不器男のブログ

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我が家の1階のベランダは木製である。知人に最初作成してもらったのだが、木製なので木が腐りこれまで記録しているだけで下記のとおり何度も修理してきたが、もう限界。ゴールデンウィークの5月3日&4日と体調がまずまず良かったので、全部撤去を前提に応急修理を今回した。ベランダの前の部分1m程を一部撤去したのだ。全部撤去するとなると廃材をどうやって捨てるかが問題になる。普通車は処分したので市のクリーンセンターに運べない。撤去した廃材を小さく切ってゴミとして出すしかない。という訳で今回一部撤去とした。

今回の修理
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ベランダの前の部分1mを丸鋸で切り取ったところ。手前がその残骸。

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 土台がコンクリートなので、ホームセンターで売っている石板を敷き詰めようと思っている。その作業が出来るまで健康に戻れば良いのだが。

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廃材を撤去してすっきりした状態。廃材は小さく切ってゴミとして出した。

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草花だけでなく、猫の小梅を見ていると、慰められ思わず笑みが顔に出てきます。あれこれ悩んでいてもほっと気持ちが落ち着きます。「お前はいいなぁ、お前悩みなんてないんだろう」と声に出して問いかけても無視して通り過ぎます。
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何故か冷蔵庫の上が好きな小梅。

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無防備に見つめます。

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眠そうな小梅

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何故か隅っこが好きなのである。

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作業をしているとくっついて来る。お座敷の布団を出して乾かそうと作業していると、床の間横の押し入れにちょこんとお座りになる。お座敷の障子を破っても平気な顔。全く意に介していない。

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一日16時間くらい眠っているのではないか。不眠症の私としてはうらやましい。

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2017年4月30日、心身ともに薬の調整がうまくいって体調がまずまず良かったので、久しぶりのリハビリ登山。登った山は、「山と高原地図」石鎚・四国剣山の登山地図を担当されている清家一明先生が松山近郊の里山を調査して見つけた手頃な登山道。リハビリ登山にはちょうど良い。
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調査執筆清家一明とある。知人が個人的に親しくいろいろ個人的に指導?を受けている。

 歩いてみると、結構登山気分が味わえる。最初は人工の植林の中を電力の巡視路を歩くことになるが、途中から広葉樹の自然林に変わる。とても気持ちが良い。22号鉄塔からは、福見山方面が遠望できる。
 22号鉄塔から23号鉄塔までは尾根道を歩く気分。23号鉄塔からは瀬戸内が見え、反対方向には遠く石鎚山が見える。鉄塔の周りは木が伐採されていてとても見晴らしがきく。23号鉄塔の近くに771mのピークがあるはずなので、GPSを頼りにピークを探す。それらしきものを発見。久しぶりの山歩き、とても気持ちが良かった。
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登山ルート。四国電力の鉄塔巡視路を歩く。もらった手書きの登山ルート図には色んなコースが書かれていた。

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車が3〜4台おける膨らみがある所に駐車する。前方が松山方向。帰りの事を考えて松山方向に向けて駐車している。

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駐車場所から下ると一二三橋がある。これが登山口への目印

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こんな鉄製の小さな橋を渡り登山口を目指す。

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四国電力の巡視路を示す鉄製の杭、ここが登山口と考えていいだろう。

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植林地帯を歩く。

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植林帯にもよく見ると、可憐な花が咲いている。この登山道は意外に花が多い

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この花が登山道のここかしこに咲いていた。

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これはスミレだろうか?マクロで撮影。

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歩きやすい自然林に変わる。

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ミツバツツジ?が咲いていた。

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広いふくらみをUターンするように進む。

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こがね虫がいた。

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見上げると新緑と青空が美しい。

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22号鉄塔到着。

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22号鉄塔からの眺め。手前の山がたぶん福見山、奥の鉄塔がある山が高縄山。

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鉄塔すぐ横にある山、若葉が芽吹いている。

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23号鉄塔に向かう傾斜の少ない快適な登山道。

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尾根道歩きのような感じ。

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ゴールの23号鉄塔が見えてきた。

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23号鉄塔、周囲の木々は切り払われ見晴らしが抜群。

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福見山、高縄山、左には瀬戸内海が見える。

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瀬戸内海方面をズームイン。

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反対方向には、春霞でかすんでいるが、石鎚山が見える。

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23号鉄塔からGPSを頼りに771mの無名のピークを探す。たぶんここだと思う。

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帰り道も花が目を楽しませてくれる。


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 帚木蓬生著「生きる力 森田正馬の15の提言」の中に、「2.見つめるという」章がある。内容の要約は以前にも書いたけれど以下のとおり。
 「不可能な事態をひたすら考えていると、身動きがとれなくなります。この状態が、正馬がよく口にしたという「繋驢桔」(けろけつ)です。杭に繋がれたロバが、逃れようとして動き回り、とうとう身動きできなくなる有り様を言い表した言葉です。堂々めぐりの考え方、5分以上考えて、脳を痛める考え方に行き着きます。
 反対に、いくら見つめても、脳は痛みません。痛むどころか澄んでくるのです。ひたすら「見つめる」。その先に何らかの光明が必ず待っています。考えるのは二の次です。
 森田療法で、絶対臥褥明けの患者がまず命じられるのは、庭の観察です。草や花、土の色、集う虫などをつくづく眺めさせます。自分の憂いも、そのうち小さなものに思えてきます。」
 これに倣い、庭先で佇む時、散歩をする時は草花を眺め、写真に撮るようにしてます。意識して見つめていると、この季節は色んな花が咲いているのに気がつきます。痛みもそして「憂いも、そのうち小さなものに思えてきます。」

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自宅の庭のすずらんが満開

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ズームアップ。すずらんを見ると何故か佐藤さとるさんの「だれも知らない小さな国〜コロボックル物語」を思い出す。作品の中にすずらんが出てきたかどうか自信はないけれど、何故かすずらんの花を見ると思い出す。佐藤さとるさんは今年の2月の亡くなられた。ご冥福をお祈りします。

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ジャスミン、香りが一面漂う。この花の香りを嗅ぐと、やはり杏里の「オリビアを聴きながら」を思い出す。ジャスミン茶ってどんなふうに作るのだろう?調べてみると、緑茶にジャスミンの花の香りを染みこませて作るのだそうです。
「オリビアを聴きながら」の歌詞では「ジャスミン茶は眠りに誘う薬」とありますが、私には疑問です。却って目がさえるような気がする。

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シャガの花。これは母が植えたものだと思う。繁殖力が強い。シャガっていう独特の名前の由来は知らない。中国原産だが、学名は「japonica」

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つつじ。このつつじは玄関先に移植してほとんど枯れかけていたのだが、数年かけて再生して花をつけるようになった。前庭にある大きなつつじには花が咲かない。剪定の時期を間違っているのか、肥料をやらないせいだと思う。

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 これは花屋さんで買ってきたしゃくなげとあじさいの花。前庭にあったあじさいも全く花が咲かないので、昨年玄関先の庭に接ぎ木をして植えたら、今年は花芽がついているようだ。
 しゃくなげはやはり登山道を歩きながら見るに限る。

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 ケイトウの花。これは、円錐状の小さな花をたくさん咲かせるノゲイトウ系のケイトウ。花の名前の由来となった鶏のトサカに似ているケイトウはトサカ系というらしい。

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近所の畑の隅に咲いていたアヤメの花、それとも菖蒲だろうか?アヤメと菖蒲の区別が私にはつかない。

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バラ科の花だと思うが名前は知らない。赤い色のもあった。

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みかんの花、みかんの花も香りが強い。ズームアップしたが、一面みかんの花が咲き一面香りに包まれていた。

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 近所の家に咲いていたバラの花、撮影した直後、家の人が目の前にいることに気がつく。「バラの花がきれいので撮影させてもらいました」と無断撮影の謝罪をしたら、「どんどん撮影してください」

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お言葉に甘えて、赤いバラも撮影させてもらった。

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麦秋の季節。撮影した2日後にはきれいに刈り取りが終わっていた。

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術後6ケ月診察

 4月21日(金)、SC病院で術後6ケ月の診察。前日松山を出て6時間電車に揺られて疲労困憊して浜松駅に到着。駅近くのホテルでしばらく休んで、駅地下で夕食に鰻丼を食べる。今回の診察は術後6ケ月経過しているのでリバウンド症状も収まっている想定で診察のみの予定だったが、痛みが続いているので、無理を言って、CTとMRIの画像検査もしてもらった。
 結果は、画像上は経過良好。再狭窄もない。痛みが続くのは、CRPS(複合性局所疼痛症候群)かもしれないが、可能性は低い。心因性の疼痛あるいは神経障害生疼痛が考えられるので、リリカあるいはサインバルタの処方を勧められた。自然治癒する事も期待されるとの事。
 結局、今後の事も考えてリリカあるいはサインバルタは地元の心療内科で判断して処方してもらうこととした。そこで、SC病院での薬の処方は、ロキソニン60mg〜毎食後1、レパミピド100mg〜毎食後1、ノイロトロピン4単位〜朝・夕食後2が中止となり、メコバラミン500μg〜毎食後1とエペリゾン50mg〜毎食後1が90日処方された。次回の診察予約はなく、何か変化があれば電話予約することとなった。
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CT画像。下から3つめが拡大された椎間孔
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MRI画像。再狭窄はみられない。


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新幹線のグリーン車、ほとんど乗客がいない。
 診察が終わり浜松駅に着いたのが4時過ぎ、途中神戸等でもう一泊することも考えたが、ホテルでは眠れない性格だし猫も帰りをまっているので、その日に松山まで帰ることにした。その代わり、帰りの列車はグリーン車にした。新幹線のグリーン車は人生初めての経験。快適だったが、岡山から松山までの在来線は特急とは思えないほどガタンゴトンと遅く色んな駅に止まる。そして乗り心地も悪い。23時半にようやく松山に到着。不安神経症も抱えているので、心身ともに疲れ果てた旅行だった。この時は先に灯りが見えない状況だったので尚更だった。
 松山に帰り、かかりつけの心療内科を受診し、T先生に勧められたリリカあるいはサインバルタの処方を相談したところ、この心療内科でサインバルタを以前処方され私の身体に合わなかった経緯があるので、先生は迷うことなくリリカの処方となった。(リリカも以前、別のペインクリニックで服用して効果がなかった経験を持っていたが、過去別の薬だが間隔をおいての2度目の服用で効果が出た経験も持ち合わせているので、先生の処方に従った。)最初から75mg朝夕それぞれ1回の服用。私のクレアチニン・クリアランスの値がこの数年54前後なので、リリカの維持量は1日150mgだ。徐徐に増やしていくのではなく、最初から維持量だった。
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 なんと、リリカの処方が逆転ホームランとなった。上腕の焼き付くような痛みが消えたが、総じて痛みは2〜3割減くらい。期待していなかった効果が別に出たのだ。不安神経症の症状である「不安感」が9割減となったのである。メンタル面の改善があると、生活の質も上がってくる。行動範囲も広がって来た。
 当該心療内科では、何種類もの抗うつ剤を試してみたがどれも効果がないので、「最後の手段として」ラミクタールが処方され、順次増量し1日150mg服用の段階だったが、リリカで不安感がほぼ消えたので、ラミクタールを5月9日に中止した。果たして減量ではなく中止したのが良かったのかどうか判断しかねている。ラミクタール中止後、何故か逆にリリカの副作用の眠気が増し、やる気が減退している。不安感はほとんどなあが、鬱状態に近い。次回の心療内科の受診の際相談してみよう。抗不安薬としてランドセンを服用していて、ラミクタールを復活すると、抗てんかん薬を3種類服用することになりそれも素人ながら考えものだなと思うところもあるし、、、。
 あと、継続してリリカを服用して痛みがもっと収まれば良いのだが、、、。

 後日、友人の整形外科医に画像を見せて意見をもらったところ、そもそも画像のみで「手術は100%成功」と判断できるものはないという前提で聞いてほしいが、今回の手術は、なし得るベストの事が出来ていると思われる。逆に言えば、1回目の徳島の手術は失敗例だったと判断できるけれど、今回の手術は失敗ではない。成功だったと自分で納得した方が気持のうえでも得策である。
 痛みが残っているのは、圧迫が解除されてはいるが、神経が傷ついた痛みの「発火場所」が残っているせいだろう。リリカが効いて痛みが多少なりとも収まっているのがその証拠。全く効かない人もいるのでラッキーと思うべき。
 好きな登山の趣味もリハビリ的に再開し前向きに楽しく生きたほうが良い。手術は上手くいった、痛みも収まりつつあるのでよしとしよう、痛みは残るかもしれないが激痛ではないし、我々くらいの年になると痛みを抱えて生きている人はたくさんいる。自分だけが特別じゃない。痛みに振り舞わされるのじゃなくて、上手く痛みとつきあっていこうと前向きに考えた方が得策である。こんな意見だった。(半分は自分の考えを含めて編集しています。)


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