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日本は「少子化」を超えて、少子時代。
3人産んだ私は「少しは日本に貢献した」なんて思っていない。 元夫は長男だった。日本の少子化に貢献するよりも、跡取りが必要だったのよね。 現代社会では、生まれる子供が男だとか女だとか
昔ほどプレッシャーを感じないと思うけど…違ってたらごめんなさい。 私がナイスバデーで子供を産み頃だった頃は、 ひとりくらいは家名を継ぐ男子を希望された。 大昔のように、男の子を産めない女は不要!とは言われなかったけど 元夫も元夫の実家もそれとなく「男の子頼むよ」と言った雰囲気をにおわせていた。 長女が生まれた時、 「ま、最初だからね。一姫二太郎の方が育てやすいっていうし〜」 とみんな喜んでくれた。 二人目を妊娠した時、
「男の子だったらいいねぇ。お腹が前に突き出てるから、きっと男の子だよ」 義理の両親は微笑みながらお腹を摩ってくれた。 妊娠7カ月の時には性別は分かっていたけど、 「生まれてからの楽しみに取っておく」と義理の両親は聞かなかった。 元夫と私は申し訳ない思いを抱えて、いつも顔を合わせていたわ。 女の子誕生〜♪ 「ま、女の子は体が強いし、育てやすいから。ねぇ、よかったねぇ…」 微笑む表情の端っこには若干のがっかりが見えていたけど、かわいがってもらったわ。 さて、三人目。
三度目の正直になるか、二度あることは三度あるになるか 「さあ、はった!はった!」 片肌脱いだ姐さんが指にサイコロ挟んで見据えているよ…。 「丁なら女、半なら男。さあ、どっちにはるね?」 私たちは恐る恐る半の札に手を伸ばす。 「ほんとにいいんだね?」 ひと睨みされて、私たちは崖っぷちに追いつめられた気がした。 「今日ね、神社に行ってきたんだけど、男の子が生まれるよう祈っちゃった♪」
と義理母が弾んだ声で言う。 「そんな、ヤスミンさんにプレッシャー与えるようなことを言うのはやめなさい」 助け舟を出してくれる優しい義理父。 「今朝、朝市にこんな珍しいものがあったから買ってきた。 さあ、ヤスミンさん一人で食べなさい」 大皿にどっかーーーんと乗せられたのは、マグロのカマの塩焼き。 こんなどでかいもの、どうやって焼いたんだろう…とまじまじと見ていたら 「マグロの兜焼きを食べると、男の子ができるらしいよ」 お義父さまーーー、あなたもかぁ! 大昔ほどではない柔らかな真綿で絞めるようなプレッシャーの中、
6か月検診に行き、その月も子宮内ビデオを録画してもらった。 上ふたりの娘たちもお腹の子の誕生日を楽しみにしていた。
重いものを持つ時も「お母さん、もっちゃだめ!」 立ち仕事をしていると「お母さん、座ってて!」 自転車やバイクに乗ろうものなら血相変えて飛んできて通せんぼをする。 「私たちの赤ちゃん、大事にしてくれないとだめじゃない!」 大事にされてるなぁ。愛されてるな〜。 あんたは幸せ者だね、とお腹を撫でる。 「弟が生まれるんでしょ?」
「男の子、楽しみだねー。私、弟欲しかったしー」 げろげろ…ここにも男児希望派が。 義理の両親は毎週遊びにやってきた。
その都度、私に栄養をつけさせようとおいしい手土産を持って。 「息子には食べさせなくていいから。ヤスミンちゃんひとりで食べなさいね」 大事にされるありがたさ。しかし… 「今月のビデオ、まだ見てなかったね。撮ったんでしょ?」
「…ええ」 「見せて〜。どれくらいしっかりしてきたかしらね〜」 子宮内で発育する様子を出産まで診察のたびに記録されるビデオ。
その月は誰にも見せていなかった。 ビデオをスタートさせると、超音波画像が流れる。 医師と私のやりとりの声も入っている。 「大きくなったね〜。順調そうね〜」
胎児の体の様子を解説する医師 「この青い線が静脈、赤いのが動脈です。心臓も力強い動きをしてますね」 ふんふん、とみんな医師の説明に頷く。 「今、しゃっくりをしてますね」 ふんふん、と動く胎児をみんな見てる。 「これが心臓」 「赤ちゃんの体の中まで見えるのねー」 ええ…。 そして、ついにきたこれ。 「ここに、赤ちゃんの子宮も見えてます」
一同「えええええええええええええええええええええっ!」
「三三の丁! 兄さん方、残念だったね」
姐さんが手元の札をかっさらっていく。
そう、私はすでに知っていたのよ。 元夫にも半月黙っていたわ。 がっかりされるのがつらかったんだもの。 「…ってことは、女の子」
「あらぁ…」 義理の両親は少し残念そうな顔をした。心の中では奈落の底に落ちるくらいの落胆だったかも。 「まぁ、性別の決定は男の方にあるわけだし」と元夫が助け舟を出す。 「いや、二人女だったんだ。全部女がいいに決まってる」と義理の両親も笑った。 私自身も男の子が欲しくて仕方のない時期があった。
育てていくうちに、みんな女でよかったと思うようになったけど。 娘たちは、着る物や持ち物を共有。
洋服なら私の物まで借りて行く。
半年に一度は4人で女子会。
こんな年で「女子」もなかろうがと思うんだけど、
娘たちに混ぜてもらえてうれしいわ。
男の子が混ざってたら、どうなってただろうな〜。
姉たちに化粧させられスカート履かせられ
やっぱり女の子になってたかもしれない。
一度スカート履いてみたら?
女の気持ちがわかるから
☆今日の一日一善
・話の長い女性とまた歯科で遭遇。受付のお姉さんが困っていたので
割り込んで救って差し上げた。
★今日の一日一悪
・記事書きに熱中してLINE放置したら、彼が寝ちゃってた。
ごめんなさい。あなたよりこっちが大事…。
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家族
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コメント(14)
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第二次世界大戦、母方の祖父は兵役を免除されていたらしい。
どこかしら体が弱かったのだろう。 何か持病を持っていたのかもしれない。
持病…と考えるとあの頃だと胸の病で咳き込むと血を吐き…みたいな図を思い浮かべるが、そこまでの病人ではなかったようだ。 兵役につけない分、産めよ増やせよの国家事業には忠実に貢献していた。そちらは元気だったなんて、さすが私の祖父である。
ただ兵隊に行きたくなくて仮病でも使っていたのではないかと 祖父の話を聞かされるたびに、私は思った。 兵役につけないほどの体でありながら、祖父は仕事を持っていた。 もちろん肉体労働ではない。家から出なくて済む仕事。 …占い師。
その時代に星占いやタロット占いは流行ってなかっただろうから 「易者でもしてたの?」と母に聞くと 「違うよ。こっくりさんだよ」と言うので、ぶったまげた。 私が小中学校の頃、女子の間ではこっくりさんが大流行。 こっくりさんの霊によって意識を失うなど危ない現象が頻発。 学校では、こっくりさん禁止令が出たほどだった。 大人の階段登り始める女の子は、とかく霊的現象にあこがれる。
数人で押さえてるコインが文字を指し示していくのも 実はその中の誰かの意思で動かしているのが真実だ。 こっくりさんを呼んだつもりが悪霊が降りてきて
次々に倒れたり狂ったように暴れだした…なんてことも。 自己暗示と一種の集団ヒステリーを引き起こしただけなんだけどね。 放課後の教室でこんな混乱が起きるたび
先生たちは大慌てで駆け付け、おかしくなった生徒たちを 保健室へ運ぶという余計な労働が増えた。 先生たちもとんだ災難。 女の子が怖いもの見たさでやるあれを、私のおじいちゃんが…。 すげーよ、じーちゃん!
…なんてこれっぽっちも思わない。
親指を下に向けてブーイングしちゃう心境だった。 人にはかっこ悪くて言えない職業だなと思った。 祖父に下りてきていたのは、お狐さまでも位のある方だったらしい。
正三位。 この位がどの程度の地位なのか、わからない。 高すぎもせず低すぎもせずというところが お狐様の存在に真実味を持たせた感がある。 戦争が長引くにつれて国民の生活も逼迫し、あすの運命さえわからない不安定な時代。
占いなんて職業が成立するわけがないだろうと思うのだが、 運を天に任せる状況下、わずかな希望を見出すために占いを信じた人たちがいたのかも。。 祖父は、貧しくとも家族が生きていけるくらいは稼いでいたようだ。 もちろん対価は食糧だったらしいけど。 こんな詐欺師だか頭がイカレてるかわからない祖父の血を りっぱに受け継いだのが母。 インターフェロン治療でおかしくなった母は 一度精神科に入院したことは以前書いた。 退院後、半年くらいで正気を取り戻したけれど、
季節の変わり目になると必ずおかしくなる。 幻聴幻覚は無くなったものの、被害妄想たるや甚だしい。 うちへの夜中の襲撃も脅迫も再燃し、警察に度々通報されるほど。 母に病院に行くよう促したが「私はおかしくなんかない!」と逆上。
余計に関係がぎくしゃくしてしまうし 父と弟は自分たちに被害が及んでいないので 「連れて行かなくていい」と言う。 母の攻撃を一身に浴びていた私は思い切って精神科を訪ねた。 母の状態を医師に一通り説明すると
「ある種の人格障害かもしれないし、病気かもしれない。
もうひとつ考えられるのは、単に性格が悪いだけかもしれない」 考えられるのはこの三つで、診断するにはやはり本人を診なければ断定できないと言う。
性格が悪い…
帰り道、私はおかしくて大笑いした。
そんなことはずっと前からわかってた。 けれど、医師の口からそれを聞いて、「よくぞ言ってくれた」と 心が晴れやかになったのを覚えている。 被害妄想が治まってる時の母は一見普通だ。 ただ、やはり異常性は残っていた。 それがおしゃべり。 とにかく、一度母の目の前に座るとロックオン。
滔々としゃべりまくる。息継ぎをしたらどうなんだと心配になるくらいしゃべる。 話は過去の愚痴、現在の愚痴、不満…。設定はオートリバース。 一度捕まってしまうと5〜6時間は軽く拘束される。 それも意を決して終了を告げてのことだ。 何しろご機嫌を損ねると噛みつかれる。 無事に母が帰ってくれたと安心するのは早かった。 実家に帰りついた母から電話。そしてまた数時間を奪われる。 拷問に似た母のおしゃべりで、たびたび私は寝込むことになった。 実家に泊まると、夜通し母の話に付き合わされる。 こちらが眠剤を飲んでいようとおかまいなしだ。 被害妄想の話を繰り返し聞かされるが、それを否定すると逆上。 鬼の形相で罵詈雑言浴びせられた。 体力の限界!と千代の富士は言ったけど、私は気力の限界。 娘業を引退したかった。 これは私の生活が壊されてしまうと、違う精神科へ相談に行く。 「それは躁鬱病ですね。鉄板ですよ」
女医さんが「鉄板」という単語を使ったことにちょっと笑えた。
躁鬱病…現在では双極性障害と言うが、それにはⅠ型とⅡ型がある。 母の場合、重いⅠ型に違いないと言われた。 被害妄想も長時間のマシンガントークも浪費も
これで納得がいった。 けれど、母は精神科の門をくぐることを最後まで拒み、
未治療のまま、あの世へ旅立った。 治療を受けていたら、本人も私たちもどれほど楽になれたか。 実家周辺の病院の医師とはことごとく喧嘩をし、出入り禁止になり 市内には受け付けてもらえる病院がなかったくらいだから 相当ひどい症状だったのだと思う。 祖父もおかしかったんじゃないかな。
占いなんて良心と正気があっちゃぁできないことだと思う。
祖父の狂った血が母へ遺伝し…と考えると 私の中にあった疑問や苦しみはほぼ解消される。 祖父の血と、母の血が私の体の中には流れていて
いつか暴れだすのではないかと思っている。 今でもちょっとおかしいけど(笑)。 できれば母の血より祖父の血が勝って、
私を最強占い師として成功させてくれるといいんだけどな。 残念ながら、中途半端な邪悪さしか持ち合わせていない。 ラッキーアイテムはかつおぶしです。信じなさい。
☆今日の一日一善
・じじい様のご機嫌伺いに行った。耳の遠いじじい様と2時間も話した。
かなりの精神力を献上してきた。
★今日の一日一悪
・じじい様が「ひ孫にお菓子を買ってやりたい。何がいいかな」と聞くので
「いちごが大好きよ。大きくてあまーいやつ」と奨めておいた。
これで私が買わずに済むわ。いちご高価なんだものー。
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娘たちがまだ全員一緒に暮らしていた頃、
この時期、私は息苦しい生活を強いられた。
そう…チョコレートの匂いで燻し出されそうな、
駆除されるかのような苦しみ。
バレンタイン1週間前になると
3人娘が大量のチョコレートを溶かし始める。
どうせなら一緒にやればいいのに、順番待ち。
一人終わったかと思うと、二人目がまた一から始める。
部屋の中に充満するチョコレートの匂いって
結構な吐き気がするのよ。
もちろん頭痛もね。
大切な女子イベントだから止めさせるわけにもいかず
私は毎年耐えてきたのね。いい親だわ(笑)。
「お母さんにもあげるね!」と渡されると嬉しいんだけど、
振り返ってみれば、汚れまくった台所…。
「後片付けまでが料理でしょ!」と大きい声では言えず
トーンを落として「後片付けまでが…」とつぶやく。
娘たちは仲がいいとは言えなかった。
それぞれに年が離れてるせいか、3姉妹というより
一人娘が3人同居してる感じ。
寄ると触ると喧嘩して、罵りあう。
宋家の三姉妹か…。
離婚して最初のバレンタインデー。
娘たちがうちに集まり、これまでと変わらないようにチョコを作った。
違っていたのは、三人が分担して一緒に作り始めたこと。
親が離婚して、それぞれの胸には不満も悲しみもあっただろうに
姉妹が寄り添うように話し笑っている。
「これはお父さんに。包んだ残りはお母さんに(笑)」
父親を嫌わずにいてくれたことも、うれしかった。
今では何をするにも一緒。
三女の体育祭文化祭卒業入学。みんな集まる。
長女の出産、子守、みんな集まる。
次女や三女が結婚しても、そんな集まりは続くんだろう。
去年からチョコ作りはなくなった。
小さい子供がいては、台所が戦場になるから。
今年の三女は、キットカットの大袋を買って
子袋一個ずつをばらまくという。
袋に書かれた「ぎりぎり義理」をもらうのは誰なんだろう?
それより、食器棚に保管してあるチョコのラッピング類はどうするんだ?
「お母さん、使えばいいじゃん」
…手作りなんてするわけない。酸素マスクいるんだぞ。
今週末はまた、うちに集まってチョコ交換するんだろうな。
女ばかりでにぎやかになるわ。
まぁ、チョコ臭充満しないだけでよかった。
そのプレゼントに愛も込めた?
☆今日の一日一善
・そろそろ娘が帰宅する頃と、玄関のカギをあけておいてあげた。
「ボケてんの?玄関のカギ閉め忘れるなんて、ありえなーい!」と言われた(泣)。
★今日の一日一悪
・パンが固くなりそうだから、フレンチトーストにして娘に差し出す。
「おー、ありがとう♪」と感謝されたけど、残りパン整理…フフ。
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曇り空っておもしろくないな…と思いながら、
今日は娘と一緒にお買いもの。
彼の誕生日プレゼントとチョコを買いに。
世の中の男性は、バレンタインデーについてどう思ってるんだろう?
若いお嬢ちゃんたちは一年に一度の大事なイベントだと思ってるだろうけど、
私のようなプロ女は…もとい、プロおばちゃんは
そろそろバレンタインが世界中から消えてもよくないか?と思ってる。
え?、私だけ?(笑)。
年を重ねるごとに義理チョコが増えていって、
豊富な種類の中から選ぶのが大変。
義理なんだから「義理です」って書いた簡単なものでよさそうなんだけど、
どうしても相手を思い描きながら選んでるのよ。
今日も、目をつぶってチョコを掴んで買い物かごに入れる!と
決意して挑んだのに、やっぱりだめだった。
人ごみに疲れてしまい、最後に選ぶ本命チョコは
義理チョコと同じ種類で一番大きい箱になっただけ。
はははは。「これは義理です」って書いてないだけ
幸せだと思ってほしい。
明後日は彼の誕生日。
いろいろ悩んだけど、彼の持ち物の中で一番劣化してるものに。
それは、長財布。
何十年使いこんでるんだ?とかわいそうになるくらい角まで丸い。
元々洒落っ気が全くないので、持ち物にも無頓着。
こういうタイプの男とは初めて付き合うの。
プレゼントしても喜ぶのかどうか?
使いなれた財布の方がいいと部屋の片隅に放置かもしれないし。
酒が一番喜ぶだろうけど、去年も酒だったし。
彼が使いこんでる財布は柔らかい皮だったので、
似たような感触の皮を探した。
一番しっくりきたのは高額なお財布だったけど
私の予算には合わなかったので、サヨナラマタイツカ〜。
まぁまぁこれくらいの感触ならいいだろうと思う財布発見。
牛革で茶色のグラデーション。
これにしましょう〜。コンニチハヨロシクネ♪
ああ、人ごみはやっぱり疲れたわ。
娘とカフェに入ったら、こんなかわいいものが運ばれてきた。
「きゃ〜、かわいい♪こんなにかわいいと飲めないね…あら」
娘が言い終わらないうちに、もう飲んでたって(笑)。
プロおばさんは時間を無駄にしないの。
空港の、離発着が見える場所に車を停めて、コーヒーデート。
飛行機の離発着、久しぶりに間近で見た。
5分おきに着陸するなんて、やっぱり福岡の空は混んでるわね。
彼の誕生日もバレンタインも、あいにく出張で会えないので
少し早く今日渡したわ。
財布は予想外に大喜びしてもらえたわ。ヨカッタ。
あー、イベント無事終了♪
あ、本番はもう少し先か。
来週はうちで、彼の誕生会をする予定。
愛にも賞味期限があるの。お宅、大丈夫?
☆今日の一日一善
・自分の買いたいものをひとつ減らして、娘にプレゼント買った。
★今日の一日一悪
・スマホを家に忘れたことに途中で気づき、「お母さん、足が痛いの…」と言って
寒い中娘を走らせた。実は、痛くなかった…ウフ。
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今日は、義母の誕生日。82歳。 平日はデイケアへ行って不在なので、
この間の日曜日、娘たちと一緒にお祝いに行ってきた。 訪問の数時間前に待ち合わせ、プレゼントを探す。
洋服をプレゼントしようと思うけれど、贈る相手は高齢者。 デザインよりも、機能性、脱着しやすいものじゃないとダメ。 被って着るものはNG。前ボタン、それも大きめのボタン。 そう頭において探すけれど、なかなかピンと来るものがない。
結局、五つほどの店を回った。 花が一番手っ取り早いのだけど、枯れてしまえばおしまいだから。 花は母の日だけでいいかな。 自己満足なんだけど、プレゼントって選ぶ時間も贈り物。
探して選んでる間の時間って、その人のことだけを考える。 たまに財布の中身のことも考えてるけど(笑)。 次々にプレゼントを手渡すと、義母は
「まぁ〜、こんなにいっぱいもらっちゃった。 おばあちゃん、しあわせねぇ〜」とにこやかに微笑む。 ひとつ手にしては 「これは○○ちゃんからなのね。ありがとう〜」 包装を開き、嬉しそうに体に合わせてみる。 「この年で、衣装持ちになっちゃったー」 家には独身の二男と、私が捨てた長男の息子たちだけ。
買い物に連れて行ってもらうと言っても、食材と日用品購入くらい。 着るものは好みに合ってるかどうかわからないけど、 とりあえず喜んでくれたのでよかった。 離婚した夫の親と今でも交流があるのは、変人両親のおかげ。 罰あたりかもしれないけど 「この人たちが私の親ならよかったのに」とずっと思ってきた。 今でも私は「お母さん」と呼ぶし、
義母も「ヤスミンちゃんは私の娘だからね」と言ってくれる。 「そのおじいちゃんおばあちゃんが、あのお父さんを育てたんだけどね(笑)」と娘たちに突っ込まれるけど(汗)。 もちろん、いいことばかりじゃない。他人だもんね。
ちくちく心に刺さるような言葉があったり、気に障る振る舞いも普通にあった。 でも、天然ガールなので根はない。 時に、「ちっ…」と心で舌打ちしたくなることがあっても うちの両親に比べたら、なーんてことはない。かわいいものだと思えてしまった。 ありがとう、うちの両親。 実母が、夫の両親と私を不仲にさせようと電話や訪問攻撃に出た時も 長期間迷惑をかけたのに、 「何を聞かされても信じてないから、気にしないように」と言ってもらえた。 泣いてる私の頭を撫でて、味方でいてくれた。 離婚はそんな義理の両親とも別れることになると、ずいぶん悩んだ。
でなければ、もっとさっさと離婚してたと思う。 離婚の理由は、何も話していない。 別れると面と向かってあいさつもせずに身を隠したのに、しばらくして手紙をもらった。 「息子があなたを苦しめたのだろう。申し訳ない。元気になったら、いつでも会いに来てほしい」 離婚したら恨み辛みは消えたので、元夫は友達。
「あなたたち、仲よさそうなのに復縁しないの?」 義母に何度も聞かれる。
「友達だから、それは絶対にないです」と言うと、残念そうな顔で 「もう夫婦には戻らないのねぇ。じゃあ、あなたはうちの長女ね」 何カ月かしたら、また同じことを言われるんだろうな。 来世では、お母さんが私を産んでねって言ってるけど
元来天然だし、最近はめっきり物忘れが進んでいるから もう忘れちゃってるかもしれないなぁ。 いろいろ問いかけてくるくせに、答えていると
「あ、補聴器入れてないから聞こえないわ」と言う天然ぶり
☆今日の一日一善
・元夫が長期出張を前に娘に会いに来た。靴下に穴が空いてたので、
うちにあった新品の買い置きを一足プレゼントした。
★今日の一日一悪
・実はその靴下…彼のために買っておいたものだった。ああ、邪悪。
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