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じじいさまと青い空

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じじいさまが介護認定を受けて一年。
介護認定の見直しの時期になった。

去年認定を受けるための、主とした通院先であった病院から連絡があった。
「しばらく受診されていないので、認定書類がかけないんですけど」

ああ、そうだった。
じじいさまが実家へ逃げ帰って、その病院とは縁が切れてしまってた。
その後は実家近くの病院へ通わせてたし、引っ越しを機に紹介状を書いてもらったけど
「どこも悪くない…」の一点張りで新しい病院へ行くことを嫌がってた。

薬は全然と言っていいほど手つかずだし、
「飲みなさい」と言ったところで、目の前にいないから飲むはずがない。


紹介状をもらってた病院は、じじいさまの高齢者住宅から徒歩10分。
認知症治療も扱う精神病院だ。
「介護保険の認定基準に関わるから、行かないと車いすも買えないよ!」と話したら
「いかんといかんとかねぇ…」と乗り気でないものの行く気にはなった。

予約1時間前に高齢者住宅へ迎えに行くと、じじいさまの出かける用意は整っていた。

はぁぁぁ…とか、ふぅぅぅ…とか、深いため息を繰り返してるから
よっぽど行きたくないのだろうが、そうはいかない。
行ってもらわなくちゃ。


杖は持っていかないという。
「持たないと歩くの危ないでしょ」と言っても、「いらない」と聞かない。
ダダこねてるのでしょうか…。

今日はあっしーちゃんのこけしも使えないし、晴れててよかった。
雨だと、よたよたするじじいさまを持て余してしまう。
そう言えば、じじいさまを病院へ連れて行く時っていつも天気がいい。
ケアハウス見学の時も、高齢者住宅を見に行った日も、引っ越しの時も晴天だった。
じじいさまは晴れ男なのかもしれない。


坂を登るときだけ、じじいさまの手を引いて歩いた。
手をつないだのは子供の時以来じゃなかろうか。
じじいさまの手は小さくてぱさぱさしていた。

予約の30分前に到着。病院の玄関閉まってるし――。
高齢者が多く訪れる病院なんだから、玄関前にベンチくらい置いてほしいもんだね。

5分ほど待ったら解錠された。
後ろから追いぬいて行ったおばあちゃんが
「一番乗りーーーーっ!」と両手をあげて入っていく。
なんかちょっとむっとしたわ。


お決まりの問診票記入。
詳しくはこちら…と紹介状に矢印書いて終わりたいよ。
記入してる間も、隣に座るじじいさまは「はぁぁぁぁぁ」「ふぅぅぅぅ」を連発。
緊張なのかストレスなのか、いずれにせよ居心地は悪いようだ。

診察室に入ると、年の頃なら40代半ばといった男性医師が座っていた。
「おはようございますー。○○さん〜」
じじいさまは医者と目を合わせずに「はい…はい…」と返事をした。

担当医師は誰かに似ていた。そう、2時間ドラマに出てくるような脇役俳優。
脇役の中の脇役みたいな、名前も知られてない俳優に。
脇役俳優医師は何度かじじいさまに問いかけをしてけれど、耳が悪く話が進まないとわかると本人への聞き取りは諦めて、私に質問を切り替えた。

じじいさまの育歴。家族構成。職歴。などの質問ののち、気になる病状とその背景。通院歴。
いずれも私主観で答える。
じじいさまにはほとんど聞こえていないので、本人は蚊帳の外。
退屈そうだ。

ときおり、じじいさまの意識を引き戻すように、脇役俳優医師が声をかける。
とんちんかんな返答はしていないので、よくできました◎。

じじいさまには初期の認知症。それには認知症の進行を遅らせる薬が。
夜中に寝ぼけて大声を出して暴れる症状には、てんかん薬。
それらは前の病院で処方されていた薬が大量に残っていることもあって、まずはそれから飲んでいくことにする。
自分では薬の管理ができないことから、訪問介護を受けることになった。


訪問介護のケースワーカーは若い男性。
阿部サダヲの目を細くしたような顔立ち。癒し系の顔である。
サダヲケースワーカーは終始にこやかで、どこにも棘を隠していなかった。
コミュニケーションのとれにくいじじいさまとも、忍耐強く接してくれる。
さすがはプロね。職業上、当たり前といえば当たり前なんだけど、この人なら信頼できるという気持ちにさせてもらえた。



じじいさまはショルダーバッグを斜めがけして、よたよたと歩く。
その後ろ姿を見ながら歩いていると、その人生はどうだったのか?と問いたくなる。
息子には嫌悪され、妻には邪険に扱われ、孤独な老後。
人生のどこかで幸せだったと笑って振り返る時期はあったのか?

下り坂の脇に、クローバーが多生していた。
「ちょっと待ってて」
とじじいさまの歩を止め、私はクローバーの絨毯に足を踏み入れる。
大きく育ったクローバーの中に四つ葉のクローバーを発見。
それを摘んでじじいさまの手に握らせた。

「ああ、よく見つけたね」じじいさまが笑う。
下り坂、じじいさまが前のめりにすっ転ばないよう、私は腰のベルトを掴んで歩く。
空は雲ひとつない青空。

あそこへ、じじいさまが旅立つまでは私が寄り添うのが仕事。
そして、せめてもの恩返しなのだ。


…これと言ってなにをしてもらったわけじゃないけどね(笑)。
私がここに生きてるのは、この人のおかげなのだから。




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ひとりで立てるってすばらしい



☆今日の一日一善
・病院の後に、2時間のお話。たまに善良な娘の私が顔を出す。

★今日の一日一悪
・今日はバスを利用しての訪問だったので、「肉持って帰れ」と
 言うじじいさまの好意を頑なに断った。

桜の下を駆け抜けて

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桜は今が盛りという夜に

ひらひら ひらひら その身を振るい 花びら散らす

はらはら はらはら とめどなく 散り落ちる

風のない夜に ただただ静かに 舞い落ちる


花びらに打たれながら 走りゆくあの人は

花の雪に似合う 白いガウンをひらめかせ

逃げる 逃げる 見えない何者かから

あの人の絶叫 ひたひたと地面を蹴る素足の音

花びら舞うその向こうに 

あの人の凪いだ心があればいいのに

さくらさくら どうかあの人にやすらぎを与えて 

どうかどうか 包み込んで




私は桜の時期が怖い。
桜は好きなのに、夜の桜が怖い。
あれから何十年も経っているのに、あの時の恐怖はまだ心の片隅にある。


「お母さんが逃げた。追いかけたけど見失った」
弟からかかってきた真夜中の電話。
元夫とふたりですぐに家を出す。

二手に分かれて、真夜中の町の中を走った。
相手はやせ細った病人だ。裸足で飛び出たんだから遠くまでいけるはずがない。
通りの向こうで白いガウンが浮かんで見えた。
「見つけた!」路地の奥にいる元夫に知らせる。

走って走って、追いつきそうで追いつかない。
男の足を振り切る白いガウン。
走りながら、悲鳴をあげる。

これは現実?夢の中の話?
自分の置かれている状態がわからなくなる。


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大きな一本桜を浮かび上がらせる外灯。
白いガウンの母はその下を走り抜ける。
花びらは静かに静かに舞って、母の姿を闇に消す手助けをしている。

どうしても追いつけない。
私たちは疲れ切って、桜の下に茫然と立ち尽くす。
私たちもまた、桜の花びらにうたれていた。


私は、あの桜の母と同じ年になった。

夜の桜は、だんだんと怖くなくなった。
きっと、母がこの世にいないからだろう。
私の今の体力で、あの日の母のように走れるかといえば
それは絶対に無理。
あの頃の母には、何かが憑りついていたとしか思えない。


できればもっと、普通の母娘のように
仲良くありたかったと思う反面、それでよかったと思う自分。
後付けの考えではあるけれど、あの母がいたから今の自分ができあがっている。
少なくとも、娘たちと温かな関係を結べていることで
母に感謝さえする。


今は仏壇の中に収まっている母。
この遠くて近い関係で、私はよく母に話しかけている。


お母さん、また桜の季節が来たよ。
お母さんも大好きだった桜が咲いたよ。
もう走らないで、高い空の上から見ることができるんだね。
きれいな桜、そこからの眺めはどんなだろうね。
白いガウンはもう脱いで、ゆっくり座って眺めようね。



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久しぶりに笑い抜きで書いたらしいよ
行き詰ってるね(笑)。


☆今日の一日一善
・こけしを送ってきた元夫に夕食を提供。
 そろそろ定食券購入してもらわないとなー。

★今日の一日一悪
・何度言っても洋服を裏返しのまま洗濯機に入れるわらし。
 裏返しのまま干して、裏返しのままたたんだ。
 …でも、反省しないかもねぇ。




育児の次は育爺

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昨日は明け方4時に電話がかかってきた。
じじいさまよ…。

どんな緊急事態かと思えば、
「部屋の鍵が見つからない」更に、
「誰か女の人が入ってきたけど、お前じゃないのか?」

……あうっ!認知症、進んできたかな。

「こんな夜中に行くわけないでしょ…」
「じゃあ、他の女の人かな?」
「あのね、まだ夜中なの。誰も入ってくるはずないと思うよ」

以前は、認知症の人に反論してはいけないと言われてたけど
父のかかりつけの医師は
「違うことは違うと説明して。妄想が現実と思わせちゃいかん」
と言ってたから、間違ったことに同意はしない。
被害妄想に拍車がかかるといけないから、やんわりとね。

「夢だったんじゃないの?」
「そうやろうか…。でも、確かに入ってきてテレビの音が大きすぎると注意された」

テレビの音に関しては、私が行くたびに注意して最近では普通の音量にしてる。
ケアの係の人は常駐してるから、苦情があれば係の人が来るはず。

「ケアの人は信用できん。鍵も見つけてくれない」

そりゃそうだよね。じじいさまは自分の鍵を使って開けて入ってる。
無くしてるのは部屋の中に違いないんだから。
じじいさまは、誰かが部屋に入って持って行ったに違いないと思ってるんだけど。


昨日、鍵を作って持っていったら、部屋の中は恐ろしく散らかっていた。
おそらく無くした鍵を探していたんだろう。足の踏み場もないくらいよ。

「鍵を探してるのなら、こんなにモノを引っ張り出さなくていいのに。鍵が勝手に段ボールの中に入ったりしないでしょ?」
「いや、気がつかんうちに入れたかもしれんし…」

こんな状態では、探す気にもなれない。丸一日かかっちゃうよ。

「鍵は今度早く来た時に一緒に探そうね」
「それまで落ち着けん。心配で寝られん…」
「心配になるのは、薬をしっかり飲まないからよ。ちゃんと毎回飲んで」

薬もきちんと飲まないから、認知症も進むはずだ。
こればかりは一日ずっとついてないと無理。
三度の食事の配膳の時に声かけはしてもらってるけど、飲むところまでは見てもらえない。
多分、ときどきくらいしか飲んでないだろう。

「薬を飲まないと入院することになるよ」
「薬は好きじゃないもんねぇ」

好き嫌いで飲むもんじゃないのにハァ。
身体的に困れば飲むんだろう。便秘薬はしっかり飲んでるんだから。



今日、高齢者住宅へ行ったら、ちょうどじじいさまがケア事務所で話をしていた。
しつこく何度も訴えに行ってる様子。
ヘルパーさんが私の顔を見ると、助かったという顔をした。
何度もヘルパーさんにお詫びを言って、じじいさまを引っ張って帰った。

「ケア住宅なのに、なんのケアもしてくれん!」
しょうがないよ。どうしようもないことを訴えてるんだから。

貴重品はいつも持ち歩いてるのだから、鍵を誰かが持ってたとしても心配しなくていいと説明。
何度もヘルパーさんに同じことを言っていたら、
認知症が進んでると思われてそこに住めなくなるとも話した。
本人は全く納得できないようだったけど。
これまでは週に2回顔を出してたけど、もう少し回数を増やさないと。
じっくり話をすると、少しは落ち着くみたい。手がかかるなぁ。


年寄りって、誰かが訪ねてくると食べ物を出さないと気が済まないらしい。
今日も「これからご飯炊くから」と言われた(笑)。
「これから行くところがあるから、何もいらない」と言ったら
6個入りプリンを土産に渡された。
昨日は野菜ジュースだったよ(笑)。



高齢者住宅に彼に迎えに来てもらって、デートしたよん。
今日は、バッティングセンター。
70キロと80キロでバット振ったわ。
高めに調整するボタンが故障してて、低めばっかり飛んでくる。
ボールを彼の顔だと思って叩き飛ばそうと思ったのに(笑)。
3分の1は空振りだった。

彼の頭にうっすらと汗が見えたので、拭いてあげようとしたら
彼が顔を上げたので手がほっぺた直撃。予告通り殴ったぞぉー(笑)。

そして…もちろん肩から首から揉んでもらったわ。
足も出せっていうから、靴を脱いで彼の膝に。
外から見たら、車の中で何やってんだ?って思われるだろうな〜。


そうそう、彼ね
私が髪を切ってたの気がついてたの。
でも、前回言う雰囲気じゃなかったから話せなかったらしい。
ちょっといい子だと思ったわ。

土曜日は朝から遠くの神社に行くんだ〜。
また仕事でつぶれたら、会社まで迎えに行くわ♪




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彼のおばかは、あと2週間で目覚めます



☆今日の一日一善
・足の踏み場のないじじいさまのお部屋を3分の1片づけた。
 あとは…またいつか…気が向いたら…。

★今日の一日一悪
・「ごめん!顔に手が当たっちゃった」と撫でようとしてもう一発当  ててしまった。わざとじゃないのよー(笑)。

終焉

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「いっぱい迷惑かけてごめんね…いろんなこと、ごめんね。
 悪いお母さんだったのに、いろいろしてくれてありがとうね…」

母と過ごした最後の夜。
夜通し、母が語った言葉。


母は3年前に肝がんを発症した。
2度の入院手術。
がんはきれいに切除されたはずだった。

一昨年、11月に退院したときから、母の体調はぐっと悪くなり
家でも寝たり起きたりの生活。
12月には、つじつまの合わないおかしな話をするようになった。
肝性脳症だと思った。
C型肝炎キャリアだとわかって、ちょうど25年経っていた。

去年、年明け間もなく母は足腰が立たなくなった。
実家に駆けつけると、母はゴミ箱で上半身を支え起きていた。
衰弱しているのは一目でわかったし、
これはとても危ないと思い、救急車を呼んだ。

搬送された病院は掛り付けの病院だったが
「バイタルは安定してるし、点滴したら帰っていいですよ」と言う。
体を動かせないほど衰弱してるのに? 納得できなかった。
入院の必要はないと言うのだから、連れて帰るしかない。

父のいる家にはいたくないというので、うちまで運んだ。
布団に寝かせたかったのに、それを拒んだ。

リビングのストーブの前に横たわり、母は私の手を離さなかった。

本格的な身体介護が始まる。
うちで母を看よう。最期を看取るのは私だと覚悟した。
おむつを替える。体を拭く。食事を口に運ぶ。
たったこれだけのことにも、母は感謝した。

体を少し動かしただけでも痛い痛いと呻く。
抱えて布団へ運ぶこともできず、
リビングに座布団を敷いて、毛布で包む。
立ちあがろうとすると手をつかみ、ここにいてと言う。

添い寝をする。

寝息が聞こえても、しばらくすると目を覚まし
「ごめんね…面倒かけてごめんね…」と言うが、
こちらの話は耳に入っていないようだった。受け答えする回数が減る。

「ごめんね」と「ありがとう」が何度繰り返されただろう。
母の短い眠りの間に、市役所に介護申請をした。
認定されれば、ここに介護用品を運ばなければ。

母とのこれからのことしか頭になかった。
これまでに何があったか、何をされたか
そんなことは頭の中から消えていた。

なのに、
さすが母だ。

「迷惑をかけたくない」と晩年繰り返し言ってたように
翌日には意識をなくし、運ばれた病院のICUに入り
半日で息を引き取った。

死を目前にすると、人は自分の過去が走馬灯のように思い浮かぶと言う。
それは看とる側も同じだった。
母との想い出が、溺れるほどの記憶が私の頭の中で渦巻いた。

この20年余りの間にも心をねじ伏せられるようなことが度々あったのに、
あれもこれも、もう遠い彼方。
母はずるい。
「ごめんね」と「ありがとう」で、全部帳消しにしてしまった。

来世、もしまた親子として縁があったら
今度は仲のいい母娘になりたいと思う。
今、母は私の心の中にいる。
いろんなことがあったけど、母のことは好きだったんだ。
そう言える。


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ありがとう



☆今日の一日一善
・デートだった今日。1時間遅れてきた彼を許した。
・太り気味の彼、スタバでラテを注文し砂糖2本を所望したが、こっそり砂糖1本に
 注文を変更した。

★今日の一日一悪
・デートのために、娘二人に夕食作りを押しつけた。







介護ランク「お守り」

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今日は雨。そして暖かい。でもって、頭が重い…。
そんな中、今日からはこれ。
 
 
 
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頭痛の合間を探して読みます。
 
 
 
今日もじじー様から電話があった。
「どうしたの?」
「あのねぇ…。うーん、うーん、何やったかいな(笑)」
電話の会話すらスムーズにいかないウーン。
「あぁ、前の市役所から手紙が来たけど、読んでも意味がわからん」
「あら、そう。今度行ったときに読むから置いておいてね」
「源泉徴収がどうこうって書いてある」
「多分、確定申告提出用だから置いててくれればいいよ」
「お金払えってことじゃないとね?」
「払い込み用紙がついてるわけじゃないんでしょ?」
「ついてないねぇ。知らん顔しといていいんやね?」
「今度行ったときに見るから、心配しなくていいよ」
「でもねぇ…」
こんなやりとりが10分ぐらい続く…。
 
今日はスムーズに話せてよかった。
これが、電話番号や口座番号などを私に伝えようとすると
非常に長い時間を要してしまうのだ。
数字を読み上げていて、途中でどこまで言ったかわからなくなる。
そういう時は大抵、
「もういいから。今から行く!」ってことになる。
 
明日か明後日には行くと言っておいて、急用が重なって行けなくなると
ものすごい剣幕で電話してくるので、頭痛が余計にひどくなる。
今回も遅くても明後日までには行かないと
じじー様の怒りの電話が入るだろう。
少し前を考えたら、今は少し楽。じじー様もまだ元気なうちだし。
 
私は離婚してすでに13年経っているが、
元夫とは友達関係でいるし、元夫の親とも交流がある。
元夫の実家へはたびたび遊びに行くし、誕生日や父の日母の日の
プレゼントは今も欠かさない。
周りからは、離婚してるのに変なの…と言われるけれど
こういう関係が成立してしまってるから、私には普通のこと。
 
義理の父は5年間闘病生活をした。
4年間は病院を転々としていたが、「家に帰りたい」と言い続けるので
家族は覚悟して病院から連れて帰った。
酸素は手放せないし、寝たきりの介護。同居の家族は大変だったと思う。
次女は義父の一番のお気に入りだったので、介護にもずいぶん関わった。
食事を上げたり下の世話をしたり、自分の娘ながら感心した。
 
私は、元夫と義弟が仕事で一晩二晩家を空けざるおえないときに
泊まり込みで付いていたくらい。
それも次女と当番制にしていたので大したことはしていない。
していないんだけど、実父と義父の間を行き来するだけで
ひどく疲れた。身動きとれないと塞ぎこむくらいに。
さあ、明日も義父の付き添いしなくちゃと自分に喝を入れた夜、
義父は永遠の眠りについた。
 
なーんにもできなかったな。
結婚生活が続いていたら、介護は全部私が任されていただろうに。
去年、実母が亡くなった時も、何にもできなかったと悔やんだ。
 
だから、じじー様にはできるだけのことをしていかないと。
 
…って言うのは、本音かどうかわかんない(笑)。
母の仏壇に、毎朝
「じじー様が私に面倒かけないように、お母さん手伝ってね!」と
手を合わせてるもん。
 
子供が手が離れたら親の介護が始まるって、ほんとだね。
私はまだ、3人の娘たちがサポートしてくれてるから恵まれてる方だな。
 
……あ、元夫の実家とも懇意にしてるから、彼は「復縁すれば…」なんて
言ったのかなー。疑心暗鬼にさせるようなことしてるんだろうけど、
「離婚しても、私たちの娘だから」って言ってくれた義理の両親を
切り捨てるわけにいかないんだな。
残された義母の様子もこれからも見に行くし、最後までできることを
していきたいと思ってる。
 
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その嘘、ほんと??
 
今のところは、うちのじじー様だわ。
原始人みたいな世代だから、薬はなかなか飲まないし
「おれはもう長くないかもしれん」と電話してきたと思えば
翌日には
「調子がいいから、あと10年ぐらい生きそうだ」と言ってみたり。
私の予想では、あと20年ぐらい生きるんじゃないかと(汗)。
本格的な介護が先に待ってるんだから、私も老けられないわ。
 
 
☆今日の一日一善
・スーパーで、どこぞのおばあちゃんが駐車に苦戦してるところ、後ろにも車を詰められクラクションでせっつかれたけど、怒らずにっこり笑って駐車終了まで見守ったこと。
 
☆今日の一日一悪
・娘が出校日なのに、起きなければいけない時間から30分間温かい布団のぬくもりを感じてゴロゴロしてた。朝食をかっ込んでた娘に、悪かったと反省もしなかった。
 

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