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今日は亡きじじい様の誕生日。
生きていれば…え、いくつだっけ…?
昭和何年生まれだっけ?
えーー、忘れかけてる。
危ないな、私。
あー、そうそう、昭和5年生まれだったから
生きていれば89歳なのか。
毎朝夕、仏壇に手は合わせてるけど
もう月命日なんて忘れてしまってる。
じじい様宅から持ち帰った、でか文字のパネル時計。
一度も電池交換せずに動いてる。
なんだか不思議。
じじい様が息を引き取った病院は、建て替えで
移転してしまった。
時代は平成から令和に替わろうとしてる。
もしあのまま生きていたら、今頃は同居して
日々ブツブツ文句を言いながら介護してただろう。
あまりにあっさり逝ってしまって、娘孝行の父だった。
じじい様の最後の誕生日。
好物のサーモンの刺身を持って行ったっけ。
冷蔵庫を開けたら、サーモンの刺身がでーんとあって
しまった被ったと頭を掻いた。
耳が遠かったから世間話もできなかった。
ただただじじい様が垂れ流す愚痴を聞いて。
いや、まともに聞いてなかったな。
右の耳から左の耳へ…聞き流すだけ。
「なんかおかしい。明日死ぬかもしれん」に振り回されて
あちこちの病院へ連れて行ったけど、何も異常はなかった。
でも、じじい様にだけにわかる異常があったんだ。
「どこも悪くないじゃない!」と眉間に皺を寄せて
真剣に取り合わなかった私の事をどう思っていただろう。
失望?不安?孤独?
歯痒かっただろうな。
親子の情は薄かったけど、じじい様の誕生日には
必ずプレゼントを贈った。
でも、それらは全く使われることなく、押し入れに
しまわれてた。
好みじゃなかったのかとがっかりしたけど、
自分で買ったものも使わずに押し入れの肥やしにしてたから
ただの貧乏性だったと思いたい。
耳が聴こえん。
目が見えん。
足が痛い。
弱弱しく訴えながら、腹筋マシーンなんて購入する
理解不能なじじい様だったけど、がんばってたんだよね。
当時の事を思い出すと、反省ばかりで胸が痛い。
謝りたいことがたくさんある。
今夜はサーモンの刺身を買ってくるよ。
聞きたかったことがいっぱいある。
そっちでの愚痴も全部聞くから、
今夜はゆっくり話そう。
後悔 いっぱい
ごめんね いっぱい
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父
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詳細
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テニスパリバオープン。
唯一残ってた西岡選手、4回戦では腰痛のため途中棄権。
残念だったな。いい試合してたんだけど。
170センチほどの小さな体。
やっぱり大男たち相手だと無理をするんだろうね。
現在世界ランク74位。
よく走り、エラーが少ない選手。
どのくらいランキングを上げていくか、楽しみ。
怪我を治して、次回がんばってほしい。
錦織選手もねー(泣)。
東北の方では雪が降ったとか。
積雪の模様をニュースで見たわらしは
「いいな〜、雪だるま作りたい放題。こっちは今年は
全然積もらなかったもんな。雪だるま作りたかった」
ごめんなさい、こんなノー天気な娘で。
雪の深い地方で暮らされてる人からすると
ばかやろう…だよね。
こちら九州でもこの二日間は寒の戻りがあり、寒かった。
もふもふ系のセーター類は先週衣替えをして、もうタンスの
半分は春物が入ってる。
春物の出番は、ソメイヨシノ開花予定来週末頃かしら。
早く春の装いになりたいもの。
昨日、うちの電気ケトルがお亡くなりになった。
じじいさまの家から引き取って3年半。
よく働いてくれた。
またひとつじじいさまのモノが去っていく。
あと残されたものは、ファンヒーターにティファールの
フライパン。
これらもそろそろダメになりそうな予感。
ファンヒーターはたまにエラーが出るし、フライパンは
ちょっと焦げ付きだしてる。
じじいさまとの完全お別れは近い。
どちらもじじいさまの遺品でなければ、とっくに買い替えてる。
どうしてだか「がんばれ、がんばれ」と祈りながら
だましだまし使ってるのよね。
往生際が悪い…。
物が無くなったからと言ってなんだ。
物はいつかは壊れるもの、無くなるもの。
記憶の中にじじいさまの想い出が残っていれば
それでいいじゃないか。
…でも、寂しいんだよね。
私はモノに執着しない女なんだけど、なぜか両親のモノは
すっきりさっぱり捨てられない。
母のモノは亡くなった時に、じじいさまが何の相談もなく
ほぼ捨ててしまった。
私に残すと言ってた着物類から写真まで。
泣きはしなかったがムカついた。
自分のゴミは捨てずに、母のモノをちゃっちゃと捨てるなんて
よっぽど想い出ごと処分したかったんだね。
それくらい仲が悪かった。
母のモノで私の手元に遺っているものと言えば
真珠のネックレスに指輪。
これらは亡くなる前に渡してくれたから助かった。
あとはバッグがひとつとウイッグ(笑)。
ウイッグ…自分で使おうと残してるわけじゃない。
なのに捨てられない。なんでだろ。
箱に入れて、仏壇の上に載せてある。
たまに仏壇の上に乗った猫たちが落っことすことある。
出てきたウイッグ、咥えて走り回るんだよね。
ばちが当たるぞー!と取り上げるんだけど、なぜか
興奮するみたい。なんでだろ(笑)。
ウイッグは、私が死んだ時棺桶に入れてもらおう。
処分しづらいだろうから。
私が死んだら、娘たちは何かを取っててくれるだろうか。
マトちゃんは…ちゃっちゃと捨てるだろうな(笑)。
こけしは…私が書いたものを取っておくだろう。
わらしは…多分、ひとつとして捨てないんじゃなかろうか。
ここはマトちゃんに来てもらって、どんどん捨ててもらいたい。
さーて、明日は電気ケトル買いに行かなくちゃ。
じじいさまのケトルと同じものにするか、全く違うものにするか。
それは見てからの気分次第だな。
だれに何をもらってほしいですか?
オイラは花に
ひげでも残そうかな
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朝晩肌寒くなってきた。
夜はこれまでタオルケットで過ごしてきたけど、
昨日は肌布団を出した。
北の地方で暮らすブロ友さんの話では、もうストーブを
点けだしたらしい。
どうか秋はゆっくり進みますように。
涼しくなってきたので、鍋にした。
うちは夏場も平気で鍋をする家庭なんだけど
さすがに今年の夏は鍋を出す気にもならなかった。
火を使う料理はなるべく避けたかった。
鍋なんて頭にさえ浮かばなかったわ。
4か月ぶりににカセットコンロを出した。
ガス、入ってるかな〜と取り出し振ってみたら
残り少なくなっていた。
一回分、足りるか足りないか、ぎりぎりってところ。
久しぶりの鍋は美味しいねぇ。
鍋がそれほど好きではない若いわらしも箸が進んだ。
そろそろ火を消してもいいかな…って頃
小さくなってたコンロの火が消えた。
ボンベを取り出して、じっと見る。
これ、じじいさまが遺した最後のガスボンベ。
亡くなって3年過ぎてようやく全部使い切ったの。
このブログの開設当初から読んでくださってる方は
わかると思うけど、じじいさまとは実父。
生前は振り回されてストレス溜めまくりで
くそじじい!と言いたいところを、ぐっと堪えて
じじいさまとここで呼んでいた。
私の品格が疑われちゃうからね(笑)。
亡くなってしまえば、今は恋しいと思う。
消耗品を買いだめする人で、亡くなった後の
部屋の片づけは非常に大変だった。
ガスボンベも大量に遺された。
マトちゃん、こけし、うちと3軒で分けたのに
消費するまでに3年かかったのだから、どれだけ多かったか
想像してもらえるかな?
その最後の一本が無くなった。
なんだか、切ない。
頑固で家族や周りの言うことを一切聞かす、
母が亡くなった後は、私に丸ごと依存。
半ボケで「明日もう死ぬかもしれん」と言っては
私を呼びつけて振り回してくれた。
喜怒哀楽を表情にあまり出さない人だったけど、
想い出すのは笑顔だけ。
想い出すと胸がきゅんと泣く。
最後のガスボンベが空になった直後、
液晶の部屋時計の文字が消えた。
電池が切れたのだ。
これもじじいさまが遺した時計。
じじいさま亡くなって初めて電池が切れた。
続けざまにじじいさまが遺した消耗品が切れるなんて。
なんだか、本当に「さよなら」って言われた気がする。
朝晩、仏壇に向かっているけど、私の声は届いているだろうか。
生きている時に何もしてあげられなくて、ごめんね。
そちらの世界で幸せになってね。
今日はいつもより長く仏壇に話しかけた。
ああ、気持ちが沈んでしまったわ。
よいしょっと重い腰をあげて、布団を敷くべく
押し入れの襖を開けた。
押し入れ下段の中で寝ていた猫たちが飛び出してくる。
奥の段ボールの上で寝ていたのだ。
段ボール…
はっ!
そう言えば、と箱を取り出してみたら。
いやーーー! ここにもじじいさまの遺物が。
中身は、ガムテープ、クラフトテープ、セロテープ…。
それらが段ボールいっぱいに詰め込んであった。
まだ使えるのかな…。
これは先で捨てることになるかもしれないな。
でも、じじいさまが残したものだと思うと
腐っても捨てられないかもしれない。
わがままじじいさま。
私の心の中に、じじいさまはたくさんの想い出を
遺して逝った。
多分、それは
私が死ぬまで消えないもの。
消せないもの。
オイラたちが温めておくよ
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テニス、ロジャーズカップ・マスターズ1000。
準決勝、錦織選手の対戦相手は
Wawrinka…スイスの選手なんだけど
ワウリンカ、バブリンカと二種類の呼び方で
ニュースなどで出てくるんだけど、
発音的に、どっちが正しいんだろう?
まぁ、どっちでもいいんだけど
準決勝で錦織選手が7-6、6-1でバブリンカを破り、決勝進出♪
朝4時に起きて見た甲斐があった〜。
明日の決勝。対戦相手は王者ジョコビッチ。
いい試合をしてほしいなぁ。
というより、勝って優勝してほしい。
明日も早起きだわー。
早朝、開け放たれた窓から流れ込んでくる声。
『右向いてー。右、右。いや、こっち』
『ほらー、気持ちいいね』
隣家の浴室から聞こえてくるシャワーの音と声。
『そうそう、上手上手。今度は反対。はーい、いいよ』
機嫌よく、元気な声を上げる娘さん。
年の頃なら、私より少し上。
入浴させているのは、高齢のお母さん。
毎朝、入浴介助をしているみたい。
朝だけじゃない。夜も浴室から介助する声が聞こえてくる。
一日二回の入浴介助。
よく介護されてるなぁと思う。
時には大声で叱責する声も聞こえてくるんだけど
「よくできたねー、がんばったねー」という声かけも多く聞こえる。
まるで子育てをしているよう。
子育てなら、将来は自立して羽ばたいていく希望があるけれど
介護は真逆。どんどん手がかかるばかり。
うちは本格的な介護をする前に両親は亡くなってしまったけれど、
もし亡くなっていなければ、どうなっていたことかと
隣家の声を聞きながら思うことがある。
父は高齢者住宅にひとりで住んでいた。
訪問看護を受け、身の回りのことはある程度のことはできた。
唯一できなかったのが、入浴。
滑るので浴槽に浸かることはしなかった。
シャワーを浴びるのみ。
手すりを付けたり、滑り止めマットを敷いたり
滑らないためのできる限りの処置はした。
入浴の手伝いをすると言ったけど、父は受け入れなかった。
父親として、娘に裸を見られるのが嫌だったのか
手を煩わせることが嫌だったのか…。
訪問看護に入浴介助も入れようとしたけれど、大反対だった。
デイケアへ行けば、入浴も出来ると聞いて勧めたけれど
がんとして行かなかった。
私にできることは、訪問する度にバケツに湯を入れて
父の足を洗うことだけだった。
足を洗う私を見下ろしながら、父は申し訳なさそうな顔をする。
その時の表情が、今も頭に残っている。
隣家のシャワーの音を聞くと、
お隣のように、朝晩お風呂に入れてあげられなかったことが
今でも悔やまれる。
実際、そうできたとしても私のことだ。
ストレスを感じながら、嫌々やっただろう。
眉間に皺を寄せながら…。
『きもちいいねー。きれいになったねー』
そんな声が隣家から聞こえるたび、
私は隣の娘さんに
「あなたは偉いね、がんばって」と心の中で声をかける。
明るい声の出る介護生活であってほしい。
「生きてる間に、風呂に入れてあげられなくてごめんね」
仏壇の父に向って言う。
父が「いや…」と言いかけると、母が口を挟む。
「この人は風呂嫌いやったもん。気にせんでいいとよ!」
「大体この人は生きとう時から、○#※△●…」
母は亡くなってもまだ父に言いたいことが山ほどあるらしい。
仏さまになっても丸くならない母を妄想してしまう。
そんな妄想をすることで、私は自分を擁護してるんだろうな。
シャワー嫌いだから、こうするだけでいいの
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昨年の今日も雨だったことを思い出す。
じじいさまは七夕の日に救急車で運ばれて、二日目の8日。
病室に入る直前に看護師さんに呼び止められた。
「お父さん、夜中に暴れて困ったんですよ。
何度もベッドから抜け出そうとして、点滴の針も抜いてしまい
ベッドも衣服も血だらけになっちゃって」
そう看護師さんに言われた。
雨の中、新しいパジャマとバスタオルを買いに行った。
「看護師さんを困らせることをしちゃあだめだよ」
私は半ば怒りながら、じじいさまに言い聞かせた。
当のじじいさまはそんな話に耳を傾けず…
耳が遠かったので聞き取れなかったんだろうけど、
私の言葉など聞きもせず、「帰りたい」と訴えてばかり。
「しばらくは入院しないとだめなの」
何度言ったことか。
「家に寄って、大きなバッグの中にあるお金を持って
帰って」
入れ歯を外された口で何度も念を押された。
しつこく言うくらいだから、大金でも入ってるんだろう。
面会時間が終わる頃
「ベッドから出ないように!」と念を押して
病院を後にした。
じじいさまが住んでた高齢者住宅に寄り、バッグを探す。
あったあった、キャリーバッグ。
その中を探ると、分厚い紙封筒が出てきた。
あら、結構な大金…と思ったら
中身は全部ロト6の申込カードだった(笑)。
お金ってどこ?
探り続けていると、ビニール袋に入れられた硬貨発見。
開けてみると、500円玉がどっさり。
数えてみたら、3万近く入ってた。
500円玉貯金が気になってたなんて、ちょっと笑えた。
じじいさまとの最後の会話。
「バッグの中のお金、持って帰って」
「今夜は大人しくしてよ。また明日来る」
そんな言葉が最期になるなんて。
翌日急変して亡くなるとわかってたら、
もっと話したいことがあったのに。
退院したら、一緒に暮らさなきゃと覚悟した日の翌日
じじいさまは昏睡状態になった。
「覚悟しておいてください」と医師に言われても
眠っているとしか思えなかった。
意識を無くして半日の間
目覚めるようにと、手を握ったり摩ったりしてたっけ。
でも眠ったまま、
じじいさまはあっけなく逝ってしまった。
一年経った今も、仏壇に手を合わせながら
「あれもこれもしてあげられなかった。ごめんね」と
じじいさまに謝り続けている。
亡くなったからこそ、思うこと。
生きていたら、不満ばかりで優しい気持ちなんて
微塵も湧き出てこなかったと思う。
親子の情なんてないに等しい関係だったけど
亡くなってしまうと、不思議なことに感謝の気持ちが
じわりじわりと出てくる。
亡くなってからの方が、じじいさまに話しかけることが
多いなんてね。
あの世があるのなら、じじいさまはどう思ってるのか…。
先週、じじいさまの遺品のロト6申込カードを使って
ロトを申し込んだ。
1000円当たったよ(笑)。
もっと大きく当たってほしいけど、じじいさまには
そこまでの力はないらしい(笑)。
明日は一周忌。
今週末は、ちょっと忙しい。
坊さんが来てる間は 大人しくします
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