もなか工房

マイ・ブームを イラストと写真で! 私の野鳥HPです。http://monaka.jpn.ph/toritoru

バイク

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愛車ブロンコ

ボロンコ?!いやブロンコです。

イメージ 1
私なりの満足している、バイク、ブロンコ。
大型免許ありますが、今は、これ。
車検なくてうれしい。
不人気車種なので?!ほとんど見ません。
安い、軽い、遅い!、スタイルは好みなおで・・。
ジーパンで似合うバイクとして決めましたが、どうかしらネ。
はや、10数年になります。
タタタタ・・・t・・。
最初のころは、長距離のると、単コロの振動でお尻、手首が疲れました。
人間、慣れとは、すばらしい、今では、味のような・・。
まあ、今は、長距離乗る気はしませんが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

11月目前、暖かいネ、ツーリング日和

イメージ 2今週、暖かかったネ。
ここは、岐阜県の富加町、11月目前でこの暖かさ。
朝のもなかの散歩では少し冷えるけれど、昼間はポカポカ。
こうも、暖かいとつい、そこらを1周、1時間ほど。
信号機のない道を選んで、レッツ・ゴー。
これで、ストレス発散できます。





秋の風景はまだ?。
赤、黄色がない。
景色はいまいちです。
秋は来るのかな??。

8年の眠りからブロスが復活!!感激

購入から20数年、この8年はエンジンもかけず、倉庫に眠っていたバイク、ブロスP1。
30代から40代中まで日帰りツーリング中心に65000KMも乗りました。

そんな、ブロスのエンジンが掛かったのです。感激!!!!。

イメージ 1
9月始め。
眠っているブロス、このまま朽ち果てるのも寂しいと思い、使ってもらえるように、売却を計画。
取り敢えず状態のチェック。
バッテリーは×なので車からブースターコードで電源をとり、始動。
しかし、さすがに8年の歳月は長く、エンジンが掛かりません。
おまけに、キャブからガソリンが噴出しました。
このまま、廃車、解体屋行きかと思うと、とても寂しい気持ち、ブロスに申し訳ない気持ちで一杯です。
売却、解体屋、どちらにしても、もう一度エンジンに火を入れたいと決意。
キャブレターを取り外して、固着洗浄、をすることにしました。
これが、素人考え、当然マニュアルもありません、分解の難しいこと。
さあ、タンク、エアクリーナまででは取り外せました。キャブレターをみて、ゴチャゴチャしたワーヤー、ゴム管を見、挫折しました!。
それから、3週間、やはり気になる。
再度チャレンジ、今回は1週間かけて作業を行うことにしました。

最初の1日
分解、前回挫折したキャブレター、ゴム類が硬化しキャブはびくともしない。
他を壊すのがこわいのでなかなか力が入れられない。
それでも、4時間かけてなんとか取り外しに成功です。腰が痛い!!
今日はこれで終わり。

2日目
さあ、キャブレターの分解です。
まずは上の方、右のニードルの動きが悪い。左と比較すると少し内部が汚れている。
洗浄しきれいにふき取る。まり、改善しないような気が・・・。
左のフロータを外す。
きれいだな、とチョット拍子抜け。
次は右のフロータを外す。
ワー。濃い緑の沈殿物がべっとり、フロートの動きも悪い。
ジェットを外し洗浄除去、これがなかなか・・。
細い穴の中は針でチョンチョンと貫通。
まあ、気の済むまで洗浄除去を繰り返しました。
そして、組み立て、エンジンに取り付けまでして終わり。今日も、腰が痛い。

イメージ 2
3日目
残りの取り付けをはじめました。
エアクリーナをつける。
あれ、ホースがでてる?。ワイヤーが・・・。
そうです。前日、パイプ、ワイヤーの取り付けを忘れていたのでした。
また、キャブレターを取り外し、作業のやり直し。
3時間かかってやっと完了。指先が痛い。
エンジンは明日かけようと作業終了。
正直なところ、エンジンがかかる気がせず、結果を先に延ばした。が本音。
でも、作業を終わって一服すると結果が気になる。
やってみることにしました。
車のバッテリーと直結しセルを回す。
かからない、・・かからない・・
しかし、ガソリンは漏れなくなった。
再度、かからない・・。
プス。プス。・・・
ウォ!かかりそうだ。それがんばれ、もうちょっと。
ババババ・・・。
バンザーイ、バンザーイ。

一度はかかったエンジン そのあと・・

キャブのOHで生き返ったBROSだったが。
バッテリーを新調し意気揚々と再始動に挑む。
かからい・・・・・。
バッテリーもあがってしまう。
車からブスターコードで再チャレンジ、だめだ・・。
気分が沈む。

私の体調に合わせたように静まり返ったBROSのエンジン。
・・・
・・・

1度はエンジン復活させたことで、満足することにします。
このままでは、また、朽ち果てるてしまうので、次の主人を探すことに・・。
バイク王も考えたけれど、一度yahooオークションに出品すことにします。

誰かの役に立てばうれしい。自分では捨てられない。
そして、無事、落札されました。


ブロスの嫁入り、その後・・

オークションで埼玉の人に譲った富加のブロス。
突然、携帯に『ガソリンタンクが取れません。』と問い合わせ。
ビックリ!。オークションの相手からの電話も初めてですが、
売買意外のと追い合わせ内容にも・・。
部品取りで出してますヨ!!。
しかし、どうも生き返らせてくれるようです。
いい人にめぐり合ったかも・・。
イメージ 1HRC、今年の鈴鹿8耐、不参加!。

鈴鹿はホンダのお膝元。
8耐は日本では数少ない伝統と呼べるレース。
そんな、レースに不参加なんて、チョット信じられない。
F1は年間数百億かかる、撤退はある意味理解できる。
今のF1は費用かかりすぎ。
プライベートはもう無理な世界。
次のマクラーレン、ジョダン、ティレル、etcは出てこないだろう。
(3/29 オーストラリアGPでブラウンGP1,2してしまいました。!!奇跡!!)

8耐は数千万の小さな活動、ホンダが自分で育てたレースのなのに、これは理解できない。
ホンダは、単なるスケジュールの問題と言うけれど・・。
残念!!!

しかし、バイクの巨人がいないとなると、どこにも、優勝の可能性がでてくる。
がんばれ、プライベート、主役は君たちだ!!。


イメージ 2ホンダのレース活動はここ数年結果、低調です。
F1は費用がかかり過ぎで、見直しの時期に来ていたのでしょう。
ホンダブランドに傷が深くなる前に決断といったところか?。
きっと、すべての参加チームが思っているでしょう。
トヨタが継続したのが不思議!。ブランド作りに必死ねんですネ。レクサスだめだし!!。

費用が比較的かからないバイクレースはホンダブランドの維持のために継続といったところでしょうか。
チョット打算的ですが、ホンダも企業ですから。本田宗一郎の時代とは違います。
2007年ドカティ、2008年ヤマハとタイトルを取られているmotoGPは今年は、ビジネスとしてホンダ本体でタイトル奪回!!。

8耐、ホンダ、不参加は残念ですが、冷静に考えると・・・、
motoGPライダーがスケジュール的に無理なら、注目度も他のメーカーやプライベートと大差はないし、8耐久は、お祭りだから、プライベートにおまかせ。といったところですね。

実際、TSRで十分他のメーカーに対抗できるでしょう。伊藤真一に期待!!
結構、チームの力が均衡して面白いレースになるかも。チョットHRCは強すぎるネ。
みなさんの、応援チームに優勝の可能性がでてきますヨ!!。

サポータの力で8耐、盛り上げよう!!。
イメージ 12007年、ノリック、たった1回の8耐参戦。
それほど、目立ちもせず終了。
8耐に外人GPライダーが大挙参戦していた2000年前後に参戦してほしかった。
ノリックも絶頂期、きっと、GPデビューレースのような伝説ができたのでは・・と、想像。残念。


準備万端。ピットから発進。
レースに参入します。
ヘルメットの奥で鋭い目が光る。
どこか遠くをみている。
遥か遠くのゴール?。
それとも、・・・・。

バイクを降りるとチャメッケたっぷりのノリックとは別人。
そんな、ノリックはもういない。

イメージ 2

イメージ 3まだ、明るいうちにライトonの指示。
闇の戦いの開始。
周りは一気に暗くなります。
ほんのひと時ですが、日本で唯一の夜間レースが楽しめます。
1時間ほどで、ゴール。

その後は、コース上を埋め尽くす観客による祝福。
戦い終わって観客前でのパフォーマンス。
8耐は、観客とのコミュニケーションがあります。

8耐は、サポータ参加のお祭り、
サポータも8時間の灼熱の観戦で疲労困憊してます。
体力の消耗に反して、神経は充実感を覚えています。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

[[attached(1,left)]

GPデビュー ノリックこと阿部典史 1994

ノリックのGPデビュー
何回見ても、若々しいレース。
挑戦者はこうでなくっちゃ。
シュワンツ、ドゥハン、カダローラと堂々と渡り合いました。
最後の転倒は残念でしたが、okでしょう。

去年残念にも、この世を去りました。
決して、最強のライダーにはなれなかったけれど、最愛のライダーと言えるでしょう。
もう一回、1994年の日本GP見るか!・・。








[[attached(2,left)]

GP初優勝 1996

この日はノリック絶好調、序盤から2位を大きく引き離していく。
終盤逆バンクから、ダンロップブリッジのあたりでおきるリアをスライド。
転ぶな、転ぶな、チョット抑えて!!。と祈りながらTV観戦をした。
結果、楽勝で初優勝。
ゴール後のインタビューではおお泣きでした。
若いノリックにとってGP参戦はいろいろな意味で大きなプレシャーがあったのでしょう。
チームレーニーの1stライダー・・
ヤマハのワークスライダー・・
日本GP・・
・・・



[[attached(3,left)]

GP 最後の優勝 2000

2000年日本GP
ノリック3勝目これが最後のGP勝利。
サテライトチームでの優勝は立派。
本当にうれしそうです。
さすがに、1996年の日本GP優勝のように大泣きはしなかった。
大人になったな・・。

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