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カウンセリング&子育て心理学

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「愛は裁かず」伊藤重平
「愛を裁かず」の中に出てくる伊藤氏のクライエントとの対話やコミュニケーションを見たとき、神様が私自身に接するときのことを思い出した。
まず、伊藤氏は、青少年クライエントよりも年上であり、経験も社会的地位もある大人としての立場を完全に捨てていた。あくまでも、クライエントの目線で理解することに努めているのだ。
この姿の中に、イエスキリストが、神であるお方なのに、私たち人間の世界に下りてきてくださって私たちと視線を同じくしてくださったことを思い巡らした。
「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人とのしての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。」(ピリピ2:6−8)
カウンセラーは、上から目線で、クライエントを責めたり、訓戒するのではなく、クライエントが何故そのような状態にあるのかを、熱心に身を乗り出すようにして聴いていく。このような傾聴繰り返し要約を通して、クライエント自身が、自分の問題行動や人間関係の歪みの発端やきっかけを理解し、認知し、解釈するのを助ける働きをする。同情したり、何かを教えようとしたりすることは避けなければならない。
 
次に、伊藤氏は、「そのとき、あなたはどう感じましたか?」とクライエントに質問している。カウンセラーは、クライエントが心の深いところに押さえ込んでいた感情を言葉で表現する機会を与える。このことを通して、内側にあるものを外に出すことができる。
これは、私たちが神様に祈りを通して心のうちを話すときに似ていると思った。神様との対話を通して、「ああ、自分は今までこんな風に感じていたのだ。」「ああ、自分の中にはこんな罪の性質が潜んでいたんだ。」と気付かされていく。
「外側から入って人を汚すことのできる物は何もありません。人から出てくるものが、人を汚すものなのです。」(マルコ7:15)
同様に、カウンセラーは、心の奥で時に本人さえも気付かないで眠っていた感情や思考に気付かせる手伝いをしている。
 
伊藤氏のクライエントに対する態度から学んだことの中に、クライエントをかけがえのないたった一人の存在として接するというカウンセラーの態度があった。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
神が、私をかけがえのない高価で尊い存在として、取り扱ってくださっているように、カウンセラーもまた、優しいまなざしをもって、相手を積極的に受容していく態度が大切だと思う。
 
クライエントに対して前もって理解しておかなければならないこととしては、クライエントは、叱責や訓戒ではなく、赦されることを求めているということだ。何故、少年、少女が問題行動を起こるようになったのかという理由を紐解いていく中で、「わかってもらえた」「赦してもらえた」という受容とゆるし、そして、愛を経験したとき、クライエントの心は解放されていく。
「人間には過ちをしたとき、外部から裁かれせめられることから逃れたいという根強い欲求がある。そこが心の割れ目である。ゆるすことは心の割れ目を打つことになる。」と伊藤氏は言う。この裁きや叱責から逃れたいという願望を満たしてあげることで、クライエントは解放されていく。
赦したことを意識的に伝える方法の型として以下が挙げられていた。
1)行動の解釈そのものを子供に伝える
2)子供に謝る
3)子供の著しくよい点を見つけてほめることによって、よくない行動を赦していることを伝える
次に、クライエントは、カウンセリングを通して、心の奥に秘められた怒りや悲しみをカウンセラーに向けてぶつけてくるということをカウンセラーは知っておく必要がある。これは、別の誰かに対する感情を、カウンセラーに転移する感情転移と呼ばれる。クライエントの攻撃的な態度や言動などに反応するのではなく、「そのとき、どう感じたの?」とクライエントの感情を言葉によって表現させることが大切だ。
そして、クライエントは、幼少時代の生まれ育った環境の中で親や周りの人に受け入れてもらえなかった人や心に傷を持っていることが多いことをカウンセラーが理解していることも大切なことである。殴られて育った人は、攻撃性と劣等感を持っている。親に愛されずに育った人は、愛されたい、自分の価値を認めてほしい、という欲求を持っている。神様が、私たちを赦し、どんなことがあっても愛し続けてくださるように、クライエントもまた、この世にたった一人の特別な存在である。クライエントを、大切な神の作品として、接していくとき、クライエントは愛と赦しを経験することができるということを学んだ。
 
この著書を通してカウンセリング全般において具体的に学んだことは、
1)第三者が面接に参加しないこと。ケースワーカーは必要な場合、親や教師とも面接すること。
2)クライエントの置かれていた環境や今置かれている状況にいたるまでの経緯を傾聴、要約し、解釈に導く。
3)裁かず、相手の感情に共感しながら、クライエントが受容や愛と赦しを経験できるようにする。
このことが可能になるのは、カウンセラー自身も自分を赦し受け入れていなければならない。相手を赦し愛し抜くためには、自分自身が神に愛され赦されていることにいつも立ち返っていくことが必要である。そして、イエスキリストがそうしてくださったように、相手と共に生きていく姿勢を忘れてはならないと学んだ。
 神様の愛、イエスキリストと十字架の意味を一人でも多くの方に知っていただくために、そして、日本ではまだあまり知られていない筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)のことを知っていただくために記事を書いています。
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いい人間関係を持ちたいと思ったら、心の豊かさと人間性の深みを培う
1)労を惜しまない生き方でしっかり汗を流して体で勝負-イエス様は、血の汗がしたたるような祈りをされた。クリスチャンにとっての労働は、人に親切にすることより、祈ることである
2)人の痛みがわかる共感性を培う:「イエスは、涙を流された」
3)自己中心を捨て友のために自分を捨てるようなスピリット:キリストは、私たちのために死なれた。
このような生き方ができるには、そのように生きた実在のイエスキリストに出会うこと。
ほめる、ほほえむ、ユーモアをもつ
1)すべての人は神に造られ、長所があるから、それをみつけてほめる「人を自分より優れた者としなさい。」「すべてのことを働かせて益としてくださる。」
2)ほほえむ:「あなたは、ほほえみをさしあげるのにふさわしい人です。」
3)ユーモアをもつ
人と張り合うのではなく、負ける勇気を持つ。相手の自慢話や誇りを許し、欠点を指摘されても、「そんなところもあるかも」と受け入れる。相手の語る否定的、破壊的言葉も善をもって対処する。
こころにゆとりがあるとき、どんな状況においてもほほえみをもって生きることができるークリスチャン一族が将軍命令で殺されるのを上杉藩の殿様がかくまおうとして、書面だけでもクリスチャンであることをやめるように言ったが、「それだけは」と言って、処刑に連れて行かれた。それを見て隠れていたクリスチャンが「われもクリスチャンなり」と言って、その列に加わり57名が処刑された。その死に向かう人々の落ち着いた姿の中にゆとりがある。
ゆとりとは、いつも必要なときにそれを引き出すことができること、そして一番大切なことを生活の中心にもっていること。どんな時代、どんな状況でも、神様を心にお迎えして生きることの中にゆとりある生き方が与えられる。
本当のリーダーシップ
人間の意志や感情を無視してムチや権力で人を操ろうとするのではなく、この人ならついていきたいという実感を相手にもたせる
1)自分の本当の姿を知る:自分がどれだけ自己中心であるかを認める。
2)自分を変えたいと切に願う
3)キリストの愛によって変えられる:人間の知識や思いでは変われない。人を造られた神、人となったキリストの十字架の愛に触れることで内側が180度変えられる
愛することは信じること
仮に状況が否定的で破壊的であっても、事実の如何に関わらず相手を信じてあげる
天の父に造られ生かされている私たちがすべて神の御手にあることを信じて捨て身で全力をぶつけると道が開かれる
信じることができない、愛することができない自分を認めて、キリストを信じて生きるとき、変えられていく
人間関係がうまく行かない人は、わがままで自己中心の傾向が強い。自分の思い通りにいかないと、周りに腹を立てる
「旅人であり、寄留者である」−神に与えられた人生という旅の中にいる。
家族や時間、自分自身も全部自分のものであると思っていると、それが失われたり、とられたりするといやな思いがする。すべてのもの、おかれている状況さえも、天の父からお借りしているものと思うとイライラが減る。自分が旅人であり、生かされているものと知るとき、自分にこだわらなくなり、なんでもできるようになり、道が開かれる。
人を思いやる訓練
人間関係のよしあしは、その人の教育、しつけの受け方にもよる。成長期に、温かい愛にはぐくまれ、厳しい訓練を受けることが大切。あるアメリカ人の少年が空港までスーツケースを運んでくれた。親に、お礼にその子に10ドルあげてもいいかと聞くと、25セントでいいと言われ、あげた。すると、そのこは、貯金箱にそれを入れたので、たまったら、ゲームでも買うの?と聞いたら、これを教会にもっていって、友達とためたお金をひとつにしてアフリカの子供たちに送ると答えた。「受けるよりも与えるほうが幸いである。」

 昨日は、受難日。
いやはや、私にとっても、「とほほほ、受難日」となった。
自分の罪深さを思い知らされることがあり、相当落ち込んだが、ただただイエスキリストの十字架の前にひれ伏した、、、そんな夜だった。
だいたいにして、わたしの反省や悔い改めは、神様との関係、そして、人との関係の中にある。それほど、自分以外のものと関わることは、難しい。
でも、そこに拾わなければ成長できない学びが多くあるものだ。
以下は、田中信生氏が書いた「魅力ある人間関係」を私が要約したもの。
神学校の課題で、読んだのだが、まず要約しないと、レポートが書けないので、ざざっと要約したのだが、自分だけで持っておくのはもったいないので、アップすることにした。
 
 
どうしたら、人間関係で成功できるか。
1)発想を変える:角度を変えて物事をみる:神にすべてを与えられているから、お返しをするという発想で生きる。
2)嫌いな人がいることを恐れない:自分と違う人がいてもよいと相手を受け入れる。
3)周りや相手のせいにしない。
4)うまくいかない根本原因が自分のわがままにあることに気付く:自分で自分をしつけていく。
5)人間関係での失敗を恐れない。
6)傷つくことを恐れない:傷つき痛みながら成長する。
7)うまくいかない人の名を書き出して祝福の祈りをする。
8)よい人間関係を持ちたいという熱意を持つ。
9)誠意をもって人につきあえば道が開かれる。
10)            熱意が誠意になり、クリエイティブになれる。
まず、自分が変わること。
1)かけがえのない特別な存在として相手を知る努力をする
2)相手を変えようとするのではなく、祈りと神の言葉によって自分が変えられていく
3)いつも相手の長所を見る
 
自分を受け入れる
自分を赦し受け入れれば、人のことも赦し受け入れられるようになる。イエスキリストの十字架によって自分の失敗も過ちもすべて赦されていることを受け入れるとき、自分を責めることから解放される。
神に生かされ、神と共にいき、神の愛を経験し、神に愛されている自分を受け入れたときから、本来の自分になれる。
自分を愛する人、ありのままの自分を受け入れられる人が、ありのままの人を愛し、受け入れることができる。
ありのままの自分と仲良しになり、自分に本音を語れると、人とも本音でつきあえるようになる。
人間関係が下手であることを素直に認める。自分の弱さや過ちも主によって生かされると信じていると、訓練され強くなれる。
 
人を受け入れる
精神的幼児性:人間関係のうまくいかない人は、心の痛みを持っている人、子供時代に親に受け入れられなかった人が多い。ゆえに、自分を認めてくれないと耐えられず、依存心が強く、人の弱点を赦せない。
成熟した大人:相手を受け入れ、共に生きようとする。
どうすれば、幼児性から成熟した大人に移行できるか。― 親替えをする−あなたを創造した神が親として、あなたを受け入れ、愛してくださっていることを知る。
神は、性別、気質、血液型、国籍の異なる人間を造られた。そこに、新しい体験や驚きが意図されている。
自分とは違う人の意見を良く聞き、交わり、よく観察し、どのように調和させるかによって味わいのある音色が生まれる。
長所を探し、ほめ、弱点を赦す。弱点を責めるのではなく、弱点を補いあうために、お互いを必要としているのだという観点で付き合っていく。
人は、裁かれず本当に赦されたとき、それが成長のエネルギーに変わっていく。
人は赦されて受け入れられてはじめて、自分の不十分さを認め、神から離れている罪を知る。
自分に対してだけ持っていた関心を相手に向け、相手のためにでなく、相手と共に生きる。
人を自分よりも優れた者と思い、謙虚に付き合うためには、神に造られ生かされている自分に自信を持つこと。
カウンセラーの資質:相手の立場に立って考える。相手と自分を全く同じものと謙遜に考える。これが、愛。刑務所にいる人に対して、「私も不十分な人間です。私がここにいてもおかしくない。」「私は、あなたよりも劣ったものです。」神の前に不十分で小さな存在なのに、神が無条件で愛してくださっていることを知るとき、相手を自分より優れた者とすることができる。
 
コミュニケーション上の知恵
聞き上手になる
1)助言などせず、ただ聞く。
2)よく聞いて、相手の立場、痛みを理解する。
3)行間を読むように、相手の語ってないところを聞き取る。
4)相手が言いたくても言えない部分を聞き取る。
 
 
相手の間違いや欠点を指摘するときや伝えたいことがあるとき人を動かす話し方
1)本人の前だけで
2)長所を3倍くらい言ってから
3)肯定的に前向きに建設的に
4)命令しない
5)「これをしたら、これをあげる」というように相手の欲に訴えない
6)相手に対する深い思いやりを持って、理由を話し理解してもらう
7)相手の状況や能力を考慮して伝える
8)相手と共に働く
人に忠告されたとき
1)しかられるのは、変われるという可能性があるから
2)しかられるのは、愛されているから
3)自分の能力の不十分さをしかられても、それは、自分自身の価値とは関係ない
 
まず自分が魅力的な人間になる
いないと困ると思われるような魅力的な人間になるには
1)本当に魅力的な人間になりたい、変わりたいと願っているのかを吟味。なりたい、変わりたいと願えば、なかば達せられたも同然。
2)自分の力ではなく、神の力によって何事もできるという信頼と信仰を持つ
3)イエス様が「あなたの信じたとおりになるように」と言われるように、自分の想像したとおりになるのだから、いつも肯定的、建設的な絵を思い描く
4)失敗や犠牲があっても、訓練だと思って成功するまであきらめない
5)忍耐を持ってやり続けると習慣化する。
いつも本物に触れ、体で訓練する。
1)                    神様なら、このことをどうされるか、どう見られるかと神様の目でものを見る訓練をする
2)                    この世に目を向けるのではなく、イエス様を見て生きれば、人々はあなたの目にイエス様を見る
3)                    神様を無視して自力でがんばるのではなく、我力を捨て、神様に目を向けて歩めばさらに魅力ある存在になれる。
人生に目標を持つ
1)                    目的を持たずいつも動き回らないと気がすまないという人より、目標に向かってこつこつと生活する人のほうが魅力的
2)                    目標があると、困難を乗り越えられる
3)                    右や左を見て思い煩って行動に移さないのではなく、盲人が丸木橋をまっすぐに渡るように、しっかり目標を持っている人は思い煩いから解放される。
霊的目標のある人生
1)                    クリスチャンは、今日ではなく、来月ではなく、10年先ではなく、永遠という見えないものを見て生きていく
2)                    自分を愛し受け止めてくれる人を探して求めているのが人間の姿であるが、造られたものは、どんなにすばらしい人でも、造った者のように人を愛し受け入れることはできない。私たちを造った造り主に目を向けて生きていく
3)                    神様からの手紙である聖書の言葉を食べて生きる
いつも倍の努力を
「いちミリオン行けと強いるものとは一緒に2ミリオン行きなさい。」
1)礼儀を守る
2)相手が思いがけないときに親切にする
3)倍の努力をすることを惜しまない
捨てる勇気と与える勇気
1)                    変わることのない神の言葉によりどころを変えると、今まで執着していたことを捨てられる
2)                    特別な才能がなくても、人が嫌がることを率先してやっていくことで与える人になれる:捨て身の与える生き方
創造主である神様のそばに全自分の存在を置くことで確かなものに触れて生きられる。
 
痛みを超える
試練があるからこそ、人の痛みがわかるようになる。あまりに試練が長引くと、本当に神様はいるのだろうかと疑いを持つが、、、
1)すべてにときがある
2)忍耐や苦労を通して自分の器が整えられ、大きくなると、やがてくる祝福もたくさんはいる
3)苦労や悲しみを進んで味わうことで人を思いやれる愛する人になれる
いやされた人生を生きる
「すべての心の病は人間関係から生まれる」と精神科医が言うように、その起源をさかのぼると、胎内にいたときから、生まれ、育てられた過程の中で母子の親子関係の中に大部分が起因する。母の愛にまさる神の愛に出会ったとき、慰めと痛みからの解放があり、人生が180度変わり、喜びあふれる人生に変わる。
進化論的人間観では、人は皆偶然生まれたと考え、まじめな人ほど病気になり、競争に明け暮れて疲れ果てる。創造論的人間観では、誰が自分をどう評価しようとも、「あなたは高価で尊い」と言われる神様がひとり子イエスキリストを十字架につけても惜しまないほど愛してくださっているということに立っている。こつこつと神に信頼し、前に進むと成長していく。
 
やってみよう
愛することは知ること
時間を費やし、相手の話を聞き、自分も相手の立場になって体験してみる熱意をもって相手を知る
自分を知るには、知りたいと願い、人に尋ねてみる、毎日自分を発見する努力をし、捨て身になって全力投球で生きてみる。
人を赦せないのは、その人の中に自分が執着している何かがあるから。
見て、繰り返して、工夫して、できるようになっていく。
胃袋(健康を保つための良い習慣)、堪忍袋(イエス様の十字架での試練を思い忍耐の訓練をする)、新しい皮袋(天地創造の神を信じ、永遠に生きる人生観に立つ)
 

子供が精神的に健康に成長するには親の愛と「安全な場所」が必要である

お腹の中にいる子供に音楽を聞かせたり、話し掛けたりすることはとても大切なのは、

よく知られていることと思います。

「安全な場所にでていくことができる」というふうに赤ちゃんは

本能的に感じ取るからです。

お腹の中にいるときに、夫婦が喧嘩ばかりしていたり、

母親の精神状態がよくないと、

赤ちゃんは本能的にこの世に生まれてくることに危険を感じると言われています。 

そういう子供は大人になってから、その世界観に苦しみ、精神疾患を起しやすいとという研究結果があるそうです。



子供は愛がないと生きていけません。

これは、ただの教訓ではないのです。

実際に生まれてから最初の6週間は、

「愛」がないと赤ちゃんは実質的に死んでしまうということが研究の結果確認されています。

イギリスで第二次世界大戦中に親のいない本物の赤ちゃんを使って

生後数週間の世話の仕方とその子の人格の関係を実験したことがあったそうです。

(今ではそんな実験は倫理上無理な話ですが)  

本当の親のように看護婦が抱き上げたり、ミルクをあげたり常に話し掛けたりして

愛を与えて育てた赤ちゃんと、

ベットから抱き上げずにミルクをあげたり、必要最低限の身の回りの世話だけして、

話し掛けたりしないで育てた赤ちゃんを比べて

その赤ちゃん達がどういう大人に育っていくかという研究が行われたのです。 

ところが、愛をもらわず育てられた赤ちゃんは6週間頃から次々に死んでいってしまったそうです。

これはまずいとびっくりして、まだ生き残っている赤ちゃんに愛のあるやり方で育て始めましたが、

ほとんどの赤ちゃんは死んでしまい、

ほんのわずかに残った赤ちゃんも大人になって精神疾患などを起したそうです。

つまり、母子手帳の育児の心得の第一ページ目に書いてあるように、

「子供が立派に育つためには両親の愛情が一番大切です。」というのはただの戒めではなさそうです。



一昔前までは、そういう研究がまだきちんと行われていなかったため、

「子供は勝手に育つもの」という考え方で子育てが行われてきましたが、

現在の研究によると、愛をもらえず、スキンシップをしていない子供や

機能不全家族の中で育った子供が大人になった結果、

「鬱病」などを起す可能性が高いということがわかっているそうです。



それでは、もう少し大きくなってからの子供の環境を見てみましょう。 

親が仕事などで忙しくしていてあまり家にいない家庭の子供には、どんな特徴がみられるでしょうか。

かぎっ子や放任されて育った子供が大人になったときの特徴は、

「サバイバー」という言葉で表されます。

「サバイバー」というのは、「生き残ったもの」という意味です。

つまり、親から放任されていた分、

自分で自分を守らなければならないという生き残りの精神が生まれます。

それが後に、大人になるにつれて、

「これは自分にしかできない」「自分がやらなければならない」というような

普通以上の責任感につながってくることがあります。

何でも、自分でやろうとしてしまうところがあり、

人を頼ることができないから、大人になると無理を重ねることも多くなるでしょう。



次の特徴としてあげられるのは、「救世主」です。

「救世主」というのは、「大変な人、不幸な人をほっておけない」人のことです。

自分が、ひどく寂しくみじめな想いをして育った分、

不幸な人に会うとその人の気持ちに入り込んでしまい、

我を忘れて人を助けようとしてしまうのです。

人を助けるのは悪いことではありませんが、自分を犠牲にしてまでも助けてしまうことで、

最終的に自分が苦しむという結果を生んでしまうこともあるようです。



つまり、「自分というもの」をきちんと確立させ、

健康的に大人になっていくためには、

親からもらう「安心できる場所」が必要なのです。

加藤ていぞうの「やすらぎの法則」の中で、こんなことが書かれています。


子供が
「そのりんごを半分、
食べたいな」と思った。

母親は、そのりんごを半分、
切ってあげた。
子供の心は満たされた。
子供は、求めて、応えてもらって
安心した。

こうしてやすらぎの気持ちと
信頼関係が生まれる。



それは、きっと大それたことではなく、

「ただいま」と言って帰ると「お帰り」と返事をしてくれる人が家にいることであったり、

和やかな雰囲気で食事を家族で楽しく食べながら「おいしいね。」という気持ちを

共感して幸せを実感することかもしれません。

お風呂に一緒に入って「気持ちいいね。」と言い合ったりするようなことなのでしょう。

どうにもならないときに、絶対に助けてくれる人がいるという確信があること。

保護されているという実感。

だだをこねたり、甘えられる人がいるという実感。

つまり、親が安心できる人であったり、

安心できる場所を提供してあげることで、

子供は、安心して健康的に成長することができるということなのでしょう。



「安全な場所」を与えられてはじめて、

人間は安心して自我を発達させることができる、

つまり、自分というものを確立していくことができるのです。

 家に帰っても誰もいない、お父さんとお母さんが帰ってくると喧嘩や怒鳴りあい、

そして親の言葉の暴力(精神的虐待と呼ばれる)や肉体的暴力(肉体的虐待)などがある家庭では、

家は安全な場所にはなりえません。

子供にとって危険な場所になってしまうのです。

そして、知らず知らずのうちに、大人になってからもその観念が抜けきりません。

心のどこかで「この世は危険な場所だ」と思い込んでいるから、

人生を100%楽しめなくなってしまうのです。

そして、愛の足りない親、アル中や暴力的な親、

または感情表現を全くしない親のいる「機能不全の家庭」で育った子供は

自我が未発達なまま大人になってしまいます。 

このように機能不全な家庭で育った成人のことをアダルトチルドランと呼んでいます。

つまり、大人の姿をしているのに、中身が幼児性を持ったままという状態で社会に出るため、

傷つきやすく鬱病などの病気に陥りやすくなってしまいます。


つまり、子供が健康的に成長していくためには、

親や周りの人間の愛そして、

安心して暮らせる環境は必要不可欠だということです。

愛は言葉や態度で示さなければ伝わりません。

今一度、子供が置かれている家庭環境や子供への接し方を見直す必要があるのではないでしょうか。

性質は生まれつき、人格や思考パターンは親が作るもの

生まれてくる子供は、真っ白いキャンバスのようなものです。

周りの人間が言うことやすることによって、子供は色々なことを自然に学び、

子供の人格は形成されていきます。

親が子供にさりげなく言う言葉や無意識のうちにしている行動を見て、

子供の中の人格が形成されていくのです。 

たとえば、私のカウンセラーのジョーから聞いた話ですが、

ジョーがその友達とその子供たち二人と食事をしたときのことです。

その父親が一人の子供がいる前で、

もう一人の子供に「お前は本当にかわいいね。お父さんのお気に入りだよ。」と言ったそうです。

その瞬間に、そこに居合わせたもう一人の子供の顔は、急変したそうです。

この瞬間、この子の人格になにかしかの悪影響があったのは間違いありません。

つまり、この子は、 この瞬間、

「お父さんは、私よりお姉ちゃんが好きなんだ。私は愛されていない。」という思い込みを

持ってしまったかもしれません。

それが、これからのこの子の人生にどんな大きな影響を与えるでしょうか。

たとえば、恋人ができても「自分は愛される価値がない」と信じ込んでしまい、

その人の愛を信じられなくなってしまったり、自分に自信が持てない、

人間関係がうまくいかないなどの問題を起す可能性もあるでしょう。


また、ジョー自身の話ですが、

ジョーの親が病気がちなジョーのお姉さんのことを「小さなつばめちゃん」と呼んでいて、

健康的で元気なジョーのことを「ぽっちゃりちゃん」と呼んでいたそうです。

親は悪気はなかったでしょうが、

ジョーはそれから30才過ぎるまで「自分はデブでブスだ」と信じ込み、

いつも「やせること」「きれいになること」ばかり考えて

ノイローゼのようになっていたということです。

でも、実際に子供の頃の写真を見るとジョーは太っていたわけではなく、

病気がちなお姉さんが異常にやせているだけだったそうです。

そういう体格や容姿、その子の可能性に対する親のさりげない評価が

その子供の人生を大きく左右してしまうのです。



「私は、何をやっても駄目だ。」とか「生きている価値がない」など、

真実ではないことを本気で信じている大人がどれだけたくさんいるでしょう。

でも、本人にはそれが真実であるように見えてしまうのです。

それは、小さいときに、周りの大人にさりげなく言われたことや

自分の身の回りに起きたことがそのまま思考パターンを作ってしまう結果なのです。

そして、エマーソンが「人間は考えていることそのものである」と言っているように、

その思考パターンがその人の人格になってしまうのです。



「セルフマター」を書いたフィリップ・マックグロウ博士はこんなことを言っています。

人間は皆、一人一人とてもユニークな特徴を持っていて特別な存在として生まれてきました。

ところが、さまざまな人に出会い、色々な経験を積み重ねていくうちに、

生まれつき持っている

ユニークな特徴をもつたった一人の「本物の自分」から、どんどん遠ざかってしまうということです。

それは、もしかすると、鉄棒で逆上がりができない子供を見て、

母親が「簡単よ。逆上がりなんて。お前は、本当に駄目ね。」と笑いながら

冗談間際に言った瞬間かもしれません。

もしくは、会社で嫌なことがあって帰宅した父親がやつあたりして、

悪いこともしていないのに、怒鳴った瞬間かもしれません。 

大人にとってはほんのささいなことでも、

子供は「お父さんは仕事で疲れているから怒っているのだ」という分析がまだできないため、

その場面で伝えられたメッセージがそのまま自分への評価やレッテルとして

一生つきまとってしまうのです。

それが、「思い込み」となって色々な場面で大人になってからも自分を苦しめる結果になるのです。 

その思い込みのフィルターを通してしか自分自身や世の中が見られなくなってしまうのです。 




たとえば、会社で何か仕事を頼まれてもいつもどこかで自信がないから、

簡単な仕事もミスしてしまう、

仕事の面接で急に声が震えてしまうなどというのも、

自分の中の声が自分に語りかけているからです。

「忘れちゃ駄目だよ。あなたは、駄目人間なんだから、できるはずないよ。」と。

フィル博士は、自分の中に染み付いた思い込みは、

さまざまな経験を通してますます深く心に刻まれ、

何かが起こると光と同じような早さで自動的に起動すると言っています。

「私は価値ある人間だ」と本来の自分を肯定できるような自己定義を持った人間と、

「私は何をやっても駄目だ」と思い込んでいる人間ではその人生の豊かさにも大きな違いがでるはずです。



つまり、子供の身に起こるすべての言動や事件、毎日の出来事が

その子の価値観、自尊心、世界観、思考パターンを作り上げていくというのですから、

周りの大人の責任は真に大きなものであると言わざるをえません。



ここでは、親のさりげない言動が子供の思い込み、人格に影響を与える話をしましたが、

これらのことを見てみると、不登校や家庭内暴力を起す子供の家庭を少し理解することができます。

子供家庭教育フォーラム代表、富田富士也氏の「引きこもりから旅立つ10のステップ」によると、

人との接し方がわからなくて、

学校でしっくりいかない子供が登校拒否をする場合や家庭内暴力を起す場合、

親自身が家であまり家族と口を利かない、

何を考えているのかわからないような親であることが多いそうです。

つまり、家族の間の人間関係の中から、

子供は人とどう接するかを学んでいくのに、

親がコミュニケーションを取ろうとしない場合、

子供は実社会である学校に行っても人との接し方がわからないため、

なんとなく人の輪に溶け込めず、いじめにあったり、仲間はずれになったりするということです。

つまり、子供はいつも親を見ているのです。

そして、親が言葉にしない行動からも子供は色々なことを吸収しているのですね。

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