Yasukiyo Q&A

久々に覗いたら、レイアウトが崩れてました。

■Yasukiyo史

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乱立したYasukiyoの書庫。この書庫がいかにして生み出され
そして消えていったのか、中国史風に書き記された歴史書庫・・・
それが、Yasukiyo史

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Yasukiyoの歴史13

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Yasukiyoブログの歴史を中国史風に紹介。

孫賓は次々に記事を作り投稿していきQ&Aを苦しめた。
またこの時代は、不作が続き国家予算(ブログに掛けられる時間)が
縮小し続ける時代(主な理由は管理者が飽きた為)でもあり各書庫の軍師達は
限られた兵糧の中で作戦を経てなければいけなかった。
これもQ&Aにとっては、痛手のひとつとなる。
基本的なWiki文法を既に記事化してしまったQ&Aは、一つの記事に多大な
予算(時間)を使わなくては進行できない状況になっていた。
そんな防戦一方のQ&Aは
文字と画像を重ねて表示させる方法
なんとか完成させるものの後は記事内にトラックバックを追加やWiki文法一覧の設備に留まってしまう。
ここで、孫賓率いるNewsを読み解く軍は一気に攻めあがろうと
意気込むが「Yahooニュースのこの話題に関するブログからのリンク」が貼られなくなってしまう。
Newsを読み解くの軍はYahooニュースからの
援護(相互リンク)があって効果を最大限に発揮する書庫だった為に
孫賓にとっては、思わぬ誤算となった。

Yasukiyoの歴史12

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Yasukiyoブログの歴史を中国史風に紹介。
ドルゴンを失ったQ&Aではドルゴンの器に変わる摂政の獲得が急務になる。
悪政と国内で言われたドルゴンの政策だったが、同盟国(ファン)を70にも伸ばしたのも又事実であった。

四代目皇帝は幅広い人材をQ&Aに招くようにした。
そんな中孫子の兵法の著者孫武の子孫と言われている孫賓は同門の
ホウ涓の誘いで軍師としてQ&Aに迎えられたのだった。
軍師として手始めに孫賓はYahooニュースのURLを記事に貼りアクセスアップを図る
の記事を立案作成し国内の注目を集めた。というのも今までのQ&Aでは
アウトプット(知識やブログパーツを配布する)記事ばかりで、
インプット(知識を吸収する記事)とアウトプットを
混ぜるような記事作成自体が珍しかったのだ。

しかし同じQ&Aの軍師であるホウ涓は、孫賓の功績が面白くない。
このまま孫賓を自由にしていては、何れ自分の立場が危うくなる。
「同門の友を陥れる。それも兵法の一つ」
そう考えたホウ涓は、孫賓は語録国と内通していると濡れ衣を着せた。

孫賓の無実の訴えは無情にも受け入れられず両足首を切られ、
額には罪人の証である一文字の刺青が入れられてしまう。


その後、ホウ涓の罠に嵌められた事を知った孫賓は
小説書庫国に内通し亡命した。
孫賓の非凡の才を見抜いた小説国の国王は、書庫を一つ与え
軍師としてNewsを読み解くを管理するように命じた。
孫賓は積極的に記事作成に取り組んだ。


Yasukiyoの歴史11

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Yasukiyoブログの歴史を中国史風に紹介。

四代目の皇帝20歳の宴の時。ドルゴンは毒殺された。
ドルゴン毒殺を謀ったのは、他の誰でもない四代目の皇帝その人であった。
ドルゴンの行き過ぎた外交政策にQ&A内でも不満の声が聞こえるようになり、
謀反の動きを止める為、四代目が決断したのだ。
三代目を毒殺し実権を握ったドルゴンだったが自身も毒によって
その人生に幕を閉じた。歴史は繰り返すという事だろうか。

しかしそれだけでは、国民の反乱は収まらず四代目は諸外国(他ブログ)との
主要道路であるゲストブックを閉じ治世に努めなければならなかった。

Yasukiyoの歴史10

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Yasukiyoブログの歴史を中国史風に紹介。

ドルゴンの外交政策で疲弊しきったYasukiyo国だったが、そんな中
Yasukiyo語録から一人の思想家が誕生する。

孔子である。

孔子曰く、徳を持った王が親兄弟を愛するがごとく
他人を愛する心を民に植え付ける

「これ、すなわち仁!!」
▲上記ブログ風に解釈▼
ブログ管理者がむやみやたらに記事を作らずまた邪心を持たず
愛を育むように一つ一つの記事を作成する心
そしてその心を諸外国に伝える心掛け

「これ、すなわち仁!!」

魯の国(語録)で生まれた孔子は、廃退する自国に五十五歳で見切りを付け
諸国(国内)を放浪。昔のYasukiyo語録を模範とする礼学の復興を説いて
仕官の口を求めるが、孔子の思想は世に受け入れらず結局魯国に戻り
弟子達の教育に専念した。

このようにこの時代は、「これがブログ」「これこそがブログマナー」と
各地で自説を唱える者がいた。これは後に、諸子百家としてまとめられ
後世に伝えられる事になる。

※名前や書籍名などそのまま引用していますが全てフィクションです。
書くまでもありませんが・・・

Yasukiyoの歴史9

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Yasukiyoブログの歴史を中国史風に紹介。

事実上Yasukiyo国内を掌握したドルゴンは、まず諸外国(他ブログ)に
トラックバックを貼りQ&Aの天下を世界に広め、またバトンに参加し、
諸外国との結びつきを一層強めよう大航海に出た。

この大航海では数々の珍品名品が国内に持ち込まれる事になったが中でも
ドルゴンを喜ばせたのが、伝説の動物といわれた麒麟(HTMLの記事)であった

当時国内では、麒麟(キリン)は国が栄えた時にしか姿を現さない伝説の動物と言われており
ドルゴンは、Q&Aが揺ぎ無い国家になった証だと国民にしらしめた。

しかし、浮かれるドルゴンと裏腹に国民達の声は冷めたものだった。
そもそもYasukiyo国は物づくりを好む国民性の為、ドルゴンのような
外交政策重視の国(ブログ)づくりに国民達は疲弊するだけだったのだ。

特にバトン回しの大航海では、国家予算(ブログに掛けられる時間)の二年分(二日分)
も使ってしまい、各地で不満の声が上がる事になった。

ドルゴンが取った政策で飛躍的に同盟国(ファン数)は増えたYasukiyo国だったが
国内で平安な暮らしを望む民にとっては、喜ばしい政策ではなかった。

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