でも、大学入ってもまだ同じように思うってことは…
 あ〜、そういえば愛媛に帰って、コンビにの前でウンコ座りをしながら、あぁ〜ん?なんガンくれとんぞ!?ってカンジの少年達を見て、チョットもったいないなぁ〜と思いました。なんか、折角学校とかいう狭い社会に背を向けれたのにソコにある広い社会に気付けてないような…いろんなコト経験するチャンスな気がするのにねぇ〜。
 なんか、この記事ではヒタスラおっさんくせぇ〜ワシが全面に押し出されております。明日、テストやし寝ることにします。

 えぇ〜、ここ数日、諸事情によりブログ更新が停止しておりましたが、その理由などは闇に葬りつつ、日記は明日から書くとして、今日はなんか別のコトを書きたいと思います!!
 う〜ん、まずは!!冬休み読書&勉強計画!!
 1、英単語集をやる!
2、タガログ語を勉強する!
  3、社会学を勉強する!→ゲマインシャフトとゲゼルシャフトを読む!
  とにかく本を読みまくれ!
            こんなカンジデス。
 あ、あと、部屋を醤油さしなんかをビーカーにして、クレゾールとか噴霧して部屋を実験室っぽくしたい…
 実家に帰るなら、ついでに広島の平和記念資料館に行きたい。
 他にも、たらたら願望を書いてみよう…
 原付で鹿児島まで旅をして、そこからフェリーで6・15に沖縄に行きたいCoccoを聴きながら……8・4日くらいにヒロシマに行ってひたすら平和記念資料館を見て、8・6に黙祷をささげ、8・9にナガサキに行って、8・15にオキナワへ行きたい…また、原付で…そのためには原付の免許を取るために実家に帰らねば…原付も買わねば…













なんもかんも、投げ出して旅に出たい…

で、大学生になって、(前期は久々の社会生活(?)で、忙しくイッパイ、イッパイやったけん)特に夏休みゴロから後期始まるくらいにかけて、気付いたんよね。
 不登校、無職、高校中退っつ〜のは、わしのアイデンティティーになっとったんよ!!大学入るまでは、身分とか欲しいとか思ってた時期もあったんやけどね…
 でも、今は、普通の学生になってしまって(?)不登校、無職、高校中退みたいな強烈なアイデンティティーが無くなって、アイデンティティーが薄くなっとる気がするんよね。で、最近どーも、やる気がでんのじゃないかなぁ〜と思ってる。
 不登校、無職、高校中退に、勝るとも劣らない強烈なアイデンティティー…。
 なんか、ちょっと変えれば遺書にしてもおかしくない記事が…いや、自殺したりはしませんよ…
 でも、今聞いてる曲のタイトルは遺書だったり…ンフフフフ♪

アイデンティティー

 ふぅ〜。ついに語りましょう…わしの、歴史(?)。最近のダルさもコイツと大いに関係がある気がします。
 わしは、高校1年の秋、高校に行かなくなりました行けなくなりましたの方が、正しいんかも知れんが…。今となっては、判りません。
 一応、表向きは、元々あんま行きたい高校でもなかったし、学校行かんでもテストでええ点取れるし、行っても意味無いやろです。表向きっつってもウソじゃあないんやけどね。半分くらいガッコ行ってない状態で、テストだけ出て政経クラスで2位やったし…。
 ただ、わしは基本的に体が正直な人間で、中学校ん時から、今でもテストん時は腹が痛くなる(朝、無理に早起きしても)。センセに怒られたり、朝礼とかで、長い時間立ってたら、貧血を起こす。ガッコに行きたくないなと思えば風邪をひく。
 で、この高校時代も、毎日のように腹痛でした。
 で、そのまま、不登校生活は続く…こん時にはわしって生きとる意味あるんやろか…とかも考えてました。で、当然(?)次は死んだらどうなるんやろ…って考えます。で、結論は死んだら、週末にチュー太や、ふじーさんや、こいぶーと釣りに行けんやん!!!ってコトでした。チュー太、ふじーさん、こいぶー感謝してます。だから、この3人と思われる方は、絶対にこのブログを見ないでください万が一見てしまっても、見とらんフリして下さい。でも、ホンマにその、週末の釣りのために生きてたと思います釣りしてなかったら、死んでたかもしれませんやけん、釣りは死ぬまでやめませんで、この時にちょっとした悟りを開きました。それは、生きるんに、意味とか理屈とか必要ないんやなってコトです。別に生きてるのが、死ぬよりマシと思ったら(それが、「釣りが出来るか、出来んか」みたいに小さな違いであっても)生きとっても別にカマンのやなってコトです。
 で、さすがにずっと家にいるだけでは、始まらんので親に連れられて、心療内科(なのか、クリニックだったか…詳しく覚えてません)に行きました。高校を中退した人が行く学校を薦められました(岡山の方で、有名な釣り場が近かったんで、ちょっと心が揺らぎましたが(爆))やめました。心の中では大検って決めとったけん…なんでかっつたら、そーゆー高校にしろ、定時制にしろ、通信制にしろ現役での大学合格の可能性が絶たれるけん…とにかく、高校行ってるヤツら、に負けたくない!!!って気持ちがありました。
で、もうイッコ心療内科(コッチは確実に心療内科)に行って(だども、別に医療行為を受けるわけではなく…)そこに併設してあるフリースクールに通い出しました。(多分高1の11月の終わり)だども(また、「だども」って出た!!日頃、使わんっちゅ〜ねん!)別に何の勉強をするわけでもなく、ひたすら遊んでました。
 学校は出席日数が足らんなってダブり決定した時点で辞めました。これで、晴れて(?)職業:無職校則なんてもんもなく、髪を金髪にして、ピアスを開けまくり、バイトもして、原付免許とって…なんて、全くしませんでした。無気力でしたね。ま、ゴロゴロして、遊んで、釣りして、フリースクール行って、とにかく自由を満喫しました。
 で、4月ゴロから、大検とるために週3日大検の塾で勉強しました。高校と中学の財産をフル活用して合格!!!(しかも、試験の前日、とある島にフリースクールの行事で1泊2日で、泳ぎにムチャ焼けて、ヒリヒリしながら試験受けた(泣))またしても、グータラ生活の始まりです。「いいとも」や、「ごきげんよう」を欠かさず見てる16歳が一体この宇宙に何人おるか今、思っても幸せな生活です。  …ただ、いつゴロからかは、覚えてないけど酔っ払って電話してくるオヤジはうざかったです。「受験勉強はしよんか?」「おまえは、大学入ったって、卒業せな、ただの中卒やぞ」とか…ワシはオヤジ似なんやけど、やけん気持ちとかが、逆にわかって(ホントにわかっとったんかどうかはわからんけど…わかる気がして)言い返せんくて、更にムカついた(でも、心配してくれトンでしょう)まあ、そういうわけで、夜中にある、ヨーロッパのサッカーを気兼ねなく見れる日々が続く。
 で、翌年の4月ゴロから、大検のときにお世話になったK先生に「安い君なら、最低地元の松山大学くらいなら、行けるように出来る自信があるけん、ウチに通わん?」と言われて、通いました。週3日…
 で、勉強し始めるとなんかおもしろく(いや、やり始めは死にそうやったよ!)5月ゴロ親にもっと勉強したいと言って、予備校にも通うコトをオッケーしてくれました(どこにそんな金が…)週4日…
 ちなみに、予備校も、K先生んトコもフリースクールの近くで、午前中→フリースクール、昼→予備校、夜→K先生んトコってカンジです(K先生昼間は大検生みとるけんね)
 6月、これは、わしの自慢なんですがEURO2004民放で、放送した試合は全部見ました!!!夜の26:00〜30:00(朝6:00やね…)まで、2試合連続であったりしたけん普通の高校生にはちょっとキビシイでしょう。べつに、フリースクールは行かんくてもええけん、朝6:00に寝るとか普通でした。友達におはようさん、ギリシャが勝ったぞ!!!では、わしは寝るみたいなメール送った記憶もあります。
 いつやったか、佐藤琢磨が表彰台ん時のアメリカグランプリも生中継で見ました。たしか、27:00位〜やったと思います。
 そんなこんなで、高校生に対し、優越感を抱きつつ…受験生活は始まったというか…続いてくというか…さらに、高校生に優越感を抱くっつーコトで、内P、はねトび、エンタの神様、笑金、バク天は、欠かさず見る!!!と、心に誓いました。やっぱ、高校行ってないと時間の使い方は自由になり、余裕が出来る
 でも、この内Pをはじめとした、お笑い番組達は、受験の不安を絶ち切ってくれました。内P本当にありがとう、内Pがなかったら、受験を乗り越えれたかどうかわかりませんイヤ、冗談でなくマヂで!!終わってしまいましたが23日のスペシャルは絶対見ます!!!
 話を戻しましょう、8月…フリースクール閉鎖わしは、もう受験モードで、そんなに多くは、(でも、午前中は毎日行ってたけど…)行けなかった(というか、行けんくなるやろうと思ってた)けど、悲しいですね。閉鎖の理由は書きません。なんとなく…。
 で、そんなこんなで、受験の日はせまり、成績が順調に伸びたワシ4月には偏差値40なかったであろうワシが、12月ころには調子がよければ、60近く行く教科も…そこからも順調に…そのため、たしか、10月ゴロに志望校を近畿大学に…(時間が、行ったりきたりで、スンマセンm(_)m)
 オヤジは、「医学部か?」とか、聞いてきてうざかったです。どうやら、医学部は、オヤジの目標やったらしいです。 わしは、文系じゃ!!
で、無事、近畿大学合格!!!合格発表が、松山大学の受験の前日やったけん、当初の目標やった松山大学は、受験しませんでした。(ちなみに、ワシ、近畿大学合格を予備校に知らせるというかなんかで、「近畿大学」と書く機会があったんですが、「畿」ってカンジわからず、ひらがなで書きました。※センセが、直してくれたみたいやけど)
 で、後期日程というものを使って、わしが今、行ってる大学を ダメ元で、受験しました。受験会場は、香川にあったんやけど、前日に 讃岐うどんを食していたのが、ダメ元っぷりを物語っています(笑)で、見事に受かってしまい今に至るんですが(ちなみに受かったって聞いた時オヤジは泣いてたそうです。やっぱ、いい大学行ったほうが良いと思って心配してくれてたんよね)この、大学受けるときも「おまえなら、余裕やろ」とか言ってて、「いや、ダメ元やし…」とか思いながら、相手にしてませんでしたがまあ、もしかしたら、なんらかの自信になってたかもしれません。
 で、むっちゃ長くなりましたが、結論に入りましょう。
 このように、わしは不登校、無職、高校中退であることを生かして、楽して今の大学のような有名大学に入ったコトを誇りに思っとるし、学校やめて、ホンマによかったって思っとんよね。
 受験のときも、いかに普通の高校生活より、楽に、お得に大学に入るかっつ〜のを常に考えて、また、それを糧としてまがりなりにも受験生活を乗り切ってきたんよね!!
で、大学生になって、(前期は久々の社会生活(?)で、忙しくイッパイ、イッパイやったけん

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